29話 恐怖の胎動━━終焉━━
「いやぁ、今日も授業大変だったー。何言ってんのかちんぷんかんぷんだよ」
「俺っちもだよ~、リーティアちゃん。分かる言語で話してほしいわ」
「ほんとそれね。気が合うねぇ、カンガルー」
「リーティアちゃん、それってもしかして俺っちのことが………。俺っちにも春が来る!?」
「それだけはない」
カンガルーの言葉に冷め切った雰囲気で返すリーティアに笑いが起こる。
スタンピードから数日経ち、なんてことのない日を過ごしていた。宴会のことは…………うん、忘れることしよう。僕自身もそんなに記憶がないのだが、あの後から少しリーティアが冷たい。
いつも通り授業を終えてみんなで夕食を街の定食屋で食べていた。
ここのご飯は多い割に低価格で、食べ盛りの魔法学校の生徒たちにも人気なのだ。
特にオススメは焼きコプランタームである。どうやら海の魔物でかなり強いらしいが、コレがうまい。ホロホロと口の中で崩れる身をパリッと焼くことで旨みが口の中で暴れるのだ。君たちも異世界に行くことがあったら是非寄って欲しい。
海の魔物かぁ、いつか戦うことがあるのかなぁ。
「それにしてもトワさんたちと学べるのもあと1週間ですか。さみしくなりますね。正式に入学は考えてないんですか?」
「今のところは考えてないよ。確かに刺激的で楽しい毎日だったけど、学べるものは学べたと思うしな。それに、僕たちにはやることがあるし」
死ぬのが当たり前の世界を変えたいっていう壮大な夢がな。
「そうですか…………」
「そう悲しい顔しないでくれよ。まだあと1週間もあるだろ。目一杯楽しもうぜ」
「はい…………」
まいったな。
アルジェたちがここまで僕たちを想ってくれているとは分からなかったな。
まあ僕も、同年代の友達が出来たのは初めてだから少し悲しいけどな。
「またいつか遊びに来るからさ」
せっかくの料理も少ししょっぱくなっちゃったかな。
だけど、たまにはそんな日も良いよな。
「ほら、お会計しちゃうから寮に帰っちゃいな。私たちもすぐに宿に帰るからさ」
「でも………」
「いいのいいの。こっちは稼いでるんだから払わせて。じゃあ、また明日ね」
少し申し訳なさそうにしていたが、僕たちが引くつもりがないと気づくとアルジェたちはお礼を言うと帰っていった。
アルジェたちを見送るリーティアの眼がとても優しく、そしてどこまでも悲しそうだった。
それは学校にいれる時間がもう少ないのを感じているようで、そこにはアルジェたちと離れたくない、学校に通っていたいという願いが感じられた。
彼女の前世を考えたらそれも当然なのかもしれない。
中学生というまだ青春もしていない年齢でトラックに轢かれ即死。そしてその後は、同年代の子どもたちと遊ぶことなく命を賭ける生活。彼女自身、深く考えないようにしていて気づかなかったのだろうが、友人と一緒に何かをするということに憧れていたのかもしれない。
そこに降ってわいた疑似的な学校生活。
それを失うことが寂しく思うのも仕方がない。否、そう思うことこそが健全なのだ。
「リーティアも学校に残っていいんだぞ」
ふと出たその言葉に自分自身びっくりした。
彼女と旅をしたいのは変わっていないし、戦力としても彼女がいなければやれることが途端に少なくなる。
何より最初に僕が誘った時はリーティアが付いてこないことなど考えてもなかった。
しかし、この夢は僕のエゴで、彼女がついてくる必要は一切ない。
彼女の『もう一回の人生』を僕が縛ることは出来ない。
「ううん、平気。私もユナたちが死んじゃう未来はイヤだからさ。私は私の意志で世界を変えるよ」
「…………そっか」
その言葉に安堵してしまう自分が情けない。
でも、そうか。この世界は生きているだけでもいつ死ぬか分からない世界だ。
その世界でアルジェたちがなろうとしている魔導士という職業は死に近い職業の最たるもので、数年後彼らが生きているという保証がどこにもない。
むしろ、あと2、3年もすればハンターに登録して仕事をしているかもしれないし、そうなればハンターの生存率など高が知れている。
「あいつ等が死ぬことのない世界を作りたいもんだな。……………………よし、帰るか。眠いわ」
勘定を終えて店を出ると辺りはすっかり暗くなって依頼から帰って来たハンターの姿が多くみられた。
暗くなってくると危険が増えるからハンターはだいたいこのくらいの時間にはギルドに帰ってくるらしい。
「あ、この前のオークの査定が終わったらしいからギルドに寄って行こ」
とリーティアが言うので眠い目を擦りながらもギルドに行くことになった。こういうのは後回しにすればするほど面倒くさくなってしまうからな。
チリンチリン
うう、扉の鈴が眠たい頭に響く。はやくお金貰って帰ろう。
受付で査定番号を言うとすぐに銀貨が何枚か入っている袋を支給してくれた。結構待たせちゃったのかもしれないな。
うーん、これは地球で言うところのいくらくらいなんだろう。まだ、こっちに来て1年ちょっとだし、細かい金銭関係が分からない。買い物はリーティアがついてきてくれるし。
「よし、帰るか。もう限界だ」
「今日は朝早かったもんね。私もすぐに寝ちゃいそうだーーー」
ーーーバタンッーーー
リーティアの言葉が切れる前に響いたその音に反射的に目を向ける。
扉についている鈴よりも大きな音を立てて勢いよく入って来たのはハンターの男だった。
しかし、目に着くのは彼がハンターだからではない。彼の衣服はボロボロに破れ泥があちこちに付いている。目も血走りいつまで経っても呼吸が落ち着かないようだった。
「おい、大丈夫か?」
眠気などすぐに消え去り、尋常ではない様子に声をかけると、膝をついた彼は焦点の定まらない目で震えた声でギルド中に響くようにこう言った。
「『憤怒魔王』が………動き出した!!!」




