第15話 帝国へ
☆
翌日。
目が覚めて洞窟から出ると、すでに日が高く昇っていた。
「昨夜は遅くなったからな……」
秋の陽の光を浴びながら、しばしぼんやりと佇む。
今日からはまた一人。
胸にぽっかり穴が空いたようだ。
村の人たちとの関わりが、自分にとってどれだけ大切なものになっていたのか。
数ヶ月前、盗賊団から逃げ出した時に感じた開放感はもはやなく、ただ寂しい。
「準備、しなきゃな」
いつの間にか溢れていた涙をぬぐい、リュックを取りに戻る。
『帝国に行く』と決めたものの、よく考えたら色々と準備不足だ。
フォレストウルフとの戦闘で服はボロボロ。
これから冬に向かうことを考えても、防寒になるものは増やしておきたい。
盗賊団『黒い三角形』は全滅した。
もう奴らに怯える必要もなく、連中のアジトに残っているものを回収に行ける。
そんな訳で俺はその後一週間ほどかけて盗賊団のアジトをまわり、必要な物資の回収を行ったのだった。
☆
「さて、行くか」
その日、俺は再び『奥の森』を目指して出発した。
フォレストウルフと死闘を繰り広げたあの森へ。
とは言っても、今日は深入りはしない。
目的はあくまで探索とレベル上げ。
ある程度探索したら洞窟に戻ってくるつもりだ。
帝国側の森では、これまで以上に特殊攻撃をしてくる敵が増えるはず。
少なくともゲーム『シルフェリア・ノーツ』ではそうだった。
俺には仲間がいない。
それはつまり、自分でなんとかしない限り状態異常を回復できないということ。
幸いこの数ヶ月の行商人との取引でポーションのストックは少しだけどできた。
だけど毒消しポーションは二つくらいしかストックがないし、麻痺回復のポーションは一つしか買えなかった。
そもそも状態異常下でポーションを使えるのかすら微妙だ。
オオカミとの死闘でベースレベルは20になり、いくつかのスキルレベルも上がっているとはいえ、慎重に行く必要がある。
「虎穴にいらずんば……か」
俺は気を引き締めて、奥の森に足を踏み入れたのだった。
ボフッ!!
「うわっ!! 」
突然草むらから噴き出した紫色の煙に、慌てて飛び退く。
目の前に漂う紫色の煙、ポイズンミスト。
こいつが噴き出したってことは−−−−
ガサガサッ ガサガサッ
草むらから足代わりの触手をうねらせ出てきたのは、丸テーブルほどもある巨大な花の化け物"ラフモルタ"。
赤茶色の肉厚の花びらには黒い斑点が浮き上がり、鼻をつく腐臭と相まって気持ち悪いことこの上ない。
「またお前か。勘弁してくれ−−−−『魔法びん』!」
毒霧をびんに回収すると、続けて俺は相棒を召喚する。
「スライム!!」
右手に現れたびんを花の中心に投げつける。
ビュッ バチャッ
花の中心から赤黒い触手が出て、びんを攻撃する。
びんは空中で霧散し、代わりに大量の粘液が花に降り注ぐ。
ジュウウウウウ−−−−
「ゔっ!」
さらに強烈な腐臭が鼻をつき、目に染みる。
食人植物が溶ける臭いだけあって、あらゆる意味で最悪だ。
「くそっ! 魔法びんっ!!」
俺が涙目で叫ぶと、宙に虹色に光るびんが現れあたりの臭気を一掃する。
一方花を溶かしていたスライムはというと、俺が臭いと戦っている間にラフモルタの半分ほどを溶かし、地面に垂れ落ちようとしていた。
「……なんか、溶かすスピードが早くなってないか?」
首を傾げしばらく見ていると、やがて動く粘液はお化け花の脚……触手まで溶かして地面に垂れ落ちた。
俺はそれを回収するとため息を吐いた。
「覚悟はしてたけど……厄介な敵ばかりだな」
チェインメイルのようなリング状の鱗に覆われ牙に猛毒を持つ"チェインスネーク"、魔力で光を屈折させステルス迷彩のように姿を隠しながら群れで襲ってくる影喰いコウモリなどなど……。
そんな連中を、俺はひとつひとつ慎重に相手にしていった。
チェインスネークは口にスライムびんを投げ込み、内部から腐食させて頭が落ちるまで逃げまわる。
光を屈折させる影喰いコウモリは複数の火炎びんを地面に転がし、その光源に浮かびあがった影を狙って石やスライムびんを投げつける。
真正面から殴り合う気なんてさらさらない。
こっちは一人。
ミスったらその場でゲームオーバーだ。
だから俺は逃走と回避と投擲を総動員して、ギリギリまで粘るやり方を選んだ。
そうして一週間ほど、奥の森での探索とレベル上げに勤しんだのだった。
☆
「……ふう」
その日、一通り狩りを終えた俺は大きな木の根元に腰を下ろしていた。
拾った魔物の素材と採取したアイテムで、背中のリュックはかなり重くなっている。
肉と、乾燥きのこと、薬草と、よく分からないけど高く売れそうな魔物素材。
帝国に渡ったあとを考えたら、一つでも多く持っておきたいところだ。
「ステータス」
おなじみの透明なウインドウが目の前に現れる。
フォレストウルフとの死闘でベースレベルは20になり、そこからさらにちょっと伸びて今は21。
短剣や投擲、気配探知も、数字だけ見れば立派な冒険者と言える。
「……それでも、まだ足りないんだけどな」
思わずため息を漏らす。
国境の山は、ゲームでは推奨レベル18〜23のエリアだった。
数字だけ見れば今の俺でもなんとか突破できるレベル。
だけど実際は違う。
あそこは“補正持ちの主人公パーティー”がギリギリ通れる用に設けられた抜け道だ。
本来俺みたいな、ぼっち野郎が行く場所じゃない。
「もう少し情報が欲しいな」
地形。
魔物の種類と行動パターン。
いざという時に逃げ込める隠れ場所。
この森の奥、国境の山を越えるルートを安全に通れるよう出来る限りの算段をつけた上でチャレンジしたい。
そのための探索だ。
「……もうちょっとだけ、足を伸ばすか」
立ち上がって、落ち葉を払う。
陽はまだ高い。
無茶をしなければ、あと三十分くらい探索を続けても日没までには洞窟に戻れるだろう。
俺は気配探知の範囲を少し広げ、慎重に足を進めていった。
☆
森の奥に入っていくにつれ、空気が変わっていくのが分かる。
風の音が遠のき、鳥や虫の気配が薄くなる。
代わりに、どろりと重たい、湿気の塊みたいなものが肌にまとわりつく。
「……不気味だな」
ゲームでもこういうエリアには、たいていロクでもないイベントや仕掛けが待ち構えていた。
強すぎる敵がいるか。
トラップがえげつないか。
死亡フラグが立っているか。
どれかだ。
気配探知の反応は静かだが、その静けさが逆に不気味だ。
その時だった。
「きゃあああああっ!!」
森の奥から女の子の悲鳴が聞こえてきた。
「っ?!」
心臓が跳ねる。
突然気配探知に引っかかった複数の魔物。
同時に、わずかに感じる人の気配。
(最悪だ!)
本能が「逃げろ」と叫ぶ。
関わるな。
無視しろ。
ここで引き返せ。
頭では分かっている。
俺一人じゃ、助けられないかもしれない。
死ぬかもしれない。
それでも。
胸の奥に、別の声が響いた。
『騎士が、目の前の人を見捨てるわけにはいかないだろう』
推しの声。
アリエッタの声。
あの洞窟の出口で俺に槍を突きつけた彼女の。
村で俺と対話しようとした彼女の。
うっとうしくて、まぶしくて。
でも何度も思い出してしまう声。
「……はぁ。俺、バカだな」
そうため息を吐きながら、自分に呆れながら地面を蹴る。
木々の間をすり抜け、枝を避け、茂みを飛び越える。
悲鳴は一度きり。
それが怖い。
(間に合え!!)
気配を感じる方に向かい、俺はただひたすらに走ったのだった。





