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始まりを刻む  作者: 桶満修一
第2章 ハンターの仕事
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8話 始まりを刻む


 「あ、これも面白そう」


 どうやらリーティアがまた何らかの本を持ってきたようだ。

 先ほどまでの本とは毛並みが違うそれは『シュルフ教』と書かれていた。


 「シュルフ教?」

 「宗教の一つだよ。結構大きな宗教らしいんだけど、私もよく知らないんだ。これは日本で言う聖書みたいなもんなんだけど、一緒に読んでこ」


 永遠もリーティアも地球の頃は宗教とは縁遠く、あまり興味を惹かれるものではなかったが、すぐに暴力へと結びつくこの世界において狂信者を放っては置けないという、どちらかと言えば消極的な理由があった。


 そんな理由から選ばれた本の1ページ目は次のように始まった。


 『空虚な世界に救済のために始まりの人が舞い降りた』


 『彼は全てを創造した。地を、空を、生命を、そして我々人間でさえも創造した彼はまさに我らの父であった』


 誇大な表現を用いたその文で出てきた『彼』にがやはり目に留まった。


 「この『始まりの人』ってのが信仰対象みたいだな。人が信仰対象なのは珍しいけど、そいつは神だったりするのか?」

 「う~ん、そんなこともないみたい。『始まりの人』としか書かれてないから、本当にただの人みたいだよ」


 次のページに書かれていたのは『始まりの人』をほめたたえる内容であった。

 その『始まりの人』はこの本曰く「人類、魔物を作り出した創造主であり、作り出された存在は彼の思うがままに制御される」という荒唐無稽な内容だった。

 他にも、「彼が魔を生み出し、世界をそれで支配した」などとも書いてあり、それには2人も苦笑いをするしかなかった。


 「さすがにこれはないよね。1人で子供を作ることは出来ないし、ましてや魔物なんて今でも使役できる人はいないんだよ」

 「馬鹿げた内容なのは確かだな。これが本当だったらいったい何のためにそんなことをやったのかも分からないしな」


 いまだに、魔物を有効に使えたためしはなく、むしろ害しか及ぼさない存在なのだ。

 それをわざわざ作ることの意味が分からないという感想しか永遠たちは持てなかった。


 「まあ、本当に作ったとしても偶然できちゃったって感じなのかもね。そんでその作っちゃった魔物に本人が殺されちゃったりして」

 「周りにその宗教を信仰している人がいるかもしれないだろ。あまりそういうことは言わない方がいいぞ」

 

 怖くなって周囲を見渡すも幸運にも誰もいない。

 宗教は人の考え方や行動力を歪める危険性があるので、リーティアのこのような行動は控えてほしい。


 そうして読み進めること1時間が経過したころには、永遠もリーティアも読みつかれていた。

 それもそのはずであり、すべての章で『始まりの人』が出てきており、それがどれだけすごいことなのか、どれだけ感謝するべきなのかを長々と、冗長的に書かれていてストレスが溜まっていたのだ。


 「ふぅ、疲れちゃったから別のところに行こっか」

 「そうだな………」


 今の時間は何だったのか、と思わせるほどのつまらない時間を過ごした彼らは本を閉じると図書館を出た。

 もう少し字の勉強をしても良かったかもしれないが、リーティアが他にもいきたいところがあるらしく、そこに向かうことになった。


 「どこに行くんだ?」

 「いやー、あの本を信じてる人っているのかなって思ってね。教会に行こうかなって思ったんだけど、どうかな?」

 「教会?シュルフ教のか。別にいいけどなんか危なそうだったら逃げるからな」

 

 異世界の宗教に対する恐怖が見え隠れするも、自分も少し教会というものを見たい永遠は肯定し、道を調べ出す。

 スマホなどというものがあるはずもなく、だからと言って紙の地図があるわけでもないので、この世界で道を調べるとなったら街行く人に聞くしかないのだ。


 さて、無事に道を聞けた彼らが十数分歩いて着いたところには見上げるほどの大きな建物があった。

 城、と言うには小さすぎるが民家とは比べ物にならない立派な建物だ。


 「デカァァァァァいッ説明不要!」

 「それを言うには少し大きさが足りないかもだけど、たしかに大きいよな。これが教会ってのは驚きだよ。リーティアはこんなに大きな宗教を知らなかったのか」

 「し、仕方ないでしょ。この町に来たのは最近なんだから」

 「理由になってないと思うんだが」


 その威容に圧倒されていると、奥から修道服を着た麗しい女性がゆっくりと歩み出てきた。

 彼女は入り口前にいる永遠たちに気が付くと、柔和に微笑んで話しかける。


 「こんにちは。初めて礼拝に来られたかと思いますが、旅の方ですか?」

 「そ、そうですわ。初めましてですわ」

 

 修道女の丁寧な雰囲気に中てられ、なにやら変な言葉遣いになっているリーティアを横目に永遠も軽く礼をする。

 女性もそれに気づいたのか、頭を下げると豊かな胸に手を当てて話し始める。


 「わたしはこの教会でシスターをやらせていただいているマエリと申します。マエリ・ネシンです。今日はどのような御用でいらっしゃったのですか?」

 

 マエリの質問に言い淀む永遠。

 というのも、「少し気になったから来た」というのが本音のところだが、これほど大きな宗教を知らなかったと言っても良いものかと躊躇したのだ。

 リーティアから詳しくは聞いていないし、彼女も知らないだろうから聞かなかったのだが、この世界にこれ以外の宗教がないのだとしたら、奇異に思われるのではないか。

 しかし、咄嗟に都合のいい嘘が思い浮かぶこともなく、結局は正直に話すことになってしまった。


 「まあ、そうだったのですね。ふふ、うれしいですね、興味を持ってくれるというのは。では案内させてください。どうぞ、上がってください」

 

 案外普通に受け入れてくれて、むしろ歓迎してくれているようで胸をなでおろす永遠。せっかくだからとマエリの後について行き教会に足を踏み入れる。


 中に入ると大きな鐘が待ち受けていた。

 鐘というと、朝に鳴っているものを思い出した。そう、時間を告げる鐘の音はここの教会から発せられていたのだ。

 鐘の他にも幾つもの椅子が向かう先には教壇のようなものが佇んでおり、こちらで説法をするのだと分からされた。

 さらに高い天井やきれいな照明など、ザ・教会のような内装になっているが、ある物がないことに気づいた永遠が首を傾げた。


 「あれ、像ってないんですか?こんだけ大きな教会だから、「始まりの人」の像みたいなものがあるかなって思ったんですけど」

 

 たしかにどこを見てもそれらしいものが見つからない。

 もしかしたらシュルフ教は偶像崇拝が禁止されているのかも、と考えた永遠だったが、複雑そうな顔をしたマエリの様子からそうではないことが分かる。


 「わたしもそうしたいのはやまやまなんですけどね。どうしてもこの国が許してくれなくて…………」


 マエリはこの国、ネチャル国がシュルフ教の布教に積極的ではないことを騙ってくれた。

 どうやらネチャル国はなぜだかは定かではないがシュルフ教を毛嫌いしており、長年の間信仰すること自体を禁止していたほどであった。それこそ数百年前から。しかし、数十年前にそれが解禁され教会を建てることも許されたが、どうしても偶像を立てることは許されなかったのだ。


 「ん~?どうして?別にどんな宗教を信仰したっていいでしょ?」

 「いや、宗教の違いはけっこう大きな問題にはなるぞ。戦うことのハードルがそれぞれの人で違うのは扱いにくいとは思う。でも、それだけが原因では無さそうだけどな」

 「そうなのです。理由はいくつか聞きますが、どれが本当なのか、本当のことなどあるのか分かりません。昔の王様がシュルフ教の方に嫌な思いをさせられたとか、他の宗教を広めようとしているとか、マフィスト王国との因縁とか…………。あまり大きな声では言えませんけどね」


 口元に人差し指を立ててシーッと茶目っ気を見せるマエリに、永遠は思わず頬を赤らめ、それになんだかムカッとするリーティア。

 ちなみにマエリが言うにはマフィスト王国というのはシュルフ教が世界で最も盛んに信仰されている国のようで、そこには大きな像がいくつも立てられているのだと。


 「さて、うちの教会はこのぐらいでしょうか。どうですか?少しは興味を持っていただけましたか?」


 あの後も、身を清める神聖な処や教会の裏側まで見せてもらい、一通り案内が終わった時には少し永遠とリーティアは疲れていた。

 というのも、外観通りに教会内部はかなり広くマエリの説明も丁寧で2時間以上も歩いていたからだ。彼女の説明が善意な分途中で切り上げることも憚られたも、それほど長くなった原因だ。


 「は、はい。ありがとうございました。色々と教えていただき勉強になりました」


 これは本音だ。

 

 「ぜひまたいらしてくださいね。いつでも歓迎しますから」

 「はい、また」


 強引に勧誘活動をすることもなく、少し意外に思った。

 シュルフ教の聖書はまさに「始まりの人最高!神!」みたいな文言ばかりであったから、警戒心を持って挑んだのだが杞憂だったようだ。



 「はー、なんだか疲れたね」


 教会を出た彼らは商店街を通ってギルドへと向かっていた。

 もちろん体力的な疲れではないが、彼女にしてみれば話を聞いている状態というのはもしかしたら戦闘よりも疲れることなのかもしれない。

 永遠もそれには同感するところがあり、ゆっくりとした足取りで周囲に目を向けていた。そうすると、疲れていたからか行きでは聞こえなかった声が多く聞こえてきた。


 「おばちゃん、オヤジはどうしたんだよ」

 「ああ、あいつならこの前死んじまったよ。油断してたみたいでゴブリンの群れが近づいていることに気が付かなかったみたいだね。まったく恥ずかしいよ」

 「はっはっは、そういってやんなよ。次は俺かもしれねえな」


 聞こえてきたのは何でもないその会話だった。

 永遠も普段なら気にも留めない、聞こえもしない会話のはずだった。


 しかしその声は永遠に恐ろしいほどの不快感を与えた。

 違和感ともいえるその感情が永遠の身を襲い、それは彼をどうしようもない孤独を感じさせた。

 自分だけがこの世界とは別のところにいる、この世界を作られた物語のような、自分が生きてはいない妙な感覚だった。

 その感情が彼を襲ったとき、彼はふいに足を止めてしまった。


 「ん?トワ君どうしたの?疲れちゃった?」


 彼の異変にリーティアが問いかけてくるが、その彼女でさえも彼には理解できない存在の1人だった。

 なぜだかは分からない。

 優しく声をかける彼女の姿は可憐なはずだし、彼を慮っているのは分かっているのだ。

 それでも、彼と彼女の間には絶望的なほど大きな狭間が存在していた。

 彼女の輪郭がぼやける。

 目には見えない何かが彼の中に確かに存在していた。


 「ごめん。少し一人にさせてくれ。ちょっと体調が悪くて」


 ひねり出した言葉は虚飾にまみれ、勘の悪いリーティアでさえもそれが真実ではないと容易に分かった。

 首を傾げ心配するように少年を見つめる彼女であったがしかし、その様子が尋常ではないと分かったのか、気掛かりを胸に抱えながら先にギルドへと向かっていった。


 1人になった永遠は商店街を後にし、町のはずれの方へと足を運んだ。

 リーティアから昨日聞いた泉のそばに行き、そこで心を落ち着かせようとしたのだ。美しい景色ならば、今の自分の心さえも慰めてくれるだろうと願って。

 星見永遠はまるで世界から自分だけが隔離したような孤独をどうして感じたのかを考えるも、答えは出ない。

 しかし、ここの世界の住人と自分とでは、何か大きな違いがあるということは感じていた。

 ただ時間だけが過ぎていく中、永遠の世界に音が訪れる


 「グギャアアアアア!!」

 「きゃああああああ」


 永遠の視線の先にいたのはゴブリンの前で倒れこんでいる少女であった。

 今にもゴブリンに襲われ、その命を散らしそうになっている少女の目には、以前死にかけた永遠のような強い恐れの感情が灯っていた。

 大粒な涙をこぼし、自分を着飾る余裕もなく、ただ迫りくる死に必死に抗うあの姿は永遠の脳に強い印象を刻み込んだ。

 

 瞬間、永遠は走り出し、ゴブリンに蹴りをかます。

 意識外からの攻撃にゴブリンは横に倒れる。


 「早く逃げろ!!」

 「で、でも、…………お兄ちゃんは…………」

 「僕は大丈夫だから早く逃げろ。時間を稼いでやるって言ってるんだ!」


 永遠の迫力に押されて少女は町の中心部へと走っていく。

 少女の姿が見えなくなるころには、倒れていたゴブリンは起き上がり、永遠に攻撃を仕掛ける。


 「さっきはとっさで忘れてたけど、お前くらいだったら身体強化で何とでもなるんだよ、………痛った!!」


 そう言って超能力で身体強化を図るも、昨日限界を超えて使った反動で体に超能力を使うことさえもままならない状態であった。

 そもそも身体強化という慣れない超能力を使って満足に動くことすらできないという事を、永遠は今になって思い出した。


 そんな永遠の状況を知ってか知らずか、ゴブリンは永遠に襲い掛かってくる。

 間一髪でその攻撃を回避した永遠はしかし、次に放たれた拳を避けることまでは出来なかった。

 拳を腹にもろに食らった永遠は痛みで視界が滲み、転げまわる。

 腹の中のものを吐き出しながら痛みで悶え苦しむ永遠を、ゴブリンは容赦なく蹴りで追撃してくる。

 永遠の頭の中ではつい先日も感じた、死への恐れが訪れていた。


 (ああ、こんなにも死が近くにある状況で、どうしてこの世界の奴らは楽しそうに生きていられるのだろう)


 それが、朦朧とする頭で思い至った不快感の正体であった。


 永遠にとって、この世界は死にあふれていた

 この世界に降り立った日も、その次の日も、今日でさえ、永遠の隣には死があった。

 永遠が心から笑えないそんな世界でどうして笑っていられるのだろうか、それが永遠の感じていた孤独の正体であった。

 答えが分かり、3度目の死が近づくとき、またしても銀星が彼の前に現れる


 「あぶなかった~。トワ君はいっつもピンチだね。」


 その女はさっと一振りでゴブリンを下し、笑って永遠の方へ向き直る。


 「も~女の子が呼んでくれなかったら危なかったよ」

 

 その時のリーティアの笑顔は永遠では出来ない、心からの、まるで恐れのないような笑顔だった。

 どうやらゴブリンは一匹だけだったようで、これ以上の襲撃はないと分かった永遠は胸をなでおろし、しかし同時に疑問を口にせずにはいられなかった。

 

 「なあ、どうしてなんだ?」

 「?何が?」

 「どうしてそんな風に笑えるんだ?死と隣り合わせの世界で命を奪って、奪われて、そんな風に生きているのに、どうして笑えるんだよ」


 口から出たのは紛れもなく永遠の本心だった。

 思い出すのは商店街での会話。自身の夫が死んだというのに笑って受け流す女性に、自分が死ぬという話を嬉々として話す若者。それに、今もリーティアは命を奪ったというのに朗らかに笑う姿が信じられなかった。

 それは死を恐れていないというよりはむしろ、まるで死を望んでいるかのような不気味さを感じた。


 「教えてくれよ…………。お前らにとって死って何なんだ?怖いものじゃないのかよ!」


 世界から取り残されたような孤独感に押しつぶされそうで、声を荒らげる。

 彼の脳裏に焼き付いているのは死を眼前にした時の恐怖、後悔、絶望。あれらをまるで感じていないように、死を受容する感情を理解できなかった。

 自分が感じているあれらの負の感情を感じていないのか、不思議で仕方なかった。

 そんな、まるで地団太を踏む子供のような永遠を前にリーティアは慈しむように笑ってゆっくりと近づいてくる。


 「別に私たちだって死ぬのが怖くないわけじゃないんだよ。でもね、トワ君と違っているのは、私たちは死に慣れてるところなんだと思う」


 そうしてリーティアは昔を懐かしむように遠い目をすると、それを悲しむように言葉をつづけた。


 「私たちの周りではすぐに人が死んじゃうの。友達も家族も恋人も仲間も先輩も後輩も先生も生徒も店員さんもお客さんも近所の人も嫌いな人も好きな人も尊敬する人も苦手な人も心を許した人も、みーんな死んじゃうの。それが魔物によって殺されるか、それとも人によって殺されるか、病気とか事故で死んじゃうかは分からないけどね。でも、死ぬ理由なんてどうでもいいんだよ。だってその人は帰ってこないんだもん」

 「…………リーティア?」


 普段の快活な彼女とは違う、どこか不思議な、それでいて不気味な彼女の姿に疑問を呼びかけるも、彼女は彼のことなど無視して世界を語る。


 「この世界では命は軽いの。もちろん法律はあるし、倫理観はあるし、人を殺すのはダメっていう絵本だってたくさんあるよ。それでも足りない。この世界じゃ殺さなきゃ生きてけない。魔物でも人でも殺し合わなきゃ生きていけない」


 リーティアの異様な雰囲気に後ずさり彼女から遠ざかろうとするも、彼女は一定の距離を保つように歩を進める。


 「だから、死に慣れなきゃいけなかったの。誰が死んでもそういうものだって、仕方のないことだって思わなきゃいけなかったの。だってそうでしょ?誰かが死ぬたびに悲しんで泣いてなんかしてたら疲れちゃうじゃん。そしてこれは私たち自身にも言えることなんだ」


 「人の死に関心がなくなっていくとね、自分のこともどうでもよくなっていくんだよ。もちろん傷つくのは痛いし出来ればイヤだけど、でも死ぬのが怖いって感覚は段々無くなっていくんだ」


 そう言うとリーティアは自身の持つ長剣を自分の首元にあてると、納得したように首肯しその剣を腰にしまう。


 「うん、やっぱり何も感じない。もし今、少しでも手に力を入れていたら私は死んだだろうけど、それでも恐怖なんてものは無かった。これは別に私に限った話じゃないと思うんだ。ハンターのみんなはもちろん、商店街にいるみんなもそう。多分、この世界はそう作られてるんだよ」


 普段のリーティアからは想像もつかないことを言い、そして行動に移す彼女のことが永遠は怖かった。

 いや、普段のリーティアなどと言えるほど関係が長いわけではないが、それでも地球で暮らしていればそのような言葉が出てくるとは到底思えなかった。

 それほどに常識離れした思考と、その思考が常識であるこの世界に身を置いていることに恐怖した。


 しかし、永遠はリーティアの言っていることが分からないでもなかった。

 死が蔓延した世界において命の価値が低くなることは想像に難くなく、人を蔑ろにする人が自身の死を軽く見ることもまたそうであった。

 死とは、一人では完結しない。

 1人で生きていく者などいないのと同様に、1人の死はその者の周辺にいる者にも影響する。

 誰もが自殺を考えそれでも実行に移さない者の多くは、その者の周囲の人間を自分以上に慮っているのだ。

 自分一人の命であればとっくに死んでいる者などごまんといる。

 

 いわば周囲に命を預けるのが常の人間が、その周囲を軽んじればこのような世界になることなど当然と言える。

 そのことを明確に理解し、そしてその世界に今や自分がいることに希望が薄れていく。この世界で正常に生きていける自信がなくなっていく。

 この世界に大切な存在がいない自分も、この世界の住人に片足を入れているのではないかと、絶望が侵食する。


 「でもね、トワ君にはそんな風になってほしくないんだ」


 永遠がこの世界に絶望し自身の命の価値すらも疑問に感じていた時、リーティアが先ほどまでとはまったく違う雰囲気で手を差し伸べてきた。


 「私が君を殺させないから。君の好きになる人たちを殺させないからさ」


 眩しい。

 あまりにも魅力的で希望を含めた提案に目が眩む。

 自分の命の価値を認めてくれて、自分の周りの命を保証する彼女に目が奪われる。

 その彼女の差し伸べられた手に永遠はーーー


 「―――――イヤだ」


 ―――手を振り払った。

 自身の手を振り払わられたリーティアは驚愕の表情を浮かべ、己の手で立ち上がる永遠に声をかける余裕がない。

 そんな彼女の心境を知ってから知らぬか、永遠は立ち上がり彼女の眼をまっすぐに見て口を開く。


 「僕は、自分だけが助かる世界なんて望んじゃいない」


 泥だらけの姿で、それでもその瞳だけは自分の気持ちを曲げたくないと雄弁に語っている。


 「僕は、死を望む世界なんて許せない」


 リーティアの提案は魅力的だった。

 永遠の周りは死なないことを約束され、永遠の命の価値はその者たちによって担保される世界。

 この世界では破格の待遇、破格の希望。

 しかし、その希望を捨てて険しい道へと足を踏み入れる決意を示す。


 「この世界を、ディポニーを変える。死が当たり前なんて、命が軽い世界なんて僕が変えて見せる。この世界の全員が死を恐れて、全員を殺させない、そんな世界にして見せる」


 彼は世界を変えるなどとありえない妄言を語る。

 人一人ではできるはずもない馬鹿げたほどの大きな夢を。

 そこにはもう何もかもに退屈し、怠惰に日々を過ごしていた永遠はいなかった。

 トワは喜びも、悲しみも、恐怖も、そして夢を抱えて新しい生を刻みだす。

 

 「そ、そんなこと出来るはずないじゃん!だってそんなの、世界中の人たちを助けるって言ってるんだよ!分かってんの!?」

 「当然だ」

 「そんなの無理に決まってんじゃん!だってトワ君弱いし!」

 「僕がすぐに火球を使えるようになったのを忘れたのか?すぐに強くなる」

 「世界中の人たちを助けるなんてどうするの?方法は考えてるの?」

 「まだ何も考えてない。けど、何とかする」


 トワの無計画さに呆れ、しかし彼の強い決意に次第に口角が上がりだす。

 まるで子供のような荒唐無稽な夢を真顔で、真剣に語る彼が面白くてたまらない。

 だからだろうか、言葉が勝手に口から漏れ出る。


 「ねぇトワ君。それ、私も参加していいかな?」

 「ん?」

 「私もね、人が死ぬのはやっぱり嫌なんだよ。しょうがないって、どうにもならないって分かってても…………、それでもみんなが死ぬのは悲しんだよ!だからさ、トワ君が何をやるか分からないし、世界を変えるなんてどうやるかなんて想像もつかないけど、でも私にも手伝わせてほしいんだ!ダメ…………かな?」


 先ほどまでとは人が変わったように奮起する彼女は憑き物が落ちたような顔立ちだった。しかし、彼女もこちらが本心なのだろう、その顔には本気で世界を変えようとトワに力添えをしようという決意が籠っていた。

 おそらく彼女も先ほどは、自分自身に言い聞かせていたのだろう。

 残酷な世界で生き抜くために捨てた希望をもう得ないように諦めようとしていたのだろう。


 「いいに決まってるだろう。むしろ、僕の方から誘おうと思っていたくらいだよ」

 「よし、じゃあ決まりだね」


 かくしてここに、1つのパーティが設立される。

 今は何でもない少年と少女のパーティ。

 彼らがどのような道を辿り、どのような結末に至るのか、誰も知らない。

 彼らの物語は今、始まりを刻む。


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