32話 イカれた攻略法
「おー、お前ら、めげずに今日も来たんだな。これから瀕死になるっていうのによお」
「ふん、昨日までの私たちじゃないんだからっ。覚悟しなさいよ」
「はいはい、んじゃまあとっととやりますか」
昨日同様、会話が終わるのが早いか、数十メートルほどあった距離を一瞬で詰めて強烈な蹴りを放つ。
しかし、トワもその蹴りは両手でしっかりと防御してニヤリと笑う。
「なんだ?一撃止めただけでドヤ顔か?」
「何度だって止めてやるよ」
そして昨日のような容赦なしの攻撃が繰り返される。
しかし昨日と違うのは2人に出来る傷の数であった。昨日死ぬ寸前まで痛めつけられたことで、喰らうと痛みが激しい攻撃やその攻撃の軌道などを半ば本能に近い感覚で覚えているのだ。したがって、トワもリーティアもジギラスが振る剣の太刀筋や癖を習得しつつあった。
「よーし、結構やるじゃねえか。1日でこんなに出来るようになるとは思わなかったぜ。それじゃあ、次は俺に攻撃してみろ。殴ってでも蹴ってでも、なんなら剣で切りかかってきてもいいぜ。もちろん2人まとめて殺す気で来いよ」
ほとんどの攻撃を防ぎ続け1時間が経とうとしていた時にジギラスが攻撃を止めてそう言い放った。
2人とも疲労はしているがまだ息が少し上がっている程度であり、攻撃を加えるのにほとんどの支障はないように思えた。
「ふ~ん、ほんとにいいの~?私たちがやったらさすがのジギラスでも擦り傷じゃすまないよ?」
「そうだな。僕たちも容赦しないとなると死んでも文句は受け付けないぞ」
そういいつつもジギラスの攻撃に注意を払っている。「戦闘中は気を抜かない」というジギラスの教えを守っている証左であった。
「はっ、お前らじゃ俺に傷もつけられねえよ。安心して殺しに来い」
その言葉を合図に2人は突進する。
彼の言葉通りに拳で、脚で、短剣で彼を容赦なしに攻撃する。
自身に降りかかるそれらの攻撃をすべて紙一重で躱していくジギラス。その巨体でどうしてそのようなことが可能なのかを疑わせるような業であった。
「おいおい、どうした?擦り傷じゃすまないんじゃなかったのか?」
「う~うるさい!!今に見ときなさい!」
その後も当たればイタイでは済まない攻撃を何度も何度も繰り返しジギラスに浴びせるも、そのすべてを彼は笑みを浮かべたまま躱していく。
自分たちの攻撃を何度も躱され頭に血が上るとしまいには反対にジギラスの攻撃を受けてしまうようなこともあるのだった。
結果、1日目ほどではないにしても痛々しい傷を身体中に残して2日目は終了したのだった。
「あー!!なんでジギラスに攻撃が当たんないんだろうーー!」
ジギラスが帰った後にまたも疲れ果てた2人が寝転がっているときにリーティアが不思議でしかたないといったふうに叫んだ。
たしかに、いくらジギラスがAランクハンターで戦闘を何度も経験しているからと言って、速さはリーティアの方が上なのだ。そのうえトワまでいるのだから攻撃が全く当たらないのは尋常なことではなかった。
彼女の叫びを聞いていたトワは何かを思案するように顎に手を当てていた。
直に確信を持てないことを話し出すようにゆっくりと話し出した。
「……多分だがジギラスは僕たちの魔素の動きを読んでんだと思う。リーティアは相手の魔素量がどのくらいかは何となく分かるって言ってただろう?」
それは彼らが出会った時のことだった。
魔素を全く持ってないトワの存在を彼女は正確に見抜いていた。そしてその後に、自分は相手がどの程度魔素を持っているかを感覚的に理解できるとも言っていた。
そのことから、トワはある程度の実力者は相手の魔素の存在を感じることが出来るのだろうと推測していた。
彼の問いに肯定を示すように頷きを返すリーティア。
「つまりジギラスはリーティアの攻撃が来る前に魔素の動きで未来を読んでいるんじゃないか?実際に僕の攻撃はリーティアより数段遅いけどギリギリの回避が多かったからな」
「うーん。もしそれをやっているとしてもどうすればいいの?切りかかっているときに魔素に気を取られてたらもう攻撃どころじゃないと思うんだけどな~」
リーティアの言うことはもっともなことであった。
これまで無自覚で動かしていた魔素が原因で自分たちの敗北を作っていると言われても、ではどうすればいいのかなど、彼女には考えつかないのだった。
しかしここにはリーティアだけがいるわけではない。
「魔法を使ってみるのはどうだ?魔法を使うときって体内の魔素を手のひらとかに集中させてるだろう?」
彼が提案したのは攻撃モーション中に魔法を放つという案であった。
たしかにそれをすれば体内の魔素は魔法を放つことに集中され、身体の動きを補助する役割は薄くなるだろう。そして、それと同時に魔素の動きを読むことは不可能になるだろうと考えたのだ。
「でも、そんなことしたらもっと動くのに集中出来ないよ?それに、魔法をずっと撃ってるのって魔力的にムリだと思うし」
「そっか…………。魔素が流れるところが分かればなんか思いつくかもしれないんだけどなぁ」
「え?分かるよ?」
………………
………
…
「うーーし、今日が最終日だな。俺に攻撃ぐらい当ててくれよ」
「見ときなさい!今日の私たちは昨日までとは違うんだから!」
「言ってろよ」
会話が終わりジギラスが一歩を踏み出そうとすると、それよりも速くリーティアは自分の持っていた短剣を振るう。
自分のこめかみを切り裂くように。
「はあ!?」
思わず奇怪な声をあげてしまうジギラスだったが、それもしょうがないだろう。
今、彼女自身が切り裂いたこめかみ付近からはドクドクと血が垂れ流している。もちろん、死に直結するような量ではないが常人では思いついてもやらないことだろう。
「どう?これで私の動き、分からないでしょ?」
血に汚れた満面の笑みでそう問いかけるリーティアに、ジギラスは苦笑しながら応える。
「たしかに、魔素は俺たちの血液と共に巡っている。だからある程度出血すれば同時に魔素も流れて魔素の動きは分からなくなる。…………だからって、普通やるか?」
魔素は魔導士にとっては生命線であるし、戦士にとっても魔素を切らせば魔素欠乏で動けなくなる。
こんな作戦バカでもやらない。
「リーティアちゃんは天才だからね。全然大丈夫なんだよね」
リーティアの動きを読めなくなったジギラスの身体には着々と傷が現れ始める。もともと、速さにおいては彼女の方が上なのだ、先読みさえ防げば彼女が押すのは自明の理であった。
「んで、トワ坊はそうするのね……」
リーティアの猛攻をなんとかしのぎながらトワの方を見ると彼の周囲が少しだけ歪んでいるように見えた。
彼がやっているのは体外にサイコキネシスを働かせ、周囲の魔素を不規則に動かし、自分たちの動きを把握しにくくしているのだ。
高速で状況が変わる戦闘において、相手の動きを見てから自分が動くのではついていけない。戦いに慣れた者は無意識で空気の揺れや相手の呼吸、癖を見抜いて行動する。
今トワがやっていることは、その無意識でやっていた状況判断の術を1つ奪い取ることであった。
結果、ジギラスは2人の動きをとらえきることは難しくなり、しまいには自身の身体さえも正確に判断することは出来なくなった。 次第に傷跡から滴る血の量は増えていき、攻撃にも精彩を欠いていった。戦闘が始まること3時間、ついにはジギラスの首物に刃が振れ訓練の終わりを告げた。
「ふふん、どう?私とトワ君のサイキョーコンビは。さすがのジギラスでも勝てないよね」
「ま、ほめといてやるよ。よく3日でここまで出来たってことをな。だけど、俺は今回剣しか使ってねえからな。本気の俺はこんなもんじゃねえよ」
「…………」
短く言葉を交わしたあとに、一瞬の静寂が訪れる。
その静寂を破りジギラスが2人に問いかける。
「お前ら……本当に『憤怒魔王』に挑むのか……?」
それは彼のそうなってほしくはないという願望を含んだ問いだった。
小さなころにギルドの門をたたき、娘同然に接してきたリーティア。
そのリーティアが惚れた魔素を持たない不思議な、しかしガッツのあるトワ。
2人を死地には向かわせたくない。
魔王が来るのが本当なのならば、2人と一緒にこんなところとは逃げ出してしまいたい
そんな思いを胸に抱いて出た問であったが、彼の気持ちを知ってか知らずか、すぐに返された。
「当然だ。ジギラスの気持ちは分かってるつもりだが、ごめん」
「うん。ごめんごめんご」
「どうしてか、って聞いても良いか?」
ジギラスにとってそれを聞くことに何の意味があるのか。
聞いたところでやれることなどないと分かっていながら、それを聞くのを止められなかった。
「僕たちの生きる目的でもあるからな。」
しかし、帰って来た答えは意味の分からない事だった。
魔王を倒すことが目的なのか、はたまた、死地に行くことでしかスリルを味わえないのか。
予想していたのとはまったく違う答えが返ってきたため驚きと疑問の表情を浮かべたジギラスであったが、そんな感情はふっと笑ってかき消した。
何であっても良いじゃないか。
こいつらにはこいつらの信念がある。
圧倒的に格上の相手に挑むというのはこいつらが一番わかっているのだ。
そのうえで行くのだから、トワもリーティアもこのような訓練を申し出てきたのだ。
自分は何も分かっていなかった。
「よし、分かった。じゃあ行って来いよ。そんでもって勝ってこい。絶望の象徴でこの町の笑顔を絶やす魔王を倒してこい!」
「ああ、任せろ」
「ジギラスは寝てていいよ。私たちがちゃちゃっと倒してきちゃうから」
そう言って2人はジギラスを後にする。
もしあいつらが魔王に勝って帰ってくるのなら、あいつらが許してくれるなら一緒に旅をしてえなぁ。
今日までなんの目的も生きる意味さえ失いつつ生きて来た自分には眩しすぎたあいつらと一緒に旅がしたい。
あいつらの生きる目的とやらを一緒に果たしたい。
「よし、リー嬢とトワ坊が帰って来たときに盛大にパーティーでもやってやるか。あと俺自身も少し特訓しねえとな。あの2人にはすぐに追い越されちまいそうだしよ」
剣を振りゆっくりと魔獣の巣食う森に歩いていく。
血だらけ、傷だらけの彼の後ろ姿は、どこか吹っ切れたような大きな背中だった。
「安心しろよ、万に1つ『憤怒魔王』が来たら俺が責任もって殺してやるからよ」




