37話 勝利へのカウントダウン
軽口を叩きながらも姿の見えない『憤怒魔王』を警戒する。
すると、姿を消してなおも消えなかった圧がフッと消えた。訪れるのは静寂。先ほどまで怒涛の勢いで話し、怒りをあらわにしていた魔王が消えたことでその空間には一種、異様な空気が流れ始めた。
「リーティアッ、あれを出せッ!」
「りょーかいッ。ーーーッッ!!」
「―――なッ!!」
トワがリーティアの指示を出すがもう遅い。
破壊は音を置き去りにして襲い掛かる。
横っ腹が拉げるほどの打撃を受けリーティアが吹っ飛ぶ。トワが彼女が見えない敵に攻撃を受けたと気づけたのは彼女が数十メートル先に寝転んでいた時だった。先ほどの攻防でも感じていたことだが、彼にはこのレベルの戦いにはついていけてないのだ。
「―――だったら」
吹っ飛んだリーティアが無事であることを願い超能力を発動する。全身の筋肉、神経をサイコキネシスで無理やりに強化する。
瞬間、世界の動きが遅滞し身体には全能感が生まれる。それと同時に全身の筋肉が軋む音ともに倦怠感が襲いかかってくる。無理やりに身体能力を上げた反動である。
全身のけだるさを押し殺し目を凝らすが、やはりミラの姿はとらえられない。しかし敏感になった肌の感覚が違和感のある空間を見つける。
その違和感をトワは疑わない。
これまで幾度も生成されてきた魔法陣からは一切の音を出さずに発射した火球はまっすぐとなにもない空間へと飛翔する。
人を殺すのに十分な威力をもった炎を弾はしかし、中空で消滅した。
「もしかして見えてるの?何それ、ずるくない?私が透明になって君たちの罪を贖う機会を与えてあげてるっていうのに邪魔してさ。人の特技を潰して満足?ねぇ、どうなのさ?それに、こんな子供だましが効くとおもったんだ?おめでたい頭してるね、学習能力ないのかなぁ。さっき私が君の魔法をかき消したの覚えてないの?おぼえてないんだろうねぇ、バカだから。バカで弱くて女の子に守ってもらって、君ってプライドってないのかな」
「一撃食らったら解除する……のか?」
「はぁ?そんなちゃちなものじゃないんだけど。君ってさぁバカで弱いのに他者を下に見るの止めなよ。私が優しいから死んでないだけで、怒りっぽい人だったらすぐに怒っちゃうんだからね」
「あいにく、去年までは最強だったもんで。癖が抜けてないのかもな」
姿を現し怒涛の勢いでしゃべりだすミラ。顔を赤く染め、目は充血し、息が上がるほどに激怒しているように見えるミラは、自分が怒っていることを認めない。
「『過怒』……」
小さく呟いたミラの周囲には、彼女の怒りを表すかのように深紅のオーラが漏れ出す。その光に触れた石は粉々に、彼女の踏んだ地面は足跡を辿るかのような破壊が見て取れた。
「もしかして第3形態って感じか?」
「ねぇねぇ、なにその不愉快な言い方。まるで私が怪物かのような言い方じゃん。それってさぁ、か弱い私に対する侮辱だよね。無礼だよねぇ、失礼だよねぇ。てゆうか、さっきまでのが本気だとマジで考えてたの?やっぱり君ってバカなんだねぇ」
「――――ムカつくしやっぱり君、殺すわ」
「最初からそのつもりだろ」
仕切り直して『憤怒魔王』との2回戦が始まる。
眼前の魔王はその身を深紅のオーラで包んでいた。破壊のエネルギーはトワを蝕み、そのオーラに触れるだけで肌には亀裂が走る。
彼女が『アルテミス』と唱えないのは、何かしらの制限があるのか。はたまた侮っているだけなのかは分からないが、それだけがトワがまだミラに殺されていない理由であった。
だがしかし、そんな消極的な理由では長くは保たないことは明々白々である。
吹き飛ばされたリーティアはいまだ戻ってこれず、トワの命は風前の灯火であることは間違いなかった。
「じゃ、おつかれぇ」
そう言うとミラは地面が爆ぜる勢いで駆け出しトワとの差を埋める。
ミラの速度は尋常ではなく、数十メートルあったトワに接近するのに数秒とかかっていなかった。
繰り出される拳は必殺の威力が込められており、いくら超能力で防御したとしても良くて再起不能、最悪の場合は死が待っていた。
1年ぶりの『死』を肌で感じ、動きが鈍る。
思い出されるあの日の絶望は今も瞼の裏で黒く輝き、しかし同時に銀色の希望も灯っていた。
コンマ数秒後に訪れるはずの死はやはり今回も彼には届かない。
「………惚れたかな?トワ君」
「ノーコメント」
「おや、トワ君の様子が・・・」
必殺の拳を防いだのはまたしてもリーティアの剣であった。戻ってきた彼女は一切の迷いもなくトワへ向かって駆け、彼を襲う拳を剣で向かい打ったのだった。
剣の刃で拳を防いだにも関わらず、ミラの手の甲には一切の傷跡が見られない。身体中から吹き出る深紅のオーラが彼女を守っているように見えた。
「いやいや、これで無傷ってずるくない?」
「何言ってんの?君たちは2人で私は1人なんだよ?どう考えても私の方がかわいそうでしょ。というか、なんで君生きてんの?死んでくれてたらよかったのにな」
「生きてて怒られるのは初めてだぁ」
リーティアはそういうとトワの元まで戻り、戦況を確認する。自分が負傷し戦線を離れている間に、大きく変わったミラの姿に驚きが隠せないのだ。
「リーティア、あれがなにか分かるか?」
「私も人づてだから確証はないんだけど、多分……。魔力がバカみたいに多い人は、体内の魔素を放出してそれに指向性を持たせられるみたい。だからそれじゃないかなぁ、と。まあ、あんなことになるっていうのは聞いたことないけど」
「つまり魔素の無駄遣いってわけだな。羨ましい」
自分が魔素を持っていないからこそ、その魔素を贅沢に使っているミラに素直な感想を抱くトワ。
次々とあふれ出てくる魔素が触れるものすべてを破壊するようにされており、その上ミラにはまだ透明化があるのは、軽く絶望するのに十分な要素だった。
リーティアの年並とは言えない身体能力や天性の才能、トワの制限された超常の力と少しばかりの魔法、これらの要素ではミラを打倒することは叶わないことは明白であった。
これこそが超越者、無礼にも調子に乗った者では絶対に勝てない真の強者。
眼前に立つ者すべてに絶望を与える者。
しかし――
「それでも、勝つしかないんだもんな」
「そうだね。限界を振り絞って勝てないんだったら、限界を超えるしかないわけだ」
―――しかし、今日の敵は違った。
絶望なんてクソ喰らえ、限界なんてしったこっちゃない、そんな言葉が聞こえてくるように彼らの眼は死んでいない。
否、むしろ彼らの口元は笑っているようにも感じられた。
「リーティア、どのくらい稼げる?」
「20分」
「最高だな、お前は」
「倒してしまっても問題ないんだな?」
「言ってろ」
言葉足らずの会話。
当の2人でなければ何を言っているのか、何を考えているのかなど想像もできない会話。
しかし、その会話には確かに希望が含まれていた。
笑うトワが最後の言葉を言った瞬間に2人は反対の方向に駆けだす。
リーティアはミラの方へ。命じられた時間稼ぎを果たすために。ただ素直に、忠実に、頼られたから、それだけの理由で。
トワはリーティアが持っていたカバンへ。取り出したのはエディス魔法学校の教科書。ページを開くと中にはビッシリと文字と魔法陣が書かれている。基本的な魔法からこの世界最高峰のものまで、すべてが載っているなかから、そのすべてを今覚えようとしているのか。
「さすがにそこまで無謀じゃないけどな」
男は学ぶ
自分の後ろをわが身を犠牲にして守る彼女には目もくれず
ただ、その本だけを見る
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