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雷獣遊楽 4

7


 ドライヤーの音が部屋中に反射する。手首をフリフリして、髪が傷まないように慎重に、大胆に私は温風を振りかけていく。ドライヤーを持たない方の手は髪を解かしながら下へ、上へと何度も繰り返す。


「家人さん、雷獣の噂話どうなんですか?」


「どうって?」

分かっているだろうに敢えて、家人は誤魔化すような返答をする。


「だからその信憑性として、雷獣という存在が居るんじゃないかって…言いますか」


「ふん、カエラはいると思うのかい。雷獣という説話の中のこの現代に」


「でもあの女将の話には流れがあったっす、無理のない流れが。雷より早い、噂話の流線が確かにそこにはあったように思ったすけど」

言った私に対して家人はも無ければ、も無いような表情で、ふんわりと話を聞いているように見える。

 私だって今の話だけを聞いて雷獣を信用している訳では無いが、事故物件に住みたくないと直感的に思うように、ややの不安を感じているのだ。話が普遍の噂話でオチがあったのだと、枯れ尾花を見れたのだと、安心の材料が欲しいのである。


「じゃあ、今回の件の答え合わせと行こうか?」

 行こうか?何故、疑問形なんだろうか。答え合わせ編へと進むのなら勝手気ままに進めば良いものを家人は態々、何を聞いているのか。


「行くって、どこへ?」


「だから、その水力発電所に」

実地調査だよ。家人はそう言って、にんまりと口だけ笑った。


8

 この旅館へ来る時よりはかなりの厚着をして我々は旅館から外出する。そこまで冷え込まない山と聞いていたが、流石に夜になるとかなりの温度にまで気温が下がる。コートをさらに気持ちガバッと着る。


「家人さん、これはこの道で合ってるんすか?」

 五里霧中。下りの道のりは五里も無ければ、霧も立ち込めてはいなかった。街路灯こそ無いけれど、道は少しばかり人道としての役割は果たしていた。足元を照らせる程度の懐中電灯は持った無理なくは進める、一眠りしたことだし。


「さぁ、一応、女将には道の確認は取ったんだけれどね。違うなら引き返せば良いし」

言われて、私は後ろを振り返る。真っ暗だった。後ろには嫌というほどに真っ暗で、目を凝らそうと、矯めつ眇めつしようと何一切見えなかった。寒風がうなじを触る。


「熊が出るって言ってたっすけど」


「雷獣が出てくれれば話が早いんだけどね」

笑えない。気が狂うのは嫌だし、生きたまま食い殺されるのも嫌だ。ここに来て、私は間違った選択をしたんじゃ無いかと思ってきた。遠出の旅館という場所に、何かしらの気の緩みが出たのかもしれない。それで無ければ、こんな暗闇の中出かけたりはしない。


「熊が出そうなら教えてくれよ。探偵であっても死ぬ時は死ぬものなのでね」

カエラと違って、勘の鋭い方でも無いしね。家人は言う。


建御たけみ電力、長野県に本社を持つあの会社ですよね」

薄らと記憶の中にある程度だが、日本神話の武甕槌たけみかづちから名前を引用してるから、ミカヅチくんって言うマスコットが居たような。


「あ、あれじゃ無いっすか?」

私は目の前に開けた景色の真ん前に存在するコンクリートで出来た、ブロック型の建物を発見する。その建物からは山の山頂の方に長いパイプが引かれている。ダムでは無い、水力発電。パイプから湖の水を流して、タービンを回すのだ。


 辺りには植物が生い茂る。建物内を堅牢に隠すようにフェンスが立ち並ぶ、黒い、怖いを思わせる不気味な建物だった。


 一歩、二歩と徐々に足を前に進める。その建物に何か引力を幻覚する。その時、ポツリと雨が降り始める。まだまだ小粒のとても少量のミストのような雨水が降り始める。


 三歩、四歩とまた足を前に進める。フェンスまではまだまだ距離がある。目的地はあのブロック型の黒々しい建物である。進んで、あれを見なければ。私は草を掻き分けて進んでいく。雨足はまた少し強まる。


 すぐそこに建御電力が……


「……カエラ、それ以上はダメだ」

気がつけば、家人は私の肩を強く掴み引っ張り込むように力を込めていた。食い込むほどに肉は跡を残し、家人の指は力の込め過ぎでやや青みがかっていた。


「家人さん?」


「ゆっくりこっちに戻ってこい。その手に掴んでいる植物を折らないように慎重にこちらに来なさい」

優しい家人の聞き馴染んだ声が私を引き付けた。冷静さを取り戻した私はそのまま後退りするように道を引き返す。


 気がつけば、雨など少しも降っていなかった。快晴で、空には満天の星がきらきらと照っている。

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