39話 敵対宣言
恐怖に包まれ自制心を失った『憤怒魔王』ミラ。
対するは異世界に来て1年の新人ハンター、トワ。
外野の者であったならば━━否、ミラ本人であってもその戦いは早々に終わると思っていた。先ほどまでは吹けば飛ぶようなザコであったことは確定しており、意識する必要のない者であった。そのため、ミラは駆けだす。彼の後ろにいるカイブツをバケモノを殺さなければ━━━━
「行かせるわけないだろ。こいつは僕の恩人なんだぞ」
━━━━しかしそのミラの動きは彼によって止められていた。魔素を纏った体を一本の短刀で向かい打ち彼女の動きを止めていた。
「―――!?」
彼女の胸中に訪れるのは驚きと恐怖。先刻のリーティアで呼び覚まされた感情は止まることを知らない。一度『憤怒』を忘れた彼女はなんて感情豊かなのだろうか。
目の前の理解が及ばない状況を必死に理解しようとするが、生まれた余計なモノが邪魔して思考がまとまらない。
「勉強の成果がさっそく出たな」
トワのやったことは単純である。目には目を、魔素には魔素を。自身で魔素を発することの出来ないトワは、いつもどおり周囲の魔素を短刀に纏わせることでミラの攻撃を受け止めていた。
この世界で戦いに身を置くものならば誰もが出来ることを、彼はこの時初めて身につけたのだ。しかしその効果は抜群だ。ミラの驚異的な攻撃で短刀は刃こぼれをすることもなく、彼女の拳を受け止めることに成功していた。
しかしながら、それは同時にトワの腕に彼女の拳のダメージが全て受け止められたことを意味している。今の一撃だけでトワの右腕からは大量の血が噴射する。
「だけど、やるしかないよな。リーティアが頑張ってくれたんだから」
「なんで?なんで死なないの?なんでどいてくれないの?私はそのバケモノを殺さないといけないのに」
未だ混乱が続くミラを無視してトワは短刀を振りかざす。魔素を纏ったそれは荒れ狂う魔素の嵐の中を悠然と突き進み彼女の肌を切り裂く。頬に鋭い痛みが走り、さしものミラも顔を顰め眼前のトワをぼんやりと見る。生まれて初めて経験する恐怖と焦燥を前に格下である敵などに集中することが出来ないでいるのだ。
しかし、それは大きなミスを生む。
「―――!?」
その衝撃はトワがミラに触れたときに起こった。『過怒』の中に平然と生身の体で抵抗したことにも驚きだが、それよりも彼がゼロ距離で行使した魔法で甚大なダメージを受けたのだ。見たこともない魔法の行使速度は、魔王をもってしても瞬時に避けることは叶わず、たたらを踏むことを余儀なくされる。それを見逃すトワではなく追撃をかけるが、大きな跳躍で後退をしたミラには一歩届かない。
(ていうか、今のは魔法なの?尋常じゃない程の速さだし、魔法の種類も分からない。火とか風とかじゃないし、ただの力の塊を押し付けられたような感じがする。あのバケモノと同じで訳が分からない)
何百年と生きて、そして戦ってきたなかでも見たことがない攻撃を受けて思考を巡らせる。憤怒に染まっていたころからは考えられない姿だが、しかし彼女の問いに答えは出ない。
分かるのは右腕に受けたダメージが想像よりも甚大であったことと、トワの手に触れないようにするという事だけである。
攻撃を受けた右腕はよほどのダメージを食らったのか、ダランと力なくぶら下げていた。そしてミラの目はその力のない腕とは対照的にしっかりとトワを見定めていた。金色の瞳で猛禽のように。
「君、名前なんだっけ?」
先ほどまではザコと侮っていたトワを相手に、ミラは真っすぐと視線を合わせて問いかける。
先刻までの憤怒はどこへ行ったのか。妙に冷静な態度で聞いてきたミラにトワは疑問の表情を隠せないが、彼女の圧が答えさせる。
「ホシミ・トワ」
「そう。私はもう君を侮らない。君は私の敵だよ、ホシミ・トワ」
少年の名前を読んだ瞬間、彼女の周りに深紅のオーラが吹き荒れる。
残り少ない魔素を全力で攻撃性のある空気に変換しているのだろう。そして、それは彼女が少年を、トワを倒すべき敵と見なした証明でもあった。
それに対し、トワは驚愕すると同時にやはり少し怯える。
絶対的な強者が自分を敵と認識し、自分を殺しにかかってくるという事実に恐怖が隠せない。
しかし、その恐怖を戦いの高揚と、成すべき使命感で押し殺す。
右手で短剣を構え、左手では魔法を発動する準備をしながら、怯えを孕んだ両眼で超越者を見やる。
「来い。『憤怒魔王』ミラ・リューラス」
恐怖を飼いならし、少年は前に進む。
続きは今日の16時です




