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【日本崩壊編】終わりの始まり

東京都真塾区・株木町交番。



「あー、かったりぃ! こんな仕事、やってられるか!」

俺は机に書類を叩きつけると、天井に向かって怒鳴りつけるように叫んだ。

ここ数日の激務に次ぐ激務で、俺は退職願を出したいくらいに今の仕事が嫌になった。


公務員で楽ができそうな仕事だったから警察官になったのに、どうしてこうなった?


それでも2週間前までは平和だった。

道案内をしたり落とし物を受理したり、パトロールという名のドライブをするだけで1日が終わった。


それなのに、最近はどうだ?

ひったくりに性犯罪、万引き、交通事故、詐欺、その他諸々……。

次から次へと面倒ごとが湧いて出る。


「コラ! 文句言ってる暇があったら、さっさと手を動かせ!」

「ですけど部長ぉ…」


「『ですけど』もクソもねぇ! ここ最近の事件の多さにイラついてんのはお前だけじゃねぇんだよ! ったく、これだから最近の若者は」


「まぁまぁ、二人ともそうカッカしなさんな。真面目に業務をこなしていたら、そのうち慣れるから」


所長は、イライラしている俺と部長を諭すように、優しく話しかけた。


「ってか所長。なんでそんなに余裕そうなんですか?」

「え、そうかなぁ? ここまで忙しいのは久々だから、余裕はないんだけどなぁ」


「『久々』って、前にもこんな頻繁に事件が起こる時期があったんですか」


「あ〜、そっか。君達二人はまだまだ若いから、昔のあの忙しい時代を知らないんだ。君らが警察になる前は、今日くらい事件が起きるのが当たり前だったんだよ? でも十数年前を境に、突然ガクンと犯罪件数が減ったんだ」


「えっ? それ、マジですか?」

「なんで犯罪が急激に減ったんですか?」


「さぁ、それは僕にもわからない。犯罪件数が減った当初は、何かしらの凶悪犯罪の予兆だろうってお偉いさん達は警戒していたなぁ。けど十数年経った今でも凶悪犯罪とやらは起きなかったし、結局減った原因は分からず終いだった」


「何すかソレ。本当に昔は犯罪が多かったんですか?」

「あっ、信じていないねキミ! 信じられないんだったら刑事課のベテラン刑事達に聞いてみなよ」


そこまで言うのであれば本当なんだろう。

本当に毎日こんな激務だったのなら、俺だったら警察をすぐに辞めていたと思う。

そんな時代があったにも関わらず今も現役で働く所長は、社畜根性が凄いと思う。


「そういえば十数年前といえば、確か彼がここに来るようになったのも、そのくらいの時期だったなぁ」

「彼? って誰ですか?」


「ほら、この前干されてたヒーローの…」

「あぁ! イレイサーマンっすか?」


イレイサーマンは、用もないのに毎日交番に来る変わった奴だった。

だけどヒーロー業界を追放されて、2週間くらい前に海外に行ったきり交番に来なくなった。


「イレイサーマンかぁ。俺、ヒーローは嫌いだけどアイツは嫌いじゃなかったな。タレント気取りでもないし、俺達警察に敬意を払ってくれていたし」


「そうだったんですか? 部長、根っからのヒーロー嫌いだからてっきりイレイサーマンも内心じゃ嫌ってるのかと思ってました」


「まぁ、最初の頃は嫌いだったさ。でも世間じゃ『税金泥棒』だの『ヴィラン受け取り係』だの言われてる俺らの仕事を、アイツは馬鹿にしなかった。ヒーローがああいう奴ばっかりだったら、もう少し好感が持てるんだけどな」


「ははは。君のその言葉、彼に聞かせてやりたかったね。彼、アメリカでも元気にしているかな?」


「きっと元気っすよ。なんせ事務所の社長から、たんまり()()()()をもらってたんですから。今頃ハウイでバカンスを楽しんでいるんですよ、多分」


「はぁ〜。羨ましいぜ。こっちは仕事が増えた上に、ヴィランに家を半壊されたっていうのに」


「そういえば部長の家、まだ修繕できていないんでしたっけ?」


「あぁ。ここ最近、ヴィランによる建物の損壊被害が多くて工務店はどこも人手不足らしい。俺の家も、いつ修繕してもらえるか目処が立ってない」


「うわぁ、嫌な時代になったっスね。ウチのばあちゃんもヴィランに襲われて骨折したんスけど、ヴィランに襲われた人達が多くて病室に空きがないから、自宅入院になりました」


「最近、この手の嫌なニュースが増えてきたね。日本はこれから、どうなってしまうんだろうね」


日本の未来を考えた途端、憂鬱になって大きなため息が出た。

こう事件が多いと、明るい未来が想像できない。


「ッチ! イレイサーマンのヤツ、犯罪が増え始める直前に海外へ逃げやがって。逃げるタイミングが良すぎて、こうなることが事前に分かってたんじゃないかって思えてくるぜ」


「言われてみれば、確かにタイミングが良すぎるね。彼が交番(ここ)に来るようになってから犯罪が減って、来なくなった途端に犯罪がまた増え始めて…まるで座敷童子みたいだなぁ」


「座敷童子…って、確か妖怪ッスよね? どんな妖怪でしたっけ?」


「子ども姿をした妖怪だよ。座敷童子が住み着いた家は栄える反面、座敷童子が家を出ていっちゃうと一気に衰退すると言われているんだ」


「へぇ〜。それを聞いたら確かに、今のイレイサーマンって座敷童子みたいッスよね。だとしたら俺ら、犯罪を減らしてくれる座敷童子を追い出しちゃったんですね」


「彼を日本に連れて帰ったら、また犯罪が減ったりして」


「ハハハ。そんなことで犯罪が減るんだったら、俺がアイツを殴ってでも連れ帰ってきますよ」


そんな雑談をしながらも、俺は手を動かして書類をまとめていた。



── この時の俺は、日本が陥っている深刻な状況を理解していなかった。

日本の安全神話が、現在進行形で音を立てて崩れていっているのに、全く気づかなかった。

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