第14話 『村の英雄』
「いっ…………」
村から出ようとした矢先。
開閉式のランプを持って俺の前に現れたアリエッタ。
突然のことに戸惑っていると、彼女の後ろから見覚えのある面々がぞろぞろと姿を現した。
「あれ? こいつって盗賊団の……。なんで一人なんだ?」
そう言って首を傾げたのはゲーム『シルフェリア・ノーツ』の主人公リッド。
隣に立つ幼なじみの弓使い、ジェスタが思案する。
「偵察、かな?」
「……違う」
なんとか声をしぼりだす。
顔を見合わせるリッドとジェスタ。
「じゃあ一人で盗みにきたのか」
「違うっ」
はなから犯罪者扱いしてくるリッド。
そんな主人公に苛立ち、思わず言い返す。
「俺は……盗賊じゃないっ」
俺の言葉にリッドとジェスタは再び顔を見合わせた。
「じゃあなんでここにいるんだよ。こんな夜中にさ」
「前に盗賊のアジトで戦ったとき、連中と一緒にいたよね?」
矢継ぎ早に質問してくる主人公たち。
「それは––––」
反論しようとした時だった。
「まあいいさ。お前が盗賊の関係者なのは間違いないんだ。捕まえてからゆっくり話を聞こうか」
カチッ
主人公の暴言に、怒りのスイッチが入った。
「おまえ……っ」
俺が火炎びんを召喚しようとしたその時––––
「やめなさい、リッド」
あたりに凛とした声が響いた。
「えっ……アリエッタさん?」
驚き戸惑い、彼女を振り返るリッド。
そんな主人公にアリエッタは諭すように言った。
「彼は『盗賊じゃない』と言ってる。決めつけてかかると真実を見失うわ」
「で、でもっ!」
食いさがるリッドを、すっ、と手で制すアリエッタ。
「私が彼と話すよ」
静かに、でもはっきり言い切ったアリエッタにリッドは、
「……はい」
しゅんとして引き下がった。
そういえばこいつにとってアリエッタは『憧れの人』だったな。
「リッドは思い込みが激し過ぎるのよ」
幼なじみのフィアに呆れ顔でつっこまれる主人公。
俺は火炎びんを召喚しようと開いていた右手を閉じ、ぎゅっと握った。
「それで、貴方はなんでここにいるの?」
アリエッタのまっすぐな瞳が俺を見据えた。
「––––村の人たちに伝えなきゃいけないことがあったからだ」
距離をとったまま、油断なく主人公たちを睨みながら、俺はそう答えた。
「何を伝えようと?」
「盗賊団『黒い三角形』は全滅した」
「「えっ?」」
驚き顔を見合わせるリッドたち。
「森の奥でフォレストウルフの群れに襲われた。ビンダッタと子分たち五人は全滅。俺も––––見ての通りだ」
そう言ってあちこちが切り裂かれた服の袖を掲げてみせる。
「『もう盗賊に怯える必要はない』と。それを伝えに来ただけだ」
「…………」
思案するアリエッタ。
やがて彼女は顔を上げた。
「ひょっとして、盗賊を挑発して森に連れて行ったっていうのは、貴方のこと?」
「なんでそれを?」
「村の人たちが言ってたわ。私たちはたまたま隣の村に逗留していて、この村に盗賊が現れたと聞いて救援にきたのよ」
「それは……ご苦労なことだな」
そういえば、ゲームでもそんなイベントがあった気がする。
あれは確か『黒い三角形』が初めて一般人にケガを負わせた事件じゃなかったか。
(……村の人たちが傷つかずに済んでよかった。本当によかった)
俺が俯いていると、再びアリエッタが口を開いた。
「貴方の話を信じるとして、盗賊とフォレストウルフはどうなったの?」
「森の奥の奥。多分誰も足を踏み入れたことがないくらい深いところに、少しだけ木々が開けた場所がある。そこの土の下だ」
「盗賊も、オオカミも?」
「ああ」
「まさか、フォレストウルフの群れを倒したの?!」
「それは––––」
そこまで話した時だった。
邪魔が入ったのは。
「そんな訳ないよ。こいつ一人で倒せるはずがない。––––なあ、なんであんただけ助かったんだ?」
主人公のリッドが不審そうに俺を見る。
その目は知ってる。
何を言っても、どう訴えても聞く耳を持たない、猜疑心に満ちた目だ。
「あんたが避けるのが上手いことは知ってる。だけどそれだけだろ? 昔、親父から聞いた。『一匹を相手にするなら騎士一人で足りるけど、フォレストウルフの討伐は群れを相手にしなきゃならないから倍の数で当たるんだ』って。そんなの相手に、なんであんただけが無事に帰って来れたんだ?」
「やめなさい、リッド!」
アリエッタが制止する。
「…………」
無事にだって?
あの地獄を、ボロボロになってギリギリで生き残った俺に対して『無事』なんてぬかすのかこのガキは?!
握ったこぶしが震える。
ゲームをプレイしていた時からいけすかない主人公ではあった。
独善的で世間知らずの英雄志望。
自分が恵まれた環境で育ったことにも気づかない。
作中では色んな失敗を繰り返して成長していくけれど、今思い返すと序盤のリッドはクソガキ以外の何者でもなかった。
「はああああああああ––––」
怒りを、吐き出す。
こんなとこでガキともめても仕方ない。
どうせ明日には帝国に発つんだ。
気持ちを落ち着け、顔を上げる。
「話は終わりだ。もう二度と会うことはないだろう」
アリエッタを見つめそう言うと、俺は彼女たちに背を向けた。
「待って!」
推しの呼び声に、思わず足を止める。
「まだなにか?」
「さっきの話が本当なら貴方は表彰に値するわ。村を去る必要はないし、私が領主に話を通すから––––」
「いらん」
「え……?」
「悪いが信用できない。この国の偉いさんも、君の政治力もな。––––もう俺のことは放っておいてくれ」
そう言って、再び歩きだす。
森に向かって。
「おい、お前っ!!」
背後でリッドが動く気配がした。
俺は、
「『煤煙』」
煤煙のびんを召喚し、後ろに投げる。
バシューッ
煙が噴き出す音。
「くそっ、またかようっ––––げほっ! げほっ!!」
煙に巻かれるリッドたち。
もう俺は後ろを振り返ることもなく、夜の森に戻ったのだった。
◇
翌朝。
村は朝から騒がしくなっていた。
「これえ、なんで書いであるか読めるやつぁおらんか?」
「この斧ぉ、赤いのは血ぃでねえか?」
農夫の家の前に集まり、がやがやと言い合う村人たち。
そこに現れたのは村長と、その家に泊まっていた冒険者たちだった。
「何があったんです?」
リッドの問いに、農夫が家の入口を指差した。
「これぇ、朝起ぎでみだら家の前にこんなもんがあったべや」
「これは……」
絶句するリッドたち。
それは見覚えのある斧。
だが記憶と異なることが一つ。
斧はその柄も、刃も、どす黒い赤に塗れていた。柄についた指の跡が生々しい。
「……? その板に何か書いてあるみたいね」
魔法使いのフィアが指差したのは、隣に立てかけられていた木の板だった。
「手にとっても?」
彼女は村長に確認し同意を得ると、板を手に取り読み上げた。
「ええと……『とうぞくはまものがころした。もうとうぞくはこない。いままでありがとう。てつや』––––『てつや』ってなにかしら?」
「おお、テツヤか! テツヤは、例の盗賊を連れて行ってくれた子じゃよ!!」
村長が嬉しそうに叫ぶ。
「あれ? まだ何かあるね」
弓使いのジェスタが何かに気づき、目を細める。
立てかけられていた木板の下。
そこに隠すように置かれていたのは、小ぶりの麻袋だった。
「ちょっと確認させてもらうよ」
村長が袋を手に取り、板の上に中身を広げる。
ごろごろと転がり出る、何本もの白く湾曲した陶器のような何か。
「なんだい、こりゃあ?」
「ちょっと見せて頂いても良いですか?」
傍らにいたアリエッタがその一つを手に取り、日に当てる。
「これは……魔物の牙?」
「「ええっ?」」
その場の全員の視線が、彼女が掲げたものに集まる。
「鑑定の必要はあるけど…………たぶんフォレストウルフの牙ね。状態も良さそうだし、売ればかなりの額になるでしょう」
「まさか?! フォレストウルフって……こんなにたくさんあるんですよ???」
アリエッタの言葉に『信じられない』という顔で叫ぶリッド。
「むしろ『だから』だよ。これだけ立派な牙を持つ魔物の群れはフィンチリーの森にはいないからね。『彼』の言葉にあった通り、森の奥に棲む魔物だと考えた方がしっくりくる」
アリエッタは斧に目をやった。
「血塗れの盗賊団の首領の斧。板に残されたメッセージ。そしてこれだけたくさんの魔物の牙。––––昨夜彼が言っていたことは、きっと全部本当だったんだろう」
「そんな…………」
リッドは呆然とした顔で立ち尽くす。
「テツヤはええ子だぁ。森でとれるものを色々持ってきでくれでなあ」
「んだんだ。テツヤのおかげで盗賊に襲われずに済んだしなあ」
「いっそこの村に住んでくれたらのう」
アリエッタは『彼』を讃え懐かしむ村人たちを見て思った。
「『村の英雄』か」
その言葉に、リッドがピクリと反応する。
そして反応したのは彼だけではなかった。
「『英雄』か、そりゃあええ!」
村長の声に、村人たちが口々に叫ぶ。
「んだ! テツヤはこの村のエーユーだべ!!」
「んだんだ!!」
「いっそ村の名前を『テツヤ』にするべ! そしたら村に住んでくれるんでねか?!」
「んだんだ!!!!」
にわかに湧き上がるテツヤを待望する声。
青空に響くその声に主人公たちは唖然とし、アリエッタは––––
「……私の剣は、果たして誰かを護ることができるんだろうか?」
彼女の言葉は、喧騒の中、晴れ渡った空に消えたのだった。





