41話 決着の時
ここが最後の攻防戦
その意識が2人には確実に芽生えていた。
すでに2人にはこれ以上戦う余力はなく、ミラはもちろんトワにも援軍が来る見込みもない。
ここを制した者が、この戦いを制する。
「はぁっ!」
先に動いたのはトワだ。
血が滴る右手で持った短剣に魔素を纏わせ、身体強化で全身を軋ませながらもミラに挑む。
その速さはおそよ人間のそれを超えている。
「遅い」
しかしミラも負けていない。
渾身の一撃をバカにするように一蹴し、必死の拳で反撃を試みる。
この一撃が戦闘が始まったばかりでなければ、トワの命はここで尽きただろう。しかし、彼女も満身創痍。すでに権能である『見えない私は見たくない』は使うことが出来ず、体力も底をつきかけている。
トワであっても避けれる。
「はぁはぁ………」
疲れを見せるその吐息は誰のものであったのだろうか。
両者が肩で息をして、互いの動向を探る。
「君も案外しぶといね。実力差なんて分かってるでしょ?」
「その差をリーティアが埋めてくれたんだから、しぶとくならなきゃダメだろ」
軽口を叩きながらも、警戒は怠らない。
瞬きすらも惜しい状況で、トワは勝機を探っていく。
触れるとダメージが残る『過怒』、いつ発動するかも分からない透明化、あと一撃でも受けたら戦闘不能に陥るであろう身体能力。
自分よりも圧倒的に格上の彼女に勝つために何が出来るか。
「………やるしかないか」
諸々の不安を押し込んで呟いた彼の言葉は、風に消えていく。
同時に右手に持っていた短剣を地面へと静かに置く。
その動きに疑問が生じるミラ。まさか、負けを悟ったのではないかとも疑うが、自分で首を振る。
この相手はそんなことをする敵ではない。
じゃあ、何をするつもりなのか。
短剣を置いたトワの両手に途轍もない量の魔素が集まってくる。ミラの『過怒』によって外界に噴出された魔素が、周囲の魔素濃度を通常よりも高くしているのだ。
構築するのは宮廷魔導士などが使う中級魔法。
何度か見たあの魔法を再現しようとしているのだ。
数十分における戦闘で、魔素の動かし方を完全につかんだトワが可能だと判断したギリギリのライン。成功するか失敗するかは50,50だろう。
対するミラもその魔法陣の完成を黙ってみているわけではない。彼女は残り少ない魔力を惜しみなく自身の身体に注ぎ込んでいく。人間の許容量を軽々しく超えた魔素に、身体の節々から錆びついた機械のような音が鳴り、肌の崩壊が進んでいくが、それさえも彼女の進撃を止める理由にはならない。
今、彼女の胸中には恐れも怒りもない。あるのはただ目の前の敵を、好敵手を倒す。それだけが心にあった。
トワの手の中に極光が灯りだした時が合図だった。
ミラの蹴りがトワの手をはじくが彼は歯を食いしばり魔法陣を完成させる。
瞬間、極光を空に投げ光が拡散する。曇りの空がそこだけ切り取られ、光が空を埋めた。
「『星雨』」
トワのつぶやきを合図に光が降り注ぐ。その光の雨はミラのみを狙って次々と落ちてくる。通常は大規模殲滅魔法のため1人を狙うなどということは不可能なはずだが、後ろには守るべき存在がいたトワはその不可能を可能にした。
「こんなものぉ、全部全部全部全部せんぶぅ、避けられるんだよねぇ!!」
身体の内側から深紅のオーラを漏れ出すミラの姿はもはや光すらも追いきれないのか、彼女の言葉通りに降り落ちる光はすべてを紙一重で躱していた。
「お前なら、そんぐらいやると信じてたよ」
既に驚愕など枯れつくしているトワにとって、ミラの超人的な能力など見飽きている。
既に両手はボロボロで短剣をつかむことすら精いっぱい。
しかし進む。
ミラを、『憤怒魔王』を倒し世界に平穏をもたらすために。
「あああああぁぁぁぁああああ!!!」
好敵手の雄たけびを聞きミラも迫りくる彼を見る。
空からは光弾の雨。
眼前には短剣で切りかかるトワ。
ここが分水嶺だ。
「はああああああぁぁぁぁああああ!!!」
選んだのは降り注ぐ光弾を無視して迎撃する道。トワに突進するミラの頭上から落ちるそれを体で受け止める。光弾は肌を焦がし肉を抉るがミラは気にも留めない。
そして━━━━
「「あああああぁぁぁぁあああああああああ!!!!!」」
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「俺の、勝ちだ」
光の雨が止み戦いの終わりを告げる。短剣で胸を裂かれ力が漏れ出すミラにはもう起き上がる力は残されていない。
時間にすると1時間と経っていないこの戦闘はトワとリーティアの勝利で終幕した。
「終わった?」
肩で息をするトワの背中から声が聞こえ、振り返ると傷だらけで半死半生のリーティアがこちらを向いていた。突き立てた剣を支えに半身をなんとか起き上がらせている彼女の存在も、この戦闘の終わりを実感させた。
「今起きたのかよ。もうちょっと寝てても良かったんだぞ」
「そしたら誰が君を連れて帰るのよ。もうトワ君動けないでしょ?」
リーティアの言う通り、トワの身体は酷使しすぎた影響で脚は棒のようになり、今にも倒れそうであった。
2人して仰向けになり空を見上げる。
厚い雲のかかっていた空は今はもうなく、どこまでも広く青い空が広がっていた。
「帰ろっか」
戦いの終わりと生きているという実感を感じ、安堵と同時に眠気を感じてきたときにリーティアが小さく声をかける。見ると、彼女の瞼も重くなっているようだ。
「そうだな、俺も疲れた」
2人はお互いに肩を支えあい帰っていく。確実にこれまでの人生で最も過酷で、傷を負った戦いであったが、それでも2人は勝利をその手に握り帰っていく。
「あれ?僕じゃなかったっけ?」
「今はこっちの気分なんだよ」
―――『憤怒魔王』ミラ対
『怯人』トワ、『死人』リーティア
―――勝者―――トワ、リーティア。
・・・・・・・
・・・・
・・
「あれ~?ミーちゃんやられちゃった~?どんな子が倒したんだろ~?」
その男はゆっくりと地平を歩く。
ここではないどこかを見て、ゆっくりと。
ゆっくりと……
これでミラちゃんとの戦いは終わりです。




