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12-決して美しいだけのものでもない


 ベントゥーラは不思議そうにしている小百合に説明するために腰を落ち着ける。隣にいる清夜はきっと理解しているのだろう。

 ――あの魔法はリンには危険や

 それはもちろん、桜に恋慕していること以外にも理由はある。一番は恋慕していることで、欲が我慢できなくなること。次に、桜に関連することで嫉妬して周りに攻撃をしてしまう可能性があったことだ。それで周りに被害が出て傷付くのが凜夜であれば、まぁ問題はない。だが、その原因が自分だと気付いた時、最も傷付くのは間違いなく桜だ。

 ――それはアカン

 彼女が傷付くことは凜夜にとって最も毒。あの子が壊れてもおかしくない出来事だ。

 それだけ、凜夜は感情に関して多くの爆弾を抱えている。

 このことは彼自身も重々に理解していたのだろう。桜を止めるために言葉を尽くして説得をしようとしていたが、決して身代わりになるとは言わなかった。

「ええか、ユリ。感情を操る魔法っちゅーのは危ないもんなんや。説明したやろ?」

 確認のための言葉だ。

 静かな表情になった彼女はそれに重く頷いた。

「はい。ずっと隠していた感情も表に出ることがある、とおっしゃってましたね」

 それ以外にも、普段よりも大きく揺れる感情幅に頭が耐えられないこともある。高熱を出すこともあるし、発狂することもあった。

 ――そう、あったんや

 人体実験と言えば聞こえは悪いが、いくらか実験データが存在している。必要以上に自害的になること、他害的になること。それらは個人差があるようで、その者の精神的性質を強く反映するのだろう。思考が他害的か、自害的か、はたまたその両方か。攻撃性の強い性質を持つ者とは相性の悪い魔法だ。

 くわえて、脳が耐えられず発狂や発熱といった体調不良もデータとして残っている。やはりその程度に差はあれど、それだけ負担の強い魔法だ。

 今のところ桜には何もないが、今日ではなく明日以降に何かある可能性もある。

 かの魔法使いは、この魔法を使うことに否定的であった。その理由としてこのデータを渡されている。国内で人体実験をしたのかと思えば、昔の出来事をデータにまとめたものだという。かつての彼の生活環境を察せられるような内容だ。

 ただ、彼には可哀想なことをしたとは思っているが、桜が楽しそうな様子を見せている。今回のことをベントゥーラは成功だと思っていた。

 なにより、これは彼女の善性が目に見えて理解できる。彼女が基本的に穏やかな性質の人間であり、他害性を持たない。感情の波はもともと大きくなく、プラスの感情で安定していた。

 ――悲しいもんやなぁ

 善人はどうしても世界から外されるのだ。ままならないものである。

「せや。例えばリンが桜をどうこうしたいと思ったら? 周りの連中を害したいと思ったら?」

 そう懸念することが当然である。

 いくら彼が鋼の理性をもってしても、願望はあるのだから。

 彼にとって桜は心動かされる存在だ。今でも十分心動かされているのに、これ以上大きく触れた時何が起こるか分からない。

 ――なによりも、

 凜夜は桜に関連する周りを害したいと思うことが多々ある。その時は、桜の静止である程度止まることができた。

 感情を増幅させることで彼女の制御から外れる可能性。

 それはベントゥーラ達が最も恐れていることでもある。

 誰も制御できない凜夜は、ただの怪物に成り下がってしまう。戦闘力も高く、多くの者を簡単に制圧できてしまう能力。多くの者を従え、動かす統率力さえあった。彼が号令をかければ、多くの犠牲を出しつつも何か起きても可笑しくない。

「絶対何もない、なんてもん、存在せぇへん。リンが制御を諦めたら大変や」

 諦めない精神力はあるとベントゥーラは思っている。ただ、ふとその制御を諦める瞬間があるかもしれない。例えば、彼がその力をもってして桜を傷付けたらどうだろう。もう傷付けてしまったのだから、嫌われてしまうのならば。そんな風に諦めてしまったら?

 絶対に無いとは言い切れないそれが、ベントゥーラ達は怖い。だから、決して彼で実験しようとは思わなかったし、試してみろと言うつもりもなかった。

 そして、凜夜自身もその可能性を考えたから、自分で試せと言わなかったのだだろう。

「では、わたくしだったら……」

 相談してくれたら自分が実験体になった、と言うつもりだったのだろう彼女に笑いかける。人差し指を唇に寄せれば、彼女はちゃんと察してくれた。

 チラリと、彼女の背後の桜達の様子を確認する。この話を桜に聞かれることは、どうにもよろしくない。

 ――桜、ユリ達のこと大好きやから

 彼女達が傷付くことを許容できない。今、その不愉快を察知することは避けたかった。

 せっかく感情を自覚出来て楽しそうにしているのだ。水を差したくないという思いがある。そして何より、彼女に不愉快という感情の温度を覚えさせたくなかった。

 これはベントゥーラ達のエゴではあるが、譲りたくないと思っている。

「桜はユリ達が大好きなんや。見とらんかったったで安心しぃな」

 ニパッと笑って彼女に伝えるが、不安そうに彼女の兄である清夜を見ている。彼を見れば、清夜は難しい表情をしていた。

「桜様は何かを感じておられるかもしれません。ただ、お怒りではなさそうですね」

 よかった、と微笑みながら紅茶に口をつける清夜。思わず顔を引きつらせてしまったのは仕方がない。

 彼等が桜に関して鋭く察することは知っている。従僕がこれほど鋭い生き物なのか、ベントゥーラには分からない。だが、彼が慌てる必要がないと言うのなら、そうなのだろう。

 ベントゥーラもそれに納得して、新しいティカップに紅茶を淹れる。綺麗な紅茶を眺めていると近くから「あ」と声が聞こえた。聞こえないふりをしていれば、諦めたように息を吐いている。

 ――相変わらず真面目なんやから

 彼等は凜夜の弟妹である。皇帝が6人いるのだから、その親族は皇族だ。

 家族に血の繋がりは必要ではない。お互いが家族だと思っていれば、その人間関係の名前は家族となる。それを最も理解しているのは自分だ、とベントゥーラは自負していた。目の前で父を亡くした自分を育てたのは、父の友人だ。彼等と血の繋がりはなくとも、家族だと思っている。

 だからこそ凜夜の弟妹である彼等は、ベントゥーラ達にとっても可愛い弟妹だ。態度だ、なんだと気にしなくても良いと思っている。

 ただ、彼等がどう思っているかは別問題。

 どうも従者としての考え方が先行するようで、彼等にとってベントゥーラ達は敬う存在とされているようだ。嫌ではないが面白くはない。

「二人も皇族なんやで?」

 この国の民にとっては、彼等も皇族である。扱いに差が出るのは当然のことと考えている者が多い。桜が認めている血縁者達も皇族であるので、相応の地位を、と民が望んだ。それゆえに彼女の父は領地を統治する者の一人である。桜と同じく善人で、人の上に立つ者としての技量も申し分ない。今では領地に属する者達の信頼を得ている、良き領主だ。

 他にも彼女が認めている血縁者と彼女の知らない血縁者がいることをベントゥーラは知っている。だが、これは今関係ない話なので割愛。

 ベントゥーラ達も自由に過ごしているのだから、彼等も好きに過ごせばよいのに。

 そう思っての言葉だったが、不評だったらしい。

「僕達は桜様にお仕えしたいので」

「わたくし達、桜様の御傍に居られれば満足ですの」

 スパッと言われた言葉にベントゥーラは苦笑する。

 分かりきった返事だ。

「ベントゥーラ。僕の小百合と清夜に変なことを吹き込んでいないよね?」

 声の主はムスッと不満そうな表情をして、小百合の背後に仁王立ちしている。腕を組んでベントゥーラの方を見下ろしているその視線は強い。

「しとらんよ。二人も皇族やで? って話とっただけで」

 ニコッと笑って桜に伝えれば、彼女は「ふむ」と考える様子を見せる。彼女の傍に控えている凜夜は不思議そうに首を傾げていた。

 ――いや、お前が首傾ぐんかい

 彼の弟妹に対して随分と冷たい反応である。

「そうだね。凜夜も皇帝の一人なのだから、その弟と妹である清夜と小百合も皇族だ」

「あ、俺、皇帝だった」

「そこからなんかい」

 桜の肯定の言葉に閃いた、という表情の凜夜。

 頭が痛いというのはこのことだ。

 だが、凜夜の表情を見る限り、本当に自覚がなかったのだろう。最初から人の上に立つつもりがないとはいえ、多くの民の命を預かっている。それゆえに、それぞれが相応に自覚して公務に取り組んでいるつもりだ。

 しかし、凜夜の本質的にやはりどうやら従者である方が先行するらしい。

 民もそれを受け入れているのだから、まぁこれが丁度良いのかもしれなかった。

 弟妹が皇族の自覚がないのは、二人の兄である皇帝がコレだからかもしれない。

 ――そりゃ仕方ないわぁ……

 これはもう、どうすることもできないことだ。

「しっかし、桜。俺等、そんな不穏な感じやってん?」

 そんな自覚はなかった。

 ベントゥーラは彼等の嫌な質問をした自覚はある。だが、それは些細なことで、彼等もあまり気にしないだろうことだ。以前、別職業を紹介しようとした時も似たような会話をしている。

「今日はなんとなく感情を感じ取れる」

 不思議だな、と首を傾げている彼女に、ベントゥーラは笑いかける。

 どうやら桜は自分の感情が大きく振れることになったことで、感情を自覚するようになった。それが高じて、周りの感情も肌で感じるようになったらしい。

 それらがどういう感情なのか、それを理解するまでには至らないだろう。それでも随分と彼女は周りの感情を感じられるようになってきたらしい。

 ――優秀やんな?

 自覚できたら察知できる、とは随分と優秀な話だ。ベントゥーラであれば、恐らくそんなことできないだろう。

 感情を自覚していることと、コントロールすることは別問題だ。

「皇族だという話で、なぜ2人は困っていたのだ? 事実だろう」

 桜の言葉に彼等2人だけでなく、凜夜も含めて視線が合ったのを見た。ベントゥーラは息を潜めてそんな彼等の会話を聞くことにする。

 なんとなくだが、彼等と出会う前の何某が関わっているような気がした。

 雰囲気がそれほど厳かなものだ。

 ――まるで、桜と出会った時みたいやな

 彼女から信頼を得るのは簡単だった。なにせ、先に凜夜と出会っていたのだ。凜夜から危険のない人物だと教えられた彼女は、何の疑問もなくベントゥーラ達にその穏やかな性質を晒した。

 恐らく、もともと彼女は周りの者達の言葉に素直に従う性質の子だったのだろう。

「桜様、わたくし達、桜様が御傍においてくださるのなら、その立場はなんでも良いのです」

 小百合の静かな声が桜に渡される。それを受け取った桜ははて、と首を傾げて彼女を向く。

「では皇族も同じだろう?」

「同じではありません……!」

 頭を抱えた小百合にベントゥーラも首を傾ぐしかない。

 従者でも皇族でも、変わりなく桜の傍に居ることはできる。彼女達が懸念している〈主人と引き離される〉ことはない。ここまで彼女達が肩書きに拘る理由が分からなかった。

「桜様。この国で認められた皇族である旦那様がどのような生活をなさっているか、ご存じですか? 公務以外をできる限りやらなくて良い生活をしておられるんですよ。苦笑のお手紙をいただくほどに……そんなの、わたくし、耐えられませんわ」

 顔を覆って言う小百合にベントゥーラが「あー」と声を漏らしてしまった。

 そう、皇帝であるベントゥーラ達は自分達がやりたいように好き勝手やっている。周りの者達はそれを辞めさせたいと思っていることを知った上で、だ。彼等は彼等で、ベントゥーラ達に楽をさせたいと思っていて、できるだけ生活に介入したいと考えている。

 国政は彼等がやって欲しいと願ったから、ベントゥーラ達がやっているのだ。それ以外はやらなくても良いと考えているらしい。

 ――そんなこと、気にせんでええのに

 彼等は大変な思いをしたら、ベントゥーラ達が彼等を見捨ててしまうのではないか、と恐れているらしかった。それでもベントゥーラ達は生活に介入することを望んでいない。

 だから、ベントゥーラ達が信頼している6つの領土を任せている国王達。そして、皇帝直下の2つの領地を管理する領主達。彼等に不便がないように、熱心に仕えていることを知っていた。

 特に唯一の皇族である桜の実父は、かの領地の民達が仕えることに熱心だ。皇族を領主に立ててもらった恩に報いるため、というのは聞いたことがある。

 ベントゥーラ達は気にしたことはないが、民はとても気にしているらしい。

 桜の実父は、そんな彼等を苦笑しながら受け入れている。それが桜の自由のためになるのなら、と。

「僕も誰かに仕えられるのは、ちょっと……皇族だと認められると、どうしても民が少しでものんびり暮らしてほしいと願うものですから……同僚に仕事をとられるのは耐えられません」

 清夜の同僚と言えば、凜夜の恋敵である。

「あ゛?」

 当然のように清夜の言葉を拾った凜夜が低い声を出す。あまりにも不機嫌なので、彼を一瞥した桜が苦笑している。それを横目に確認した凜夜が表情を改めるので、ベントゥーラは楽しくなって笑う。

「どないするん、桜」

 彼等の今後を決めるのは桜だろう。

 今までは彼女の一言ですべてが決まることを知っていたから、決して彼女の前では彼等の皇族の肩書の話をしなかった。凜夜の弟妹に皇族の肩書ができたとて、ベントゥーラ達は変わらない。彼等が何を思おうと、変わるのは国民からの認識くらいだ。

「……まだ時ではないのだろう。――ねぇ、凜夜」

 含みのある桜の言葉。傍へ控えていた凜夜へ流し目をして渡される。それに凜夜が鼻を抑えながら頷いた。桜は凜夜の様子に苦笑しながら、「ね」と微笑んだ。

「その時が来た時は、まぁ覚悟を決めるしかないね」

 彼女の言うその時など、恐らく来ないだろう。

 ベントゥーラは桜の様子に笑いながらハンカチを凜夜に差し出した。



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