36話 超越者の由来
戦闘は音もなく始まった。
リーティアは自分の最高速度が出ていることを実感してミラに接近する。この世界で幾年も戦闘を重ねた身体と、人の域を絶する身体強化の合わせ技。普段の魔物や盗賊であれば気づかぬ間に息を引き取るであろうことは容易に想像できた。
しかし、今日の敵は『憤怒魔王』。
世界に認められた超越者にして、世界を恐怖させる者。
「なかなか早いじゃん」
そんな言葉とは裏腹につまらなそうに接近するリーティアを見て、簡単に刃を止める。
ミラの手には何もない。ただ、向けられた刃の側面を軽くつまんでいるだけなのだ。
「冗談でしょ!?」
「ぜんぜん冗談じゃないよ。君と私にはこれくらいの差があるってこと」
苛立ちながらそう付け足すと、ミラはつまんでいた長剣を軽く押し戻しリーティアを見つめる。
その目はやはり怒りを孕みながらも、どこか寂しいような気も感じられた。
「やっぱり君たちなんかじゃ私には勝てないよ。君はまだしも、後ろの男の子なんて今のを目で追えてもないんでしょ?」
そう言われたトワは何も言えずに黙りこくるのみである。
図星だ。
実際、今の一瞬にも満たない攻防はトワの眼では観測できず、彼が理解できたのはリーティアの一撃が止められたということだけである。
「君から先に殺しちゃおうかなぁ」
その呟きと共に果てしない殺気がトワに送られる。
常人であれば足がすくみ、中には気を失う者もいるかもしれないほどの尋常じゃない殺気。常人の域を出ないトワには耐える道理もない。
ない、はずだった。
「バ、バカにするなよ『憤怒魔王』………。僕だってそれなりの覚悟でここにいんだよ」
その光景に『憤怒魔王』は目を剥く。
脂汗をたらし、今にも足が折れてしまいそうな無様な格好をさらしているトワは、しかしそれでも確実に立っていた。
今までの襲撃者よりもよほど弱く脆い存在であるのに、それでもなお戦うのを止めようとしない。
そんな光景に、ミラは、『憤怒魔王』は………………怒りを見せる。
「どうして、そこまでして私を殺そうとするの?どうして無理をしてまで戦おうとするの?許せない、許せない許せない許せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない赦せない」
常軌を逸した怒りは大気を震わせ、地を割る。
怒りを抑えきれない彼女が一度大地を踏めば、そこを起点に亀裂が走り、地割れが起こる。
あまりにも常識離れしたその神の如き所業に、リーティアもトワも言葉を呑むしかなかった。
「やっぱり人間はダメだ。殺さなきゃ」
静かに、自分の中で自分を認めさせるように、決心を口にした彼女の行動は早かった。
咄嗟に気づいたのはリーティア。
ジギラスとの訓練で気を抜かない癖がついていた彼女だからこそ気づけたその攻撃。
音を置き去りにしたその拳を、彼女は何とか剣で受ける。
途方もない威力を伴った拳は、リーティアの剣にひびを入れる。もちろん、反作用で同じだけの威力をその拳に受けたミラには相当の痛みが感じているはずなのに、痛みを感じている素振りも、我慢している素振りも感じられない。
「人間離れしすぎだって」
リーティアはひびのはいった剣で反撃を試みるも、空を切るばかりだ。
ミラの早さは彼女でさえも捉えきることは出来ないのだと、その悲しい事実が如実に表れていた。
加えて、先ほどのミラの一撃を受けきった剣は振るうごとに悲鳴を上げて心なしかひびも広がっているようにも感じられる。長時間の戦闘は不可能だと、手にしている剣から伝わってくる。
「人間離れしてる?冗談、私たちこそが人間なんだけどぉ」
その破壊を引き起こした張本人はリーティアの言った言葉に突っかかり怒りを露わにして暴威を振りまいていく。
彼女が一つ拳を振れば、周囲は彼女の意志を表すかのように破壊が起こる。
こんなバケモノに誰が付いて行けるというのか、そんな絶望がトワの顔に張り付いたその時、小さな呟きが聞こえてきた。
「…………っと、おけおけ。~~~なるほどね」
それはバケモノと対峙していた少女の声だった。
風に乗って聞こえたそれは希望を見せるには十分で、笑みが漏れる。
「さすがだな、リーティア」
「当然!私たちは最強なんだから」
自分に暗示をかけるように言う彼女だったが、それが何の根拠もないと言うことは『憤怒魔王』と互角に渡り合う状況が許さない。
蹴られたら、蹴り返す。
殴られたら、殴り返す。
最初の圧倒的に不利だった戦闘が時間を重ねるごとに明らかに互角を演じるようになってきていた。
「~~~~~!!!」
思い通りにいかない戦闘にミラが唸るも状況は変わらない。
自分と互角の者との戦闘に慣れていないのだろう、リーティアが自分の拳を避けるたびに青筋が浮かび、苛立ちが加速する。怒れば怒るほど攻撃が単調になりリーティアにとっては避けやすくなっているのは、彼女は分からない。
イケる。
感覚的にそう感じ取ったリーティア。
単調な動きに合わせて傷を与えることも増えてきた。
このままいけば押し切ることが出来る。
このままいけば魔王を倒せる。
そんな甘い幻想を抱いてしまった。
「調子に乗るな」
空気を凍らす言の葉が殺気と共に肌を刺す。
魂を根源から刺す殺気に考えるより先に身体が身を引く。
警戒して、黙りこくる『憤怒魔王』をじっと見つめる。
「私が手を抜いているからって調子に乗って」
彼女の空気が変わる。
内に秘める力に身を委ね、身体は脱力するように腕を下ろす。
「そんな君たちの醜悪な顔がムカつく。気持ちの悪い笑顔も虫唾が走る」
深紅の髪が揺れる。
抑えきれない怒りに空気が歪む。
「もしかしたら勝てるかも」なんて浅ましい思考も透けて見えて不快。ああ………、もう……………………全部イヤだ」
彼女の全てを吐露した瞬間、彼女の体が薄く内側から発光する。
神が顕現したと錯覚する程のエネルギーが集まった彼女は、小さく詠唱する。
「見えない私は見たくない」
法則を歪める音が幻聴する。
否、彼女を前にした少年と少女は事実その音が聞こえたのだ。
目の前で小さい彼女の体が薄くなり、果てには一切の姿を確認することが出来なくなった事実は、それほどに2人に衝撃を与えた。
「お前はどう思う?」
「怒って帰っちゃったってのは?すっごい平和」
「本当のところは?」
「「魔王に遭ったら透明人間だった件について」ってラノベが作れそうな場面だね」
「すぐに終わりそうだな。もちろんバッドエンドで」
視覚を使うことが許されない状況に信じられない気持ちを抱く2人。
超越者は世界の法則を超越する。
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