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始まりを刻む  作者: 桶満修一
第4章 孤独の超越者
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38話 狂乱

 「ねぇねぇ、私相手に20分も時間を稼ぐ的なことが聞こえたんだけど、それって嘘だよねぇ、無理だもんねぇ。」

 「わあ!やっぱり魔王さんは地獄耳なんだね!それと全然マジでイケるって思ってるよ。本気と書いてマジと読むぐらいにはね」

 「―――君たちはほんとに私を怒らせるのが得意だね。もう清清しちゃうくらいだよ。だけどね、私ってば一応王を名乗ってるわけだから君たちみたいな無礼で失礼で、身分をわきまえない奴って許せないんだよね。だからさ、早くそのうるさい口閉じろよカス」

 「いきなりコワッ!?」


 さんざんコケにされて怒り心頭のミラは特徴的だった語尾も伸ばすのを止め、迎え撃つリーティアに駆けよる。

 そして、確実に殺すという意志を示すように呪文を唱える。


 「見えない(アル)()は見たく(ミ)ない(ス)」


 詠唱の終了と同時に彼女の姿が透け始める。

 しかし今度の詠唱は視覚能力を凌駕するだけにはとどまらない。

 彼女の駆け寄る足音も、彼女の独特な匂いも彼女に関わる全ての感覚が鈍くなっていくのが感じる。

 もしかしたら深紅のオーラは透明にならないのではないかという淡い期待も砕かれる。


 「マジですか。何も見えないし、何も聞こえないんだけど」


 さすがのリーティアも少しばかりの驚きと、もう枯れ果てたと思っていた絶望が多少見えるが、それでも笑顔は枯らさない。

 見えないし聞こえないミラではあるが、それでも肌を指す殺気だけは消すことが出来ないのを察しているのだ。

 

 「あっぶな!」


 命の危機を感じて身を反ると寸前までリーティアがいたところに命を刈り取る打撃が振るわれたのが分かる。

 打撃が振るわれた風を感じたわけでも、もちろん目に見えたわけでもないがなんとなく避けることができたリーティアの天賦の才を感じざるを得ない。


 「なるほどね、ミラちゃんの能力が分かったわ」


 そしてただ避けているだけでは終わらないのがこの天才だ。

 『見えない(アル)私は見たくない(テミス)』という聞いたこともない詠唱に文句を言っている暇はない。少しでも彼女のことを知り、後ろの少年に希望を残す。


 「ミラちゃん、それってミラちゃんの行動の全てを認識できなくするやつでしょ?ミラちゃんの姿も、ミラちゃんがすることも、触ったものも、ぜーんぶ私には分かんないようにしてるんだ。すっごいズルいね」

 「!?」


 図星なのか、聞こえないはずのミラの狼狽が空気を揺らす。

 そして、その動きを第六感で察知しリーティアは下段に足を振るうもその足は宙空で止まる。

 まるで何かにぶつかったように止まっているその足が、リーティアの説が正しいことを証明する。


 「やっぱり。ぶつかったようには感じないけど、たぶん当たってんだよね。その証拠に私の足からすっごい量の血が出てるし。まあ、ぜんぜん痛くはないんだけど」


 見ると、彼女の足の脛からは夥しい量の血が今もドクドクと流れ出ている。

 おそらくミラに触れた足が彼女の『過怒(オーバーレイ)』の破壊にやられたのだが、それよりも恐ろしいのがリーティアの言った「痛くはない」という発言だ。

 

 彼女お得意の強がりではなく、本当に痛みを感じないのだ。

 明らかな重傷であるのに、何も痛みを感じないことにリーティアは今度ははっきりと顔を青くしていた。


 「…………そう、正解。私のスキルは私に関するすべての感覚を鈍らせる。視覚も聴覚も触覚も痛覚も嗅覚も味覚も全部。これで絶望する条件は十分でしょ。面倒くさいから早く死んで」


 上半身だけを表し、答え合わせをするかのようにそう告げるミラ。

 自分の体ですら痛みを感じられないという恐ろしい能力にリーティアはしかし、戦うのを止めようとはしない。

 もう一度剣を構えて、全神経を集中する。


 「本当にバカで愚かで、救いようもない愚鈍な人間。やっぱりお前たちは生きるべきじゃない」


 彼我の戦力差を理解しようとせず、未だに無謀にも戦う覚悟を決めているリーティアに呆れて、またも姿を消す。

 ミラの拳はなおも一撃必殺。

 既に一度喰らっているリーティアは、あと一度でもまともに食らえば立ち上がることはおろか、息を引き取ってしまうことも考えられる。

 その拳が今や、感知できない領域にいるのだ。


 もはや、これまで。


 そんな絶望的な状況に立たされた彼女は目を閉じ、静かに戦闘態勢を整えていた。

 荒野を吹く風も、爛々と輝く太陽の熱も、知覚するすべての事象をシャットダウンし、眼前の魔王から発せられる凶悪な殺気だけに注意をはらう。


 「死ね」


 どこからか聞こえたような気がしたその言葉の下へと剣を振るう。

 当たった感触はないが、それでも攻撃を続ける。

 警鐘を鳴らす理性を黙らせて、危険地帯に足を踏み込む。


 (大丈夫。分かる。ミラちゃんの動き、ミラちゃんの呼吸。何がしたいか、何を考えているか。攻撃は無理だけど、避けるだけだったら何とかなる……かな?)


 加速するミラにリーティアは身体強化を無理やりに働かせついていく。

 頼りにするのは勘と感覚のみ。

見えない敵、それも一撃が必殺となる格上の相手にそれのみで対応しなければならない彼女の心境は想像も絶する者だろう。

 剣を振り、止められる。殺気を感じ、回避する。これの繰り返しであった。ミラの姿が見えない為傍から見たら滑稽な、しかし当のリーティアの表情が鬼気迫るものであるためそこに歪な状況が生まれていた。


 (あと……何分…………?)


 感覚に頼り戦闘しているために、彼女は目を閉じ、半ば意識を手放した無意識下で戦闘をしていた。酷使した体が悲鳴を上げ整った鼻からは血が流れ落ちるがそれにも気づかない。

直撃を避け、奮闘する彼女はそれでも深紅のオーラによるプレッシャーにより、身体のいたるところに生々しい傷が出来、立っていることさえ限界であった。しかし彼女はただ後ろのトワが来るのを待つことだけを頼りに立っていた。


 彼女は天才であった。

 精神が未成熟のまま転生したが故の、他人を信じることへの躊躇のない精神性。

 死ぬということをよく分かっていない為の、死をも恐れぬ積極性。

 生れてから何度も体に刻み込んだ戦闘の極意

 どれか一つでも不足していれば誕生しなかったであろう天才は、眼前の超越者にある感情を植え付けていく━━━━



 対するミラも自分の本気を出してなお殺しきれないリーティアに苛立ちを感じていた。今までの敵は透明化を使うまでもなく惨殺することができた。多少強い者でもその権能を使えば容易に打倒することが出来た。


 その点、リーティアは異常であった。

 打撃を受けても死なず、果ては権能、過怒を用いても怯まずに戦う狂人。そう、ミラから見たリーティアは狂人そのものだった。知っていたのか直観なのかは不明だが『過怒』に身体で触れないことで対処し、透明化には勘と感覚のみで対応する姿は意味不明であった。

 その上、死んでいてもいいほどのケガを負いながら、それでも自分に襲い掛かってくるその姿は訳が分からなかった。


 「――君は…………一体……!?」

 

 この時初めてミラは怒り以外の感情を抱いた。物心がついたころからずっと、何かに苛立ち、何かに怒り、そのすべてを暴力で解決してきた女は、初めて感じるその感情の名を知らなかった。


 その感情の名は恐怖。


 死を与える側の彼女は知らなかった。その感情のもたらすことを。動きは鈍くなり、身体は震え、頭の中にはイヤなイメージが延々とあふれ出てくる。そんなものを誰が初めてで克服できるだろうか。


 「…………?」


 途端、弛緩する空気にリーティアは気づき、幾分ぶりに刃を振るう。今までは確かに防がれたそれが、今回ばかりはミラの右腕にしっかりと刻まれていた。

 流れ出す血を見たミラにこれまで以上の恐怖が訪れる。死の恐怖だ。


 「うわああああああ!!!!」


 それはミラの悲鳴か絶叫か。感情を露わにしたミラの周囲をこれまで以上の深紅のオーラが漂い始める。今まではどこか落ち着いていたように思えるような動きをしていたそれも、彼女の感情の揺れを表現するように荒々しく、力を誇示するように刺々しく動き出していた。


 「これは…………無理かな………?」


 リーティアはその荒れ狂うミラを見て小さく力なく呟く。

重力に抗うことさえギリギリの彼女にはミラの攻撃を避けることなど出来ようもなかった。とてつもない速さでリーティアを殺しにかかるミラの表情は形容しがたいものだったが、その顔と対照的にすべてが燃え尽きたような顔だった。彼女の命の灯は掻き消える寸前であった―――


 「ありがとう、リーティア。お前のおかげだ」

 「勝てる……よね?」

 「当然だ。僕にまかせろ」


 ―――20分


 頼まれた時間を稼ぎ切り、リーティアは少しの眠りに落ちる。

 守り抜いた少年にすべてを託して。


 「どいてよっ!その化け物を、殺さないといけないんだからっ!」

 「お前の方がよっぽど化け物だろう?『憤怒魔王』ミラ。僕は覚悟を決めてるんだぞ、お前を殺す覚悟を」


次は明日の朝9時です。

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