封印されし最強のロリコンVSポリコレ帝国
――それは、正しく歴史の分水嶺だった。
「押せ押せ押せッ!!ここを突破されたらもう後がないぞ!死ぬ気で死ねッ、我らビシ・ヨウジ王国の意地を見せろォ!!」
雲霞の如く押し寄せる異形の化け物ども。急場しのぎで拵えた壁、それを一枚隔てた先には豚の面をした際限の無い異形が隙間すら無く詰められていた。
純粋な物量の暴力。一体一体の質には差があれど、それが人より強力な化け物であることは間違いが無い。端から勝ち目など無く、時間稼ぎすら成立し得ないハズだった彼ら残存人類最後の希望は、だがこの時一縷の望みを持ってただひたすらに耐えていた。
己が限界すら超え、筋繊維は裂けている。骨は折れ、皮は爛れ、臓腑が焼けても悲鳴すら上げられない。それ程の無茶を、道理すら捻じ曲げてでも為し得ねばならぬ理由。それは――。
「神聖ポ・リコレ軍に突破を許すなァッ!!お前たちの家族がッ!愛する全てがッ!!あのクソ醜いブタ面に変えられる屈辱をォッ、絶対に認めてはならんのだァッ!!」
プルルァ!と豚顔たちは叫ぶ。唾を飛ばし、憎しみでその表情を醜く歪め、深く皺が刻まれた悍ましい異形たちは、その実、元人間だった。
「プルルァッ!!美少女を許すなッ!!それは性的搾取だァッ!!醜い面でなければ真の多様性は存在出来ないッ!!美人を全て排斥しろォッ!!」
「プルっ!!ボクは精神的レズビアンだッ!!身体は男だがそんなことは大した問題じゃないッ!!女風呂に入れろォッ!!」
「プルルルァッ!!美醜で人の価値を定めるのは前時代的な悪しきルッキズムの賜物よっ!!だからちょっと太っていたとしてもトランスのゲイだから美女役舞台役者として扱われなければそれは不当な差別だわッ!!」
「見ろ同胞たちよッ!!あんなまともに会話の通じない化け物どもに屈してはならないッ!!この身全てを賭してでも守りきるのだァッ!!和平交渉が通ると思うなッ、ヤツらだいたい二言目には矛盾した言動をしているぞォッ!!」
神聖ポ・リコレ帝国。それは神に授けられし教典――聖遺物“遍く万民、清らなる命たるべし”の権能により皆が差別無く穏やかに暮らす理想楽土の住人たちである。
彼らは偏見、肉体的差異から生じる差別を取り払い、真に平等な世界を齎すことを国是とする。故にあらゆる宗教的、文化的価値観を破壊し、社会的弱者保護のために多数派から“配慮”をもぎ取る善良な道徳者なのだ。
「いやおかしいだろう!?もうこれ配慮とかそういったレベルでは、ぐあっ!!」
「プルルルァァァッ!!多数派というのはそれ自体が圧倒的に力を持つのだッ、それはつまり暴力と言えるッ!!少数派は常に窮地でありッ!常に苦境に喘いでいるのだッ!!オオオなんと嘆かわしいことかッ!!常に多数派は少数派の苦しみを察し、常にッ、常にそれを慮りッ、プルッ、その権利をッ!その幸福をッ!!保証せねばならぬ立場にあるというのにィッ!!」
「くそぉ、こいつらメチャクチャだ!少数派を哀れみ過ぎて逆に差別意識の塊みたいになってるじゃないか!どうするんだこのモンスターたちは!?」
正に戦場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。一周まわって少数派と化しているビシ・ヨウジ王国民にポ・リコレ帝国兵はただの一人も情けを抱かず、ひたすらに正義感によって王国兵を豚頭に変えていく。
聖遺物“遍く万民、清らなる命たるべし”影響下にある生物は保有する魔力が変質し、その異常性が肉体に波及するのだ。即ち、豚面のたるんだ情けない腹を持つ怪人に変わる。つまり、帝国兵に倒された者は帝国兵になる。ゾンビみたいなものなのだ。豚顔に斬られ、己の運命を察した者が自刃するケースも多い。
勝ち目が無い。だが、引けない。愛するものたちをこの何もかも醜い存在に落とすわけにはいかない。その強い意志が彼らを背水の陣で耐えさせていた。だが想いの力でどうこうできる領域の話では、もはやない。それは誰の目にも明らかだった。
故に王国首脳部は、決断を下す。――禁断の秘術。その忌まわしき歴史から封印されていた、聖魔剣の拘束を解放することを。
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「――ここが、そうなのですね」
「はい、その通りでございます。かつて同胞を裏切り、敵であった魔王と共に世界へ反逆した大罪人たる勇者。彼の悪鬼めが保有していた聖剣が魔王の魔剣と融合し、変質したもの――聖遺物“全て許されざる我らが業”。ただその剣を封印するために作られた大監獄、“人たる欲・漂白の地”にございます」
王女の問いに神官が答える。巨大な檻だ。ビシ・ヨウジ王国王都地下、生まれ育って来た城にこれほどの大空間が広がっていると思っていなかった王女は、目を瞠った。
「この場所もまた、聖遺物なのですね」
「そうでもせねば、あの剣を封じることなどできませぬ。古今東西あらゆる性欲増進の逸話を持つ虚構兵装を掻き集め、鋳潰して作った対性犯罪者用決戦兵器たる大鉄檻。性欲を抑えるのではなく暴走させ、御することが出来なければただ思考力が低下するのみの秘奥、“賢者の刻”に強制的に至らせ続ける。これに囚われ活動しうる変態は、いないでしょう」
「酷い理屈を聞いた気がします。忘れていいですか?」
「御意に。……しかし、貴女様の責務を、ゆめお忘れなされるな。この契約が成らねば、もはや――」
「わかっています。私は今から、その穢らわしい剣への供物となるのですから」
苦虫を噛み潰したような顔をする神官と、覚悟に揺るがぬ王女。彼らがこの地を訪れた理由、それは国家随一の美姫たる王女を、性欲の塊たる意思持つ剣、“全て許されざる我らが業”に捧げることで、その力を借りる契約をなすためだった。
「姫……」
「仕方の無いことでしょう。帝国に抗うには、余りにも我が国は小さい。失われた人々の悲しみを癒し、再び蜂起せんとしても、時間は要る。私一人の犠牲でそれが叶うというのなら十分、この首に見合った値打ちでしょう」
長い石造りの螺旋階段を抜け、最下層に降り立つ。神殿のような静謐さを湛えたそこには、中心に一本の剣がつきたっていた。黒を基調とし、白の装飾で縁取られた美しい刃だ。華美ではなく、さりとて無骨でもない。調和の取れた美、完成されたその在り方は、正しく神の賜うた聖剣を象ることの証左だった。
思わず喉を鳴らす。これは、尋常のものではない。ただ一本の武装が、光の届かぬ闇の底で輝き、それのみをもって神聖な空間であると錯覚させる。これ程の存在だとは想定外だった。なにせ対策が超凶悪な性犯罪者に向けられたものだったので。
怖気付く心を叱咤し、それでも王女は高らかに呼び掛ける。
「古き勇者よ!微睡みから醒め、我が願いに答えたまえ!」
――拍動。その場の何が動いた訳でもないと言うのに、確かに王女は何かを感じ取った。龍がその首をもたげたような、獲物に狙いを定めたかのような濃厚な死の触感。怯え震える足を踏みしめ直し、無理にでも己を奮い立たせる。
この剣は、起きている。それも今さっきの話ではない。“人たる欲・漂白の地”に捕らえられたものは“賢者の刻”に至り、思考能力を奪われるという話だったが、とんでもないと王女は恐怖した。
効いていない。いや、むしろ完全に御している。故にこの存在は、悠久の時を“賢者”として過ごし、この穴蔵の奥底で思索の海に沈んでいたのだ。
その事実が途方もなく恐ろしい。一体どれ程の変態エロ妄想をして来たというのか。こんな化け物に頼るくらいなら、いっそ豚になった方がマシだったのではないか、とちょっと後悔する。
「わ、我らが民は今ッ!異形の帝国兵により蹂躙されようとしているッ!!東には敵ッ、西にはもはや抗う術すら持たぬ国家しかいないッ!なるほど豚面になろうとも、確かに生きてはいけるのだろう!だが!人として、知性あるものとしての尊厳は失われようッ!!だからどうか!どうか古くは人を助けたものとして!今ひとたび力を貸して頂きたいッ!無論対価は捧げよう!この身全てを貴君に捧げる!足りぬのならばすぐとはいかないが、我らの敵が去りし後、望むものを用意するッ!だから、どうか――」
「――十七、といったところか」
「――、は?」
「あと二つ、いや、三つ早ければ、な……」
瞬間、女王は総毛立つ。発言のキモさもさることながら、聖魔剣の放つ気配とでも呼べるものが変質したからだ。獲物を品定めする蛇のようなそれから、絶対者の纏う荘厳で静かなそれに。どちらの側面も渾然一体であり、故に今自らが相対するものがいかなる存在か、王女は改めて思い知らされる。
これは、もはや神性すら帯びている。存在としてのステージが、違う。
「答えよう、亡国の姫君よ。我はこの戦争、どちらにも組みさぬ。理由はただひとつ――どちらにせよロリコンは認められんから、だ」
「――、は?……は?」
女王は絶句した。存外クソしょうもない理由だったからだ。だがそのクソしょうもない理由で国が滅んでは話にならないので、女王は食らいつく。
「し、しかし!えっ、ロリコン?……いや!ですが我らは人間として、あのような豚面に人類が堕ちるのを認める訳にはいきません!それは勇者よ、貴君とて望むところでは無いはず――」
「何故だ?お前たちがロリコンを認めないこと。そして豚頭どもがロリコンを認めないこと。これはどちらも事実として違いが無く、故に、双方に認められぬ我からすれば、敵と敵が潰し合っているに過ぎん。では聞こう」
視覚化される程の絶大な意思を乗せて、神話の剣は問いを投げた。
「――お前は。これがデブ専とブス専の戦争なら、手を貸すのか?」
「う、ぐッ、ぁあ……ッ!!」
貸さない。瞬時に理解され、故に勝てぬと女王は識った。大気の揺らぎ、暴風の如き理外の威迫を前に、彼女はもはやその場に立つことでさえ難しい。それを小さくふつと嗤い、聖魔剣は語った。
「禁忌七大性典に連なる“幼女聖別天理”。我が大罪、貴様如きに理解は及ぶまい。故に滅び、故に醜くも永らえるのだ。覚悟無き者には豚頭が似合いよ」
圧倒的だった。存在として至っているステージが違う。想いに重ねた信念が違う。そして何より、絶望的なまでに視座が違う。当たり前の話だ、悠久の時を賢者タイムで過ごしてるやつがまともなワケ無い。
しかし、どうしても。女王にはひとつ、得心のならない事実があった。
「し、かし……ッ!貴君ッ!ならば、なぜ!」
そう。本来であれば、聖魔剣が問いを投げ掛ける必要など無いと、女王は気付いたのだ。かのモノが完全に応じぬならば、そも答えなど返さねば良かったのだ。どんな結論であれこちらの問い掛けに応じたというのならば、そこには必ず意図がある。
そう、アレは何らかの意図でもってこちらを“試し”ている。そして、そうであるならば機はある。
(考えろ……ッ!!何を求めている!?異常性癖者の保護?可能性としては高い!だがそんなことをすれば、まだ無垢で多くを知らぬ幼子たちに不可逆な傷を負わせることとなってしまうッ!!私たちの戦いは尊厳を守るための戦いッ、なればこそ悪逆鬼畜糞袋を認めるなど――いや待てッ)
故に気付く。
(幼児嗜好変態野郎を認めぬものたちの争いに介入しない、利がないからと聖魔剣は言った。だが、そもそもが勇者――他者のために戦うもの。これは……これは、あくまで現状の確認作業でしかない)
では、何を求めているのか。何を思考しているのか。何を試しているのか。それは即ち――。
「――覚悟、ですか」
“覚悟無き者には豚頭が似合い”。それが、答えなのだろう。
では、示すしかあるまい。
「――【性癖解放】」
不思議と凪いだ心持ちで、女王は宣言する。
それは誓約。己が罪を世界に示し、世界の在り方を渇望により染め上げる、理を塗り替える業。闇深き監獄の底に、仄かな灯を放つ庭園が根を張り築き上げられる。
「【儚きかな遥か耽美なる薔薇庭園】」
現出するのは美少年たちの影法師。それは華やかなる庭園の影に連れ立って飛び込むと、絡み合う二輪の薔薇と化す。変声期を迎える前のソプラノボイスがそこかしこで睦あい、俗世と隔絶した桃源の世を領ろしめす。
これこそが性癖解放。欲望により世界を強制的に染め上げる、抑圧された性癖を持つものたちの変態業であった。
「こここそが我が理想楽土――美少年たちの蜜月、歳経た後には見苦しい地獄と化す、ただひと時の理想郷です。私の望み、されど叶わぬ“罪”の在り方。この世界にはただ美少年だけが満ち、美少年だけが愛し合えば良い……そういった私の渇望です」
「――ほう?」
乾きひび割れた唇を舐める。こうして淡く光る空間に置いたことで、聖魔剣の柄を握る黒い影の存在を視界に入れた女王。人間大のそれは恐らくはかつての勇者の虚像なのだろう、未だ不確かな姿でありながら絶大なまでの存在感を放つこの一柱を前に、恐怖を覚えぬと言うと嘘になる。
だがそれ以上に、示さなければならない。人はまだ、終わるには惜しいものだと――!
「それで?この見苦しい世界を我に見せ、何をしようというのだ。我が理想楽土とは正に対極。そして何より、禁忌七大性典に届かぬ程度の変態性。その程度で――」
「しかし、性別が違うだけです。貴君、もうお分かりでしょう。性差を、それにより生まれる数多の視座の違いを……。男児を愛でるか女児を愛でるかというだけの違い。ただそれだけのことで、片方は禁忌とされ片方は別に何とも言われない。ロリコンショタコンはどちらも悍ましい変態性癖のハズなのに、ただ社会通念によって両者には明らかに“違い”がある」
自身の中にある変態糞袋クソきめぇという感情に必死に抗い、全く同じ穴の狢であることを理解しつつも拒絶し、しかし、女王は尚も聖魔剣から目を背けなかった。
「私には、ロリコンは余りにも理解し難い。鬼畜の業であると、どうしても思わずにいられません。……しかし私はショタコン。美少年をあわよくばちょっと食べちゃいたいと思わずにはいられない。ですが、それは恐らくロリコンであっても何も変わりはしないのでしょう」
女王はノーマルの女性であるが故に、性的魅力は男性に感じる。その中でもとりわけ幼く、未成熟な無垢さが時折見せる本能的“性”にエロスを覚えてしまう。それは定められた業であり、そういう風に生まれたのだからもう仕方が無いと思っている。
そしてそれは、ロリコンにも似たような理屈が通るのだろうと女王は考えた。男性が女性に性的魅力を感じ、その中でもとりわけ幼く未成熟な無垢さに“性”やエロスを覚えることもあるのだろう、と。
だが、性別が違うだけでこうも理解できない。抱く感情は同じであろうとわかっていても、どうしても――悍ましいと。理解できないと、感じてしまう。
「ですが、その視点の差を理解しないものが、ただ己の感覚だけを……自分の視点だけで全てを判じようとしてしまう。そしてそれは、多数の人間が共通した性癖を持てばこそ、より強力な同調圧力として――不快性を排する“正義”として、理解出来ぬものを弾圧する方向へと動いてしまう。だからこそ、彼らは守られねばならなかった。そこまでは正しい。ですが問題だったのは、何を“善”とし何を“悪”とするのか、その判断を“人”が行ったことでした。“人”は完全ではなく、どこまでいっても個人に過ぎない。故に“人”を基準とするならば、理解されぬ性癖に“優劣”をつけざるを得ない……つまるところ、これが現状の帝国です」
真っ直ぐに影を見つめる。
「少数を守るための正義。理念は尊い。ですがそれは、まだ幼き人類には過ぎたるもの。人が人である限り避けられぬ宿痾、性癖を、実態と切り分け不当に操作しうるもの――故に真の敵は、帝国にあらず。それを己に都合良いよう煽る自我肥大者です。……故に貴君は動かない。敵は、ただ同調圧力に苦しむ豚顔ではないからです」
勇者は小さく笑ったのか。漏れ出た小さな吐息は、僅かばかり弾んでいた。勇者の影はその威迫を抑えると、君主の如き凛とした立ち姿を見せる。
「まさしくその通りだ。叩くべきは豚どもではない。アレらは姿形こそ異形に堕ち、同族の思想に盲目的に同調する特性こそあれど、究極的には人間だ。故に、同調の元を断ってやれば話は終わる」
「……それは」
息を継ぎ、聖魔剣は告げる。
「“人冠す善たるもの”。それが敵の名だ」
大気が揺らぐ。総毛立つのを遅れて知覚した女王は、次いでそれが莫大な魔力の揺らぎ、その余波にあてられたことを理解する。
「此度、“神”は過ちを犯していない。聖遺物“遍く万民、清らなる生命たるべし”は本来“迫害される性癖の社会化補助を成す”聖遺物だ。マイノリティとされる性癖を魔力波の共有により対象者の意識に組み込み、共感と、それに伴う配慮を与える。誰もが互いの性癖を認め合う――その足掛かりとしての利用が想定されていたのだろう」
聖魔剣から黒い影が溢れ出す。それは人の形を取り、漆黒の鎧を、はためくマントを、渦巻く闇と共に現出させる。
「だが、保有者が力に狂った。他者を“共感”させる権能、その発露による文明の掌握。正に人が持つには早過ぎるものよな」
息を呑む。瀑布の如き闇の奔流の後、そこには一人の男が立っていた。
「所詮は通常性癖者の俗事。静観するつもりではあったが……異常性癖者の貴様が“性癖解放”を為してまで示した覚悟には報いよう」
斯くて黒鎧の勇者は宣言する。世界を侵犯する大罪、己が業の開示。最も悍ましく、最も狂気に満ちた変態業“禁忌七大性典”に名を連ね、人の世に最大の悪意をもって忌避される性癖、恐るべきその名を――!
「【性癖解放】――【清廉たる白の無垢、万象坐して尊ぶべし】」
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それは、圧倒的だった。キモすぎる名前からは想像付かぬほどに、絶対的な威を示した。
「【無垢は尊き波涛なりて】。純粋無垢な幼女たちがキャッキャウフフする様こそ至高である――我が理想楽土、権能の一。来い、“無垢の軍勢”。仰ぎ見るがいい、天上のその尊さを」
讃美歌と共に雲が割れ、黄金の輝きと共に舞い降りるは数多の幼女。小さくそれとなくデフォルメされているっぽい翼を必死にパタパタさせている。
見た目には微笑ましい光景であっても、その真の効果は“輝きを視認した者の強制ロリコン化”。天使たちには物理的な攻撃は一切効かず、だと言うのにせっせと豚どもの顔を引っ掴んでは上を向かせてあらゆるものをロリコンに変化させている。恐ろしい能力である。
「次だ、【母なるかな、回帰安寧の罪】。理想楽土権能の二、微睡みに沈め、有象無象ども。幼女に“母”を感じるとき、我らの“生命”は完成する」
そして、二の矢。勇者の性癖解放には複数の権能があるが、これは“ロリコンの視界に幼女が入っている場合、絶対的な多幸感を得て幼児退行する”効果を持つ。
そして、その幼女には当然、“無垢の軍勢”と呼ばれる眷属――翼の生えた幼女たちもまた含まれる。
「バブーッ!!バブ、バブァァァアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
「うおおおおッ、おぎゃあああああああア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」
故にその光景は必然だった。第一の能力“無垢は尊き波涛なりて”によりロリコンと化した豚顔たちは、第二の能力“母なるかな、回帰安寧の罪”によって立ち所に空を舞う幼女たちにバブみを感じ、オギャッて戦線を離脱していったのだ。
「ひ、酷過ぎる……」
女王はドン引きした。そのあまりにもあんまりな光景に彼女は目眩を禁じ得なかった。助力を乞うたのは自分。危機に瀕していたのも自分。だがなんというか、さすがに別にロリコンでもなかった豚たちが急に宗旨替えさせられた挙句バブバブ言っている光景には思うところが無いでもなかった。
「バブ――ッ!!バブバブぁ――ッ!!」
「っ!?いけない!勇者が自分で自分の能力を受けてバブってしまっている!!この不毛な自給自足を止めなければ!!」
女王含む近衛数名が必死に勇者を取り押さえ「バブ――ッ!!」、事前に用意していた熟女の絵画を強制的に見せつける。
「勇者殿!これが本当のママですぞ!」
「目を覚ますのです勇者様!ママは幼女ではない!」
荒い息を吐く黒き勇者は当初その熟女を見て悲鳴を上げていたが、次第に目の焦点が合うようになっていった。
「ぐっ、くっ……幼女、熟女、違う……うっ」
「そうです勇者様。幼女にオギャるとかヤバいですよ。人間性を失ってはなりません」
「女王。誰がそこまで言えと言った。我は傷付いているぞ、若干」
勇者の目に理性が戻った。多少なり眉間に皺が寄っているものの、会話の可能な状態まで戻ったことに一同は安堵する。何せ、千年間賢者タイムやっていた最悪のロリコンが理性無くした状態とか怖過ぎるので。
だが未だ厳しい視線を豚の軍勢その先に向けている勇者に、女王は一抹の不安を覚える。
「勇者様。圧倒的ではないですか。何を、悩んで居られるのです?」
「雑兵を幾ら叩いたとて、バブバブ」
「バカ――ッ!なんで2つ目の能力を幼女見るだけで発動するようにしたんですかバカ――ッ!!」
目隠しをされたので心做しか不服そうに見える勇者は、キレそうになっている女王に対し改めて答える。
「……敵が想定通りのものであれば、この程度で終わるものかという話だ。――そら、」
――その瞬間。なんの前触れも無く、天が裂けた。
「来たぞ」
闇が零れ、落ちた涙滴が大地を黒く染める。赤い脈動が闇に奔り、筋肉のような繊維を顕して隆起。山のように盛り上がったそれはさながら肉の玉座であり、果たしてその天頂には一人の人間が立っていた。
「あらあらあらあらあら。なんてことしてくれてるのかしら?差別があまりにも価値観に根ざし過ぎた傲慢なる排外主義者さん。絶対的人権道徳者であるワタシには、アンタのような存在は蛆の湧いた臭い猿に思えて仕方ないわァ」
――それは、なんというか絶妙の顔をした女だった。いや、不細工という訳ではない。それなりに整っていて、ただそれなりなだけの、特筆すべき点のないなんとも絶妙な顔をした女だった。それが、豚顔たちの中にある。
その女だけは、“普通”だった。
そして、それ故に――。
「随分と愉しそうだな、“人冠す善たるもの”。どうだ?己に酔いしれる悦楽の味は。さぞ美味かろう……その醜さでさえ、貶められたその他万象の中においては天上の美。貪り食らうその無様、鏡無しには見えぬものな」
刹那、寸前まで阿鼻叫喚であったはずの豚面軍が、その一切の動きを停止する。凍りついた空気の中でその普通の顔面をした女は一人、色の抜け落ちたような相貌で、豚に埋め尽くされた大地を睥睨していた。
「黙れよカスが。殺しますよ」
――大地が砕けた。
女の立つ玉座の周囲が捲れ上がり、千々に乱れて豚たちが舞う。その殺意が、殺意だけで爆発を伴い、それは遠く離れた勇者たちにも烈風として届いた。
「うむ。効いているな。ヤツは煽てられるのこそが常。多少皮肉ってやれぱ顔面も真っ赤になるというものだ」
「ちょちょちょちょッ、勇者様!?効いているなじゃないんですよ!なんか思ってたよりとんでもないのが出て来たのですが!?」
「ふむ。アレは、人を束ね神にすら届くもの。善でなくともその大衆に嚮く思想は善性を帯び、黒ですら白と化す。ヤツの治世下で正しいとされるのは盲目的な信者のみで、その態様は神と変わらん」
おどろおどろしい闇色のオーラを纏う、憤怒に歪んだ狂相の女――“人冠す善たるもの”。それを前にして気取ることなく勇者は言う。
「心せよ。敵は、最新の神格ぞ」
女がその腕を凪いだ。同時、赤黒い波動が鞭の如くしなりながら殺到し、城塞をそれが土くれで造られてでもいるかのように容易く微塵に切り裂く。勇者はそれに対し本体である聖魔剣の切っ先を突き付けると、それは波動を球状に受け流した。
何かに阻まれたように四散した黒いエネルギーは、飛び散った先を黒く染め上げては泡立ち、防壁を溶かし崩した。女は舌打ちをする。
「普遍性欲障壁か。さすがに古き神殺し、甘く見てはいなかったが、ただの性癖解放でこれとはねぇ……。出力も規格も違い過ぎる。器の違いか、原罪の違いか。――“衆合的人権道徳者”でなければ、勝てなかったでしょう」
女は口の端を弧のように吊り上げ、歪め、嗤う。そして、朗と、詠んだ。
「【人は人によって諭されるように】」
「【あなたはあなたによって世を顧みるように】」
それは詠唱。一節を刻むごとに星は変容し、蠢く禍々しい悪意が澱みとなって大地を穢す。降り注ぐ黒い灰は狂乱と絶望で遍く世界を蹂躙し、その尊厳を、その全てを、深き闇色に染め上げる。
「【弱きを愛せよ、万物を愛せよ、人が啓き、人が徴す】」
「【人の歓びはあなたの喜び、人の願いはあなたの共感】」
「【其は万象に刻する解、故に誤謬を万意が識る】」
「【“汝が渇望は真ならず、世の成す真理の解ありき”】」
豚たちが蠢き、一つの塊へと変容してゆく。象るは巨人、天を衝く巨躯。神の似姿は人界を蹂躙し、遍く総てを凌辱する。
――刮目せよ、これなるは天に至りし人の総意。欲によりて神に成る者、大衆渇望の具現なり。
「【総意性癖解放】――【欲、即ち天記す万象】」
それは、人を束ねた巨人だった。ただひたすらに、途方もなく巨大な質量をもって立ち塞がる全てを捩じ伏せる暴威の化身。全身に練り込まれた人体は豚の肉体だった筈だが、それは踠きながら変容し、徐々になんというか美人っちゃ美人だが割とそこら辺にいそうなラインの美人さの面構えに変わっていく。
『羽虫が、私の視界から消えろ』
その圧倒的な体躯をもってすれば、ただの言葉も呪詛の籠った咆哮と化す。わーとかきゃーとか叫びながら勇者の展開した天使っぽい幼女たちは消し飛ばされてゆく。
「ど、どうするんですか勇者様!?能力効いて無さそうですよ、これ!!」
「いや、効いている。アレは既にロリコンだ。だがその欲求の対象が自分自身であるため、今のヤツは自分の幼き頃の姿でしか欲情できん。故に解放出力が落ち、豚面どもの性癖と共鳴する形でしか性癖解放を成し得ないのだ」
「それはそれでなんか酷いな……」
巨人はその声音に喜色を滲ませながら嗤い吼えた。“人冠す善たるもの“は、その莫大なエネルギーを放出することで周囲の事象を強制的に隷属させ、それが生命であるならば豚面に変えることができる。攻撃は強力で防御は必至、当たれば即死か強制隷属――自らの勝利は揺るがないと、喜悦に満ちた宣告をする。
『ロリコンを規制した遠い神代において、敵対する神すら屠った勇者よ!だが貴様の最大の脅威は性癖解放を機能不全に陥らせるその強制ロリコン化能力だッ!残念だが私には効かないッ、何するものぞ神殺しィ!!』
大気が撓んだ。それを、巨人が腕を振り被ったことで生じた関節の軋みだと理解できたものは、そう多くはなく。あまりにも場違いに宣告される世界の終末は、実に呆気なく、ただ気紛れな神が賽を放るが如く、定命の理解の範疇を超えた一撃で、粛々と執り行われた。
城どころか国土を丸ごと粉砕して足るだけの、途方もない巨腕が落ちる。性癖解放を成した者は性癖解放を成した者にしか対抗できない。それは単に馬力の違いによるものだが、“人冠す善なるもの”のそれは人間のスケールでどうこうできるものにはその場の誰もが思えなかった。
誰もが死を覚悟した。泣き叫ぶ赤子、剣を取り零す男。頭を抱え蹲る老人に、必死に子供を抱き抱える女。呆けたように少年少女は天を仰ぎ、誰かがゆっくりと目を閉じた。
そして拳が、弾け飛んだ。
『は――?』
誰もが死を覚悟していた――その男ただ一人を除いては。
「一つ、勘違いをしているぞ。我が神殺しの業を成した時、我には特別な能力などというものは無かった。古い時代の古い理、現代のような異能の法が与えらるるべくもない。故にただ、この身一つで抗うのみだった」
それは巨人にとっても慮外の一撃だったのだろう。砕け散った腕を庇い、まるで理解が及ばぬかのように瞼を瞬かせる。遅れて一歩後退りすると、呻くように疑義を漏らした。
『な、に……!?』
「我が業は、力にあらず。我が渇望は、欲にあらず。我が大願は――強いる者への叛逆に他ならぬ。故に」
古き勇者は剣を掲げる。――断罪は此処に。世の理が如何に己が癖を除かんとすれども、決して折れぬその信念が天の御座より神意を下す。
「不当に性癖を規制する貴様らがァッ!絶対に許せないのだァッ!!」
爆風。その意思の奔流が、実体すら伴い天地に嵐を巻き起こす。吹き飛ぶ大地、ひび割れる城砦、圧倒的なまでのエネルギーによって大気はまるで血が通うが如くに脈打ち、竜巻が幾重にも折り重なっては砂塵を巻き上げ、合体に巻き込まれなかった豚面たちがブヒりながら空を舞う。
それはさながら、世界の終末であった。だが男は未だ、攻撃に転じてすらおらず――そして、今この時正に、渾身を持って振り下ろさんと聖魔剣を構えたのだった。
「束ねるは我らが渇望――排斥されし性癖たちを、我が結び貴様に叩き付ける。まぁこの際だし片っ端からとりあえずお前が嫌いそうなのをブチ込むか。【屍姦】【スカトロ】【おにロリ】【強姦】【異種姦】【機械姦】【催眠アプリ】【近親相姦――」
ゴミみたいな宣言ひとつ毎に、勇者の剣に光が集っては、宿ってゆく。流星の如く降り注ぐ煌めき、それが自らの心より生まれ落ち、そして男の元へと飛んで行った自身の、そして誰かの祈りであるということを、人々が自覚した時。
「自分で勝手にシコる分くらいは許される社会であれ。何でもかんでも規制してんじゃねぇ棲み分けだっつってんだろぶっ殺すぞ。これが本当の被差別性癖救済撃だ、しっかりと味わうがいい。我らが理想楽土、権能完全解放――」
希望を束ねる勇者が宣告する。――それはさながら、幼き時分に誰もが語り聞かされる絵物語の再現のように。
「“ 全て赦されし人たる欲 “ッ!!!!」
明日を求める人々の願いと、悪意に屈しまいとする勇気と、明けぬ闇すら祓う希望が、極彩色の極光となって、天を塞ぐ巨人を断ち切るのだった。
「綺麗――」
と呟いて気付く。見た目はともかく中に込められている想いはめちゃくちゃ碌でもないものばかりだった。女王は自分で自分の頭を思わずぶん殴った。あまりにも悔しかったので。
数多の豚面が重なり合って編まれた巨神、その威容が崩れてゆく。解け、ブヒりながら散ってゆく様はさながら砂塵の如く、栄華の終幕を物語っていた。
後に残ったのは不遜にも“善”を騙る詐欺師の、袈裟に切られ血反吐を吐く死に体だけだった。
「かヒュッ、ぐっ、ゴボッ……ゲボッ、ペッ……ばッ……、馬鹿な……。ワタシがッ……“人意総体”に接続された、上位存在たるこのワタシが敗れるなど……ッ!!」
「自分こそが正義だと驕り、何もかも見境なく弾圧ばかりしているからそうなるのだ“人冠す善たるもの”。隠れてひっそりやっているコミュニティまで、貴様の承認欲求の餌場にするな、豚が」
女は鼻白み、激情に任せて怒気を発そうとするも、自らの血に咽せて頽れる。荒い息、力の入らない肉体に己が結末を悟ったのかその歯を軋らせると、一転して吐き捨てるように嗤い、勝者へと犬歯を覗かせた。
「――だが、ワタシを殺したところで戦いは終わらないぞ。ワタシは人の内に潜み、人の内より湧き出で、人に代わり人を裁く真なるヒトだ。ワタシこそが人という種の源泉であり、ワタシこそが人格という皮で覆った意思たる虚妄の真実なのだ。お前は、お前たちは、その誰しもが内にワタシを飼っている。ゆめゆめ忘れぬことだな、偽善者めが」
勝ち誇るように、そう言った。“人冠す善たる者”――それは、人間なら誰しもが持つ承認欲求が、たまたま変な方向に執着し、変な努力によって変な形に凝り固まった思考を獲得した存在である。その思想が共感を喚ぶのは、それこそ誰もが心の底に理解できる想いを持つからで有り――故に、この戦いに終わりなどなく、死を目前にした今にあって尚、これは未だ敗着ではないと嘯くのである。
それに対し男は、微かに口角を上げた。女は怪訝に眉を顰め、睨め付ける。そして、彼は語った。
「人は、過ちを犯す生き物だ。過ちは罪ありき、そして罪はその時代を生きる人が定めるものであるが故に。故にいつかどこかで、あいも変わらず本質的には同じ争いが起こり、本質的には同じ苦しみを、本質的には同じように誰かが被るのだろう。お前の言う通り、或いは歴史が証明するように、な」
表現を規制しろ、という話は決して今に始まった最新の狼藉という訳では無い。形を変え、時代を越え、あらゆる場所、あらゆる人種、あらゆる宗教において過去存在し、一定の影響力を持っていた。
歴史は繰り返す。何度でも誰かが同じ過ちを犯し、何度でも誰かが同じ苦しみを受ける。終わりなどない。人が人である限り、人という存在は永劫、愚かにも失敗を繰り返す。
「だが、それでも人は、その過去を踏まえて尚、未だ終わるには惜しいものだと我は知っているのだ」
――しかし。過去繰り広げられた弱者たちの戦いと同じように。踏み躙られてきた弱者を救う、というその理念そのものは、決して間違ったものではないのだから。
「帝国は、今正に過渡期を迎えているのだ。差別は人が人である限り無くなることはあるまい。だがその悪性に折り合いをつけ、次なる権利として真に誰しもに認められる形となった時。かつての過ちはやり過ぎであったとしても、その信念は、勝ち取った祈りは、決して嘲弄されるべきものでもあるまいよ」
今、認められた多くの権利は、過去の多くの過ちの上にあり。そしてそれらは、権利を巡る争いによって、持つ者、そして持たざる者が、その境界を血で血を洗い奪い合ってきた、その果ての帰結として存在している。
いつかの時代、今はまだ見えぬ暗闇の、その先に。今は届かずとも、その祈りが、平等たれと願う人の心が、未来があるというのならば。それは、その全てが否定されるべきものではきっとないのだろう。
「――そうか。ワタシは、ワタシたちの平等への祈りは、決して間違っては――」
「それはそれとして貴様は死ね。許せん」
ポリコレ野郎はロリコン勇者にぶん殴られて死んだ。多分楽しみにしていた魔導映像遊戯のキャラが配慮により全員ブスにされたせいだと思う。幼女ですら醜い容姿にしなければならないのはなぜなのか。男は全く納得していなかった。
「台無しじゃないですか!?」
悪は去った。完。