35話 激突
海に面する美しい町エディス、その町の南には誰もが恐れる『憤怒魔王』の領地があった。
彼の存在が癇癪を起し領地で憂さ晴らしをするたびに、住民は怯え神に祈った。
―――――どうかこちらに来ませんように―――――
彼の存在に立ち向かうことが出来ないがゆえに、それはなんと消極的な願いであっただろうか
自分たちでは干渉できない
自分たちでは抗えない
だからこその神頼み。
超越者たる魔王に挑むことなど出来ようもない━━━━筈だった
「実行に移る前に敵の戦力の想定をしておく必要がある」
リーティアは突如話し出したトワの言葉の真剣性に気づき黙って首を縦に何度か揺らす
「『魔王』なんて呼ばれてるような奴だ、かなり強いと考えていいだろう。身体能力は化け物級で魔法は何でもできる。攻撃は頑丈それだけで耐えるようなバカと考えよう。」
「その場合、私たち勝てなくない?」
「ただ、1つだけ弱点がある。」
「メンタルはザコってことだな」
一拍置いてトワの言い放った言葉はあんまりな言葉であった。
それにはリーティアも、「えッ」と困ったような顔をして聞き返す。
「いつも怒ってるやつのメンタルなんてザコに決まってるからな。そこをたたく」
「つまり?」
「煽りまくる」
その時のリーティアの顔は筆舌に尽くしがたい表情であった。
強敵との戦闘を覚悟し、自分の命を預ける作戦が至極簡単な「煽る」というものであったことへの虚無感が理由であった。
「ただ煽るって言ってもどうするの?ゲームでよくある、遠距離からちくちくやるのだって私たちってほとんど遠距離攻撃持ってないから出来ないし……」
「そのために色々買っただろ?」
「あー、そのために買ったのね。なんで買ってたのか不思議だったんだよね」
「よくわからずに買い物してたんだな……」
リーティアは自分の腰に下げているものを見下げながら感心したように言った。
よく分からないものを買ったリーティアの残念さ加減が少し面白く、しかし心配になるトワだったがそれも自分を信用してくれているからであろうと、彼女に感謝を感じそれから気を引き締める。
既に彼らは『憤怒魔王』の領地に足を踏み入れており、いつ彼の存在が襲い掛かってくるかは分からない状況にある。
「それにしても何にもないのね。領地っていうから色々あると思ってたけど、見渡す限り荒れ果ててるじゃない。」
リーティアいう通り、『憤怒魔王』の領地は植物も育たないほど荒れており、とても人が住めるような状態にはなかった。
しかしそれにも理由があり、その理由とは彼の存在の気性の荒さにあった。
何か少しでも気に障ることがあれば、近くの建物に、動植物に、果てには大地に力をぶつけて発散するという癖があったため、このような悲惨な状態になってしまったのだ。
「…………いた……………………」
周りの景色を見ていた2人の耳にはそのかすかな呟きが確かに聞こえた。
途端に腰を低くしあたりを警戒する。
強大な敵相手に奇襲をかけられたらたまったもんじゃない。故に最大限の警戒をするがその姿は見えないままだ。
「ねぇねぇ、なんでいるの?」
今度は確かに聞こえた。その言葉が恐怖をもたらすものであったからだろうか耳元で聞こえたような気さえした。
しかし、その声の主の姿はまだ見えない。
その不気味な状態に本能が危険を鳴らし冷汗がドバッとあふれ出す。
「ねぇねぇ、なんで応えてくれないの?――――もしかしてさ、喧嘩、売ってんの?」
「離れろ!!」
明確な殺意を肌で感じ、すぐさまこの場を離れる指示を出す。
リーティアが蹴り離れた瞬間、その場が不可視の攻撃を受けて地面が爆ぜる。
「ねぇねぇ、なんで避けるの?人の所有地に入っておいて家主の攻撃も避けるなんて無礼じゃない?ねぇねぇ、どうなの?」
爆発するような攻撃とともにゆっくりと姿が現れてくる。
頭を燃えるような真紅に染めて、乱雑ながらも腰にまで届く髪に隠れた金色の瞳は、怒れる感情を表現するかのように鋭く切れていた。小柄ながらも薄い肌着からうかがえる立派な双丘が蠱惑的に映った。
「おん……な……?」
「何がそんなにおかしいの?もしかして女でガッカリしてるの?それってさぁ、無礼だよねぇ?失礼だよねぇ?何か言ったらどうなの?」
「いや、言う暇くれねえじゃん………」
姿を現した『憤怒魔王』が女性だったこともあり動揺したトワであったが、今しがた襲った爆発が、目の前の女の仕業だったことを思い出し再警戒する。
身長は140センチほどで、少女と言われるほどの小ささでありながらも、発している威圧感は凶暴なーー否、狂暴な肉食獣を目の前にしているように感じられる。
「風のうわさで聞いたんだが、お前がエディスに侵攻するっていうのは本当か?嘘なら嘘って言ってほしいんだが……」
「ねぇねぇ、それって私が答える義務あるの?勝手に入ってきて勝手に質問して、それって無礼だよねぇ?失礼だよねぇ?まあ、優しい私は答えてあげるけどね。答えは簡単、マジに決まってんじゃん」
「だってさぁ、我慢ならないんだよね。こんな近くにきれいで、美しくて、優美で、素敵で、素晴らしくて、風光明媚で、賑わってて、広大で、秀麗で、端麗で流麗で美麗で、麗しくて、惚れ惚れするような場所があるとさぁッ。これでも我慢したんだよ?でも、一回気になっちゃったらダメだねぇ。もう止まらないよぉ。私は私のやりたいことをやるんだぁ。それに、イヤな感じもしちゃったしねぇ」
恍惚とした表情で語る魔王を、トワとリーティアは理解できない存在を目の当たりにした恐怖で顔が引きつる。
実際、魔王など常人では理解の及ばない存在であるのだ。その強さも、その思考も。それゆえに行動が予測できず、かなわない故に恐れられている。
「狂ってる……」
「初めてしゃべってくれたねぇ、おねぇさん。一言目がそれってぇ、私に喧嘩売ってるってことでいいんだよねぇ?」
つい漏らしてしまったリーティアの言葉をも耳聡く拾い、長々と突っかかる魔王。
それから曲がっていた腰をピンッと伸ばして一言。
「私の名前はミラ・リューラス。『憤怒魔王』ってなんでか知らないけど通ってるから、短い間だけどよろしくねぇ」
魔王は、ミラはそう名乗ると一歩を踏み出した。




