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19-ご褒美は感謝の印


 ファーレンは怯えている様子のオペラローヴに苦笑した。皇帝から呼び出されることなどほとんどないのだから当然だ。ファーレン達は国民を玉座に呼び出すことは滅多に行わない。基本的に自分達が出向くし、玉座は恐ろしい場所だと思っている者が多いことを知っている。謁見の申し出があれば常に受け付けているが、多くもない。

 なによりこの国の最上位である皇帝に会いたいと思う特異な国民は少ないはずだ。今回の呼び出しは桜を除く皇帝5人。喜んでくるような民はいないだろうと思っている。

 そんな場所へ無理に出向く必要はない。

 だが今は、皇帝と臣下としてこの場にいる必要がある。そうでなければ、褒美を渡すことができない。

「御足労感謝する」

 凜夜の声にビクリ、と身体を揺らしたのを見た。

 ――あぁ、なるほど

 この場に桜が居ないことで、彼女が体調を崩していることを把握したのだろう。桜不在時は基本的に不機嫌な凜夜だ。それを把握しているからこそ、何かしらの報復があると考えているのかもしれない。彼の報復はとても正気で居られないと言われていることを知っている。恐ろしいと思って当然ではあった。

 ――まぁ、杞憂なのですけれど

 仲間の弁明をするのなら、凜夜は理不尽なことはしない。かつて彼は最愛である桜が理不尽にすべてを奪われ、暴力にさらされた。だから、彼自身が周りに理不尽なことをすることを好まない。オーレリウスに関しては、仲間の甘えがあるから例外ではあるが。

「帝国の祝福、皇帝陛下にご挨拶申し上げます」

 平伏して挨拶をするオペラローヴに顔を上げるよう伝える。基本的に応答するのはオーレリウスの役目だ。他国と外交する時、皇帝としてこの国の顔となるのはオーレリウスである。だから、仲間が揃って国民と顔を合わせる時は、基本的に彼が応答することになっていた。

 緊急時でもちゃんと対応できるようにするためだ。

 こうして決めていないと、誰もやろうとしないことも理由の一つである。

「呼び出してごめんね、オペラ」

 オーレリウスの様子に悪いことではない、と判断してくれたらしい。少し肩の力が抜けたのを見る。ただそれでも、凜夜の様子は気になるようで、彼へ視線を寄せているようだ。それは凜夜も感じているようだが、特に何を言う様子もない。

「大丈夫です、オル様……ただ、何かご用でしょうか」

 だんだん尻すぼみになっていく声に苦笑するしかない。これはもうしょうがないことだ。

 ファーレン達は彼等と対等のつもりで合っても、彼等はファーレン達をとても敬ってくれていることを知っている。彼等は彼等がファーレン達にテキトーすることを許せないのだ。

 ――私達は誰も気にしませんけど

 国民達はとても敏感に反応するので、治安維持のために必要程度に権力を揮っている。

「桜ちゃんの件でね、褒美を渡そうと思って」

「桜様の……! やはり何か罰を――え、褒美?」

 胸の前で手を組んで泣きそうになっていたオペラローヴは目を丸くしてこちらを見上げた。彼の様子に思わず仲間内で顔を見合わせてしまったが、仕方ないだろう。

 ――まさか、罰を受けると思っていたなんて

 誰も思ってもいなかった。桜に関しては完全にこちら側の我が儘である。くわえて、彼は散々止めようとしていたし、その危険性は十分に説明してくれた。危険性を理解したうえで強行したのはこちらだ。もう関わりたくないと思われていても仕方がない。

 そう思っていたのだが。

 ――どうもすれ違っていたようですね……?

「桜様に何かあったというのに、褒美ですか?」

 信じられない、とその表情が言っている。驚いている彼の視線は凜夜へ寄った。彼は凜夜が怒っていると思っているらしい。

「そうだ、褒美だ」

 彼から視線を受け取った凜夜は口を開く。その表情は静かで、怒っている様子はない。彼の怒りは烈火の如く、燃えるような怒り。周りへの強い敵意、それが彼の怒りの現し方だ。雰囲気を含めて静かな彼は、落ち着いている状態である。

「桜様は今回のことをとてもお喜びだ。体調が崩れることも分かっていたことだ、問題ない。主治医も傍についている」

 淡々と説明するが、オペラローヴの表情は晴れない。凜夜の表情が険しいことが原因だろう。

 ――これは別件なのですが

 彼の表情は桜をとられるかもしれない、という不安からだ。今回の体調不良には関係していない。彼が心配することはないのだが、彼からすればそうもいかないのだろう。

「なにより、桜様の柔らかい表情をあれほど見られたのだ。とても良かった」

 穏やかな表情を晒す凜夜にオペラローヴが驚いたように目を丸くしていた。

 ファーレンはそんな彼に笑いながら口を開く。

「オペラは桜嬢に魔法をかけたことを後悔しているのかもしれません。ですが、私達は一切後悔していないのですよ。私達は彼女を知ることができ、彼女は私達を知ることができました」

 出会って随分と経つが、ファーレン達は桜があれほど感情豊かな少女だと知らなかった。本当は涙もろくて、いろんなことを楽しいと感じていて、本当にちょっとした出来事を嬉しいと思っている。そんな彼女のとても繊細で、柔らかい部分を知れてファーレンは嬉しかった。

 そして何より、こちらのことも彼女が感知できたのだ。プラスの感情か、マイナスの感情かだけではない。嬉しいのか、悲しいのかはたまた、楽しいのか。そういう感情の差を、なんとなく感じたと彼女は言っていた。

 それは、まさに奇跡と言って良いだろう。

 普通であれば決して伝えることのできなかった感情を、彼女が自覚出来た。それはとても幸せなことだ。言葉ではいくらでも伝えられるし、彼女はそれが嘘ではないと知ることができる。

 だが、知ることと実感することは別だ。

「そうそう。だから俺達はオペラに褒美をとらせたいと考えた」

 ニッコリ笑うハイリッヒにファーレンも笑って頷く。驚いてフリーズしているオペラローヴは呆然とこちらを見上げている。

「勝手に見繕ったもので申し訳ないんだけど、これが目録ね」

 先ほど急いで作った目録。奇跡的に全員が別の褒美を考えていたので、計5種の褒美だ。

 目録は控えていたオーレリウスの従者の手から、彼へ渡された。それを見て固まっているが、もうすでに目録の内容は、彼の部屋へ運ばれている。

「勝手に運ばせてもろたで」

「……なんとなく察しました」

 ベントゥーラはニパッと笑ってオペラローヴを見た。褒美を運んだのはベントゥーラの従者であるが、彼からされた提案を受け入れたのはファーレン達だ。この場で直接渡そうとしても、固辞される可能性がある。そう言われてしまえば、強行するのは仕方がない。

 褒美が受け取ってもらえなかったら、ファーレン達は今回の喜びをどう表現して良いのか分からなかった。消化しきれない感謝の気持ちを、他の民へ向けてもよかったかもしれない。だが、それでは結局ファーレン達の気が済まないのだ。

 遠くを見ているオペラローヴにファーレンは苦笑した。彼がベントゥーラと親しいことを知っている。ベントゥーラから信を置かれ、重用されていることも。だからこそ、ベントゥーラの行動をなんとなく察しているのだろう。

「皇帝陛下から下賜された物を突き返すような人間に見えますか……」

「おう、見えるわ」

「そうですか」

 思わず笑ってしまったのは仕方がない。余程彼等は親しい間柄にあるようだ。

 ――まぁ、そうでなければ桜嬢へ魔法をかける提案もしないでしょうし

 信頼している相手でなければ、魔法など使わせないだろう。人間であるファーレン達に魔法治療が適切かどうか。そんなこと分からない。この世界に愛されている桜であろうと、万が一のことがないとも言えないだろう。

「なぁ、オペラ」

 穏やかな空間に静かな凜夜の声が落ちる。それに緊張が走るのは仕方がない。淡々と言葉を吐き出す彼は、感情を抑制している。我慢している感情は、決して綺麗なものではなかった。桜を思うがゆえのもの。

「はい、リン様」

 強張った表情が凜夜へ向けられる。ファーレンは様子を見るために、凜夜へ視線を寄せた。他の仲間達も同じようで、凜夜を注視している。彼が何某かの不幸をオペラローヴへ向けるのなら、ファーレン達は止めなければならない。

 凜夜はオペラローヴを警戒している。それは彼から桜を奪われるかもしれないと思っているからだ。彼女の関心事が凜夜のできないことへ向いてしまうことが怖い。だから、彼を排除しようと考える可能性がある。

 ――リンは突拍子もないことを考えることがありますからね

 理論的なことが多い彼だが、桜に関しては感情的で理性を捨てることがある。排除したいと願うままに攻撃する可能性を捨てきれなかった。

「また、桜様が感情を増幅させてほしいと願ったらどうするんだ?」

 頬杖をついてオペラローヴを見下ろした凜夜が言う。淡々と、ただ疑問に思ったからその言葉を口にしたことが伝わる。その音は決して感情的ではなく、彼を責めている様子はない。ただただ、事実だけを音にしているようだった。

「桜様は今回のことをとても喜んでおられる。何かを得たと考えられ、確証を得ようとされる可能性も捨てきれない。また今回のことをやれと言われたら、お前はどうする?」

 淡々とした言葉は、凜夜の真意を殺す。

 それはオペラローヴの正直な話を聞き出そうとしてのことだろう。だが、残念なことに緊張を緩めることはできない。質問の返答次第では、彼はオペラローヴを敵とみなすだろう。更に怯えた彼は可哀想なほど震えている。

 仲間達の誰も助け船を出さないのは、彼の答えが気になるからだ。

「お断りします」

 はっきりとオペラローヴは言う。

「桜様の精神力が素晴らしいことは存じております。そして、とても心穏やかな方でお優しい方であることも、もちろん。それでも、桜様へのご負担は大きいことに違いはありませんし、万が一のことがないとも言えませんので」

 オペラローヴの言うことは間違いない。

 感情を操る魔法は相手を壊すこともある。そう言ったのは彼自身だし、ファーレンだってその可能性を考えたこともあった。周りから感じられる情報が増えれば、彼女が自覚する感情もあるだろう。それがプラスであるばかりではないはずだ。

 ――それで

 彼女が傷付くことは本意ではない。

「俺達の感情を知れて嬉しかった、もっと理解できるようになりたい。そう願われても、必ず断れるのだな?」

 確認するような凜夜の言葉に、全員でオペラローヴを見る。それに彼は肩を揺らしたが、一つ深呼吸をすると口を開く。

「はい、必ず」

 真っ直ぐこちらを見て宣言した彼に、ファーレンは力を抜いて背もたれに体重を預ける。

 今回のことは桜が手応えを感じていた。今まで努力が実らなかったこともあり、藁にも縋る思いだったのだろう。それが良い影響を与えたと感じていることを知っている。だからこそ、同じように再び魔法を使うよう要請する可能性はあった。

 ――その努力は素晴らしいですが

 その結果、桜が苦しむのならやらなくても良いとファーレンは思っている。彼女の感情を見られるのは嬉しい。それは間違っていないし、ここにいる全員が思っていることだろう。

 だがそれは、彼女が辛い思いをしてまで、得たい物ではなかった。

 桜は今でも自覚している気持ちを、分かる範囲で言葉にしてくれる。ファーレン達はそれだけで満足だった。彼女の言葉に嘘がないことを知っているし、出会った頃よりずっと感情豊かな今を、ファーレン達はとても愛しているのだから。

 だから、彼女が思うほど、ファーレン達は不便だと思っていない。もっと言えば、彼女の性質を迷惑だなんて思っていなかった。

「そうか。それは良かった」

 ふわっと笑う凜夜に仲間達と顔を見合わせて笑う。

 体調を崩した桜の元へ早く見舞いたいと願っているのは彼だ。それを我慢してここに立っているのは、彼女に会わせたくないから。彼女が願えばそれを叶えるくせに、そうならないように先手を打つのが彼である。

 今回も、できるだけ桜が彼に会いたいと言うことを防ごうとするだろう。

「お前に会いたいなんて言われたら、俺、嫉妬で狂いそうだ」

 笑顔のままサラリと言われた言葉に空気が重くなったのは仕方がない。呆然としているオペラローヴを見て爆笑しているベントゥーラの笑い声だけが響いた。

「それじゃ、俺達は桜ちゃんのお見舞いに行くから」

 重い空気の中、困ったように眉を下げてオーレリウスが声をかける。それにオペラローヴは挨拶をして退室した。ファーレンは彼を見送ってから立ち上がり、伸びをして身体を解す。他の仲間も同様にそれぞれストレッチをしていた。

「早くミモザ宮へ向かおう」

 既に身支度を整えている凜夜に急かされながら、ファーレン達も玉座を出た。



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