40話 『憤怒魔王』 ミラ・リューラス
私の始まりは何だっただろう。
気が付いた時にはこの体で、地面に立っていた。
周りには何もなく、ただ荒れ果てた地が広がっていた。
「ここはどこ?私はだれ?」
ベタともいえる言葉をつぶやいた時、その問いに答えが返ってきた。
ここはディポニー、あなたの名前はミラ・リューラス。
辺りを見渡しても誰もおらず、頭の中で響いたその淡白な言葉が私が初めて聞いた言葉だった。
「ミラ・リューラス…………」
そうつぶやくと途端に自己が形成されて行っているような気がした。
それから数年は自分の思うがままに過ごした。
美味しそうなものがあれば食し、面白そうなものがあったら遊ぶ。
今思い返しても楽しい日々だった。
私が生まれて20年もすれば私と同じような者たちが現れ始めていた。
彼らは人間と言うようで、これまでいた動物や魔獣とはどこか違い集団で行動することが多いように思えた。
知能もあるようで、私が彼らとは違うことに気づいて崇拝する者もいた。
その時も楽しかったなあ。
あの時は何をしていたんだっけ?
人間たちは私とは違って色々なものがないと生きていけないみたいで、それの手伝いをしてやっていたんだ。
水が必要と言うから、一緒に川を引っ張ってきたり。
食べ物が必要と言うから、魔獣を捕まえる罠を作ってやったり。
それまで誰とも話さず一人で生きてきた私にとって、みんなで協力して何かを成し遂げるのは面白かった。
あの日々がいつまでも続けばよかったんだ。
事態が変わり始めたのはそれから200年ほどたった時だ。
数年ぶりに人間たちが住む村に行ってみると、彼らは見たことのない道具を作っていた。
これまでもよく分からない道具を作っていた彼らであったが、その時見たものはどこか違った。
目に入った瞬間に嫌悪感がこの身を襲い、吐き気を催すほどの邪悪な気配があった。
生まれてはじめて感じる不快な気持ちだった。
「それは………なんだい……?」
知り合いの者がいたから聞いてみた。
見ると、彼は初めて見たときからかなり変わっており今にも力尽きそうな弱弱しい風貌で、私と彼らとでは感じる時間の早さが違うことにその時はじめて気づいた。
「おおっ、魔女様。これはこれは、ご機嫌麗しゅう。これは石を研いだものであります。近々近くの村と戦いがありまして、それに備えて作っておるのです。ご存じありませんでしたか?」
知らない。
知るわけがない。
もしかしたら人里から離れていた時にすでに出来上がっていたものなのかもしれないが、私はその時それを初めて目にした。
それは人を殺す形をしていた。
人が、人を、殺す道具を作る?
どうして?
「そんなっ、戦いなんてする必要ないんじゃないの?なんでそんなことをするのかわかんないけど、話し合いで何とかならないの?だって、君たちは人間なんじゃないの?」
隣の村のことは知っていた。
私のことを長く生きているということで警戒する彼らのことはあまりよく知らないし、正直そんなに好きではないけど、それでも死んでほしいとまでは思わない。
そんなこと考えたこともなかった。
「ん?もちろん我々は人間ですが………。どうしてそれが戦いをしないことになるのですか?」
私には彼の目がひどく濁っているように見えた。
たぶん彼と私とでは見えているものが違うのだろう。
彼にとってすれば、私の方が異常と思ったのだろう。
結局私はその事実に怯み彼を止めることは出来なかった。
「それでは」と言葉を残し去っていく彼の背中がやけに遠くに行ってしまったような気がした。
数日経ちその村の周辺で人間同士の戦いが起きた。私が記憶する中で初めての戦争ともいえるものだった。
その戦争でたくさんの人間が死んだ。
私の知ってる人もそうでない人も。
私のことが好きな人も嫌いな人も。
武器を作っていた彼も………死んだ。
「どうして………?どうしてこんなことするの?」
ミラには分からなかった。
自身と同列の存在に遭ったことのない彼女では戦う理由がどうしても分からない。
「見たくない。見たくないよ………」
彼女の目には人の血が、傷が、命が終わる瞬間が目では捉えきれないほど映し出されていた。
それは争いを知らない彼女が目に入れるのを拒絶するほどに凄惨で、残酷だった。
「………………もう二度と、こんなものは見たくない。こんなことをやる人間なんて嫌だ。醜い人間なんていらないっ」
私の目の届く範囲で戦争はもう起こさせない。
その後、私は魔王と呼ばれた。
生まれ持った魔素を大量に取り込む器と戦闘センス、そしてまるで最初から使えていたかのように馴染む透明化の力を使ってこの地に君臨した。
すべては、もう人間どうしでの戦いを起こさないために。
彼女の目に醜いものを見せないために。
「私は人間を赦さない」
それから私はいろいろな場所に行った。
国家間の仲が悪く戦争が起きそうなところ。
魔物が多くて力のある者がたくさん集まっている国の近く。
私以外の魔王がいて、それに対する武力を用意しているところ。
そういうところに進んで行って、その国の奴らに牽制をして回った。
言った先々で私に挑んでくる奴らだったり、国の偉い人が出てくることもあったが、そういう時は私の力を見せて引かせた。
それでも退散してくれない人だったら容赦なく殺す。
そんな戦意の高い人が私の前に立っているのが耐えられなかったから。
長く生きていくといろいろなことがあった。
印象に残っているのは『魔王』と戦ったことだったかな。
最初に戦ったのは『怠惰魔王』。
近くで戦闘が起こっていながら、それをほったらかしにして惰眠をむさぼっているのが気に食わなくて抗議したら襲ってきたから殺した。
その次に戦ったのは『色欲魔王』。
私が『怠惰魔王』を殺した数週間後に私の前に現れた。
どうやって気づいたのか訳が分からなかったが、気味の悪い笑顔を向けながら襲ってきたかと思えば私の力が通じず負けた。
殺されるかと覚悟したけど、嗤いながら何かを言って帰っていった。
あんな気味の悪い奴とはもう二度と戦いたくないな。
このコリプランに来たのはいつだったっけ。
あまり来たことがなかったからどうなっているのか気になって来たけど海がきれいないい町だったな。
というかどうして私は戦ってるんだっけ?
もう何百年も前からの記憶がぼんやりとしている。
ただ心の奥底からあふれ出てくる怒りに身体がついて行っていない感じがする。
私の身体なのに私に制御権がないような、そんな気持ちだ。
目の前で戦ってるこの男も誰なのかもよく分からない。
いや、たしかホシミ・トワって名乗ってたっけ?
それでその前の女はリーなんとか。う~ん、どうもそれより前から記憶が混乱しているみたいだなぁ。
まあでも、戦いたいのなら戦ってあげる。
私も寝起きの目覚ましとして使わせてもらうからね。
続きは明日の朝9時です
明日でミラ編は終わります。




