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始まりを刻む  作者: 桶満修一
第1章 超能力者の異世界転移
3/56

3話 誘惑には抗いがたく、そこで初めて人は欲を実感するのだろう

 ゴーン ゴーン ゴーン


 朝日と一緒によく響く鐘の音が聞こえて目が覚める。

 あとから聞いたことだが、この鐘の音は朝の6時を知らせる鐘らしい。0時を除いて6時間ごとに毎日鳴っているようだ。

 まだ左腕はズキズキと痛むが、動かさない限りは大丈夫そうだ。


 「今日はかるく依頼を受けに行こうかな。お金もこれから必要になるだろうしね」

 「分かった」


 僕より少しゆっくりと起き上がった彼女はそう言って身支度をしだした。

 ちなみに僕の名誉のために言っておくが、彼女が着替えるときとかは部屋の外に自分から出ているからな。こんなことで彼女に嫌われるわけにはいかないし、何より倫理的に行動しただけだ。

 宿から10分も歩けばギルドと呼ばれるところに着いた。


 チリンチリン


 ベルの音と共にドアを開けるとムワッとした空気を顔に感じた。

 中には大柄な男や小さな杖を持っていう者などがたくさんいた。みんながみんな強そうでーいや、実際に強いのだろうがー少ししり込みしていると、その中の1人がリーティアに話しかけてきた。


 「おっ、リー嬢。男を連れてどうしたんだ?男を落とすにゃ早いんじゃねえか?」


 話しかけてきたのは齢30程の全身傷だらけの男。

 室内にいるハンターたちが依頼を探しているなか、彼一人だけが椅子に座ってコップを持っていた。


 「うるっさいわね、ジギラス。トワ君は養ってあげてるだけ。それに私は今年で16だよ?もう十分お姉さんでしょ」

 「アホ、まだ全然ガキだ」


 そう言うと、ジギラスと呼ばれた男はビールを呷る。

 朝っぱらから酒を飲むのかと心配になったが、こんな世界なんだ。我慢するのがバカらしいのかもしれない。


 「それで?今日はどんな依頼を受けるんだ?面白い依頼なんてねえぞ?」

 「今日はオークの討伐でいいかな。小銭を稼ぎたいんだ」

 「へぇ、珍しい。大丈夫だと思うがせいぜい気を付けろよ」

 「はいはい」


 会話が終わるや否やリーティアは依頼の紙を持って受付の方へと向かっていってしまった。

 依頼登録をするのだろうが、こんなところに一人にしないでほしい。心細い。


 「おいトワって言ったか?俺はジギラスだ。よろしくな」

 

 1人の僕を気遣ったのか、それともただ単に興味を惹かれたのかは分からないが、ジョッキを傾ける手を動かさないでジギラスが僕に話しかけてきた。


 「ああ、星見永遠だ。よろしく、ジギラス」

 「おうよ。見ねえ顔だが、どこから来たんだ?リー嬢が簡単に懐くなんてあんまりねえからな」

 「っと…………、けっこう遠くの方からかな。リーティアには本当によくしてもらってるよ」


 答えながらジギラスが僕を品定めしているのだと気づいた。

 先ほどの会話から彼がリーティアと親しくしているのは分かるし、彼女にいきなり現れた僕を不穏に思うのも当然のことなのだろう。

 まさか、彼氏とかじゃないよな。


 「ま、リー嬢の相手は大変だと思うが頑張ってくれよ」


 そう言い残すと、再度ジョッキを呷って最後の一滴まで飲み干す。

 新たに頼もうと右手を大きく上げる彼のその腕に嫌でも目が行ってしまった。切り傷や擦り傷などの生々しい傷跡がたくさん残っていたからだ。


 「なあ、ジギラス。その傷って」


 話題に困ったからなのかは分からないが、僕は気づけばそのような質問をしていた。キズのことを聞かれるのはイヤかもしれないという事は考えなかったのは、後になってから気遣ったことだ。


 「あ?どの傷だよ。これは若い頃のオークで、こっちは戦争があったときので…………」

 

 幸いにも彼がそのような些事を気に掛ける性質ではなかったことは良かった。もし怒らせて戦うことになっていたら、彼と僕の実力差じゃすぐにやられてしまっていたからな。

 そして、いくつもの傷跡を残した彼の全身を見て僕は1つの疑問を感じた。


 「なあ、ジギラスは死ぬのが怖くないのか?傷つくってめちゃくちゃ痛いだろ?血が出る時って意識が遠のくだろ?それがイヤじゃないのか?」


 自分が死にかけた昨日を思いして言う。

 あの時の絶望と焦燥、言いようもない苦痛は思い出しただけで拒絶反応に襲われる。

 それをこの傷だけの回数経験してきたという事実に不思議に思ってしまったのだ。

 しかし、当のジギラスの反応はさっぱりとしたものだった。


 「んー、死ぬのが怖いってのはねぇな。俺たちいつかは死ぬんだし、早いか遅いかの違いだろ?」


 その時の衝撃はどれほどだっただろうか。

 地球でもそういう風に考える人は多くいるが、彼らとは比較にならない何かを感じた。

 まるでこの地に植え付けられた呪いをまざまざと突き付けられた、そんなような不快感だった。


 「それに今は平和になったしな」

 「平和?今がか?」


 僕の不快感をよそに言われたジギラスの言葉には頷けない。

 僕はこの世界に来て1日で死にかけたんだけど。

 これが平和だったら、一昨日までいた日本は何?サンクチュアリだったりしたのか?


 「ちょっと前までいろんなところに『魔王』がいたからな」

 「魔王?」


 聞きなれない言葉に聞き返すと、ジギラスは呆れたように説明を加える。


 「んだよ知らないのか?ったく、最近の若いもんは。いいか、『魔王』ってのは超越者だ。全部で7人の魔王はそれぞれが1つの軍に匹敵するとも言われるくらい強くて、基本的にはどの国も手出しできない。当然だ、これまで何度も挑んできたのに、結局国は誰も倒せなかったんだからな。」


 ━━━━そいつらには絶対に遭わないようにしよう。

 見もしない魔王を相手に僕がそう決心していると、ジギラスが続ける。


 「だが、魔王連中が殺し合ったことがあってな、それで結構数が減ったんだ。今生き残ってるのは『憤怒魔王』『色欲魔王』『暴食魔王』『傲慢魔王』の4人だけだ。それに『色欲』以外の場所は分かっているからな。そこに近づかなければ大丈夫ってことだ。な、平和になっただろう?」


 たしかに核爆弾の場所が分かったのは平和になったと言えるのかもしれないが、僕が怖がっているのはそこら中にいる小型爆弾の方なのだ。魔王なんて途轍もないものは正直知ったところでどうにかなるものでもないだろうに。

 まあ、関わらないようにしよう。


 「あ、ちなみに俺は『色欲魔王』には遭ったことあるぜ。いやー、不気味なヤツでな。結構離れたところにいたと思ったんだけど、向こう俺のことに気づいて他っぽいんだよな。ま、殺されないうちに逃げたけど」


 うわぁ、どこで遭ったんだろ。

 ここら辺だとイヤだな。


 「トワくーん。依頼受けたから行くよー」


 どうやらリーティアの支度が整ったらしい。

 ジギラスに背を向け歩き出すと、背後から「それと…………」と彼の声が聞こえた。


 「あんまりリー嬢に悪さしないでくれよ」


 意味の分からない言葉に首を傾げ尋ね返そうとするも、リーティアが催促するように大声をあげるので短く「ああ」と応えるのが精いっぱいだった。

 「悪さをするな」?当然だろう。命の恩人なんだから。

 彼の言葉の真意がこの時の僕はまったく分かっていなかった。


 

 「今日の依頼はオークの討伐ね。近くの村でオークが出たらしいから、それをパパっと倒しちゃおうって依頼」


 ギルドを離れた僕らは鬱蒼とした森の中を進んでいた。

 道にもならない道を進む中、リーティアが受けた依頼の『魔豚猪』の討伐について説明を受けた。

 『魔豚猪』。地球にいたころのゲームなどにも多く登場した豚のような猪のような二足歩行の魔物。強い力と反比例した劣った知能が特徴的なのだと。

 

 「私もオークの討伐は結構やってきたし、トワ君を守りながらでも十分こなせると思うよ」

 「それは頼もしいよ」


 今の僕は超能力も使えなければ、走る速度も力を振るう筋力も一般的な男子高校生よりもないのだ。魔物に襲われたらどうすることも出来ない。

 しかも魔法が使えないという事が昨日分かってしまったのだ。これから僕は生き残ることが出来るのか?


 「そのことなんだけどさ━━━」


 不安が声に出たのか、僕の中に生じた声にリーティアが思いついたように言葉を紡いだ。


 「その超能力って本当に使えないの?」

 「?どういう意味だ?本当に使えないぞ。いや、少しは使えるのだが指先だけのほんのちょっとしか使えない。地球の頃のようにはまったく無理だ」


 この時自分で言って気づいたのだが、超能力が指先で使えていたのだ。もちろん、使える範囲が小さすぎるし、何かに邪魔されて万全に使えるわけではないが、それでも少しは使えていたのだ。

 いや、これだけじゃあ身を守るのには全く使えないと落胆し出かけたため息は、リーティアの嬉しそうな声によって遮られた。


 「じゃあさ、もしかしたら魔法が使えるかもしれないよ!」

 「本当か!?」


 彼女の放った言葉に思わず大声を出してしまう。その声に反応したのか、周囲の草がザワザワと揺れた気がして咄嗟に口を手で押さえる。

 森に入る前から大きな音を出さないように言われたのだが、失念していた。

 しかし、彼女の言った言葉がそうさせるほど僕にとってショックの大きいものであったのだ。


 「どういうことだ」


 やりすぎなくらい小さな声で尋ねると、リーティアはまるで教師にでもなったかのように語りだした。


 「いいですか、トワ君。昨日も言った通り魔法を使うには魔素が必要なのです。トワ君には体の中に魔素がないから無理かなと思ったのですが、超能力が少しでも使えるのだったら体外の魔素を使えばいいのです」

 「体外の魔素?」

 「そう。体外の魔素を使って魔法陣を描くことが出来れば、魔法だって使える!はず」


 最後にはキャラを忘れて普通の言葉遣いになっていたが、そんなことは気にならなかった。

 もしかしたら魔法が使えるかもしれない。

 ああ、なんという希望なのだろうか。


 「でも結構難しいかもな。この動かしにくいのが魔素なんだろう?これで魔法陣を描くのは骨が折れるな」


 超能力を少し使えば指先に地球では感じなかった感触が伝わる。

 まるで小さな鉛のようなこれが魔素なのだとしたら、魔法陣を描くのは簡単ではない。なぜなら普通にサイコキネシスを使うのとは違って、魔素は重たいのだ。


 「え?魔素を感じられるの?才能あるんじゃない?」

 「リーティアだって分かるんだろう?僕に魔素がないって分かったじゃないか」

 「体内の魔素だったらね。外にあるのは分かんないよ。トワ君ってもしかしたら━━━━静かに」


 言うと、彼女は即座に身を潜め音を消す。

 僕もそれに倣って彼女の後ろに隠れると、彼女の視線の先には二足で歩く豚が数体歩いていた。

 肌の色は薄汚れた灰色で、顔は醜悪で染められていた。視界に収めるのすら憚られる醜い魔物は森の中を自分たちの家のように闊歩していた。


 「報告では1匹って聞いてたのに。依頼料を渋ったな~」


 後からリーティアから聞いたことなのだが、討伐する魔物が多いほど依頼者の金銭面での負担は大きくなる。そのことから依頼者が魔物数を誤って報告することが度々あるらしい。

 今回の場合は1匹と聞いていたオークが3匹もいたのだ。かなり肝が据わっている依頼者のようだ。


 「でも、リーちゃんだったらこれくらい余裕ってわけ。それじゃあ行ってくるね」


 自信満々といった風に言ったその言葉が僕の耳に届いた瞬間、彼女は消えた。いや、違う。僕の眼じゃ追えないほどの速度でオークの許へと駆けていたのだ。


 「1匹目」


 静かな森に彼女の呟きが聞こえたときには、オークの巨体がドシーンと大きな音を立てて沈んでいた。

 首元からは紫色の血が流れているから、それが致命傷なのだろう。死んだオーク含め、この場にいる誰もが彼女の所業に気づけなかった。


 「2匹目」


 そしてその衝撃も冷めないうちに2匹目のオークも絶命する。今度は即死じゃないのか顔には切り傷が2つ刻まれているが、それがむしろ「2匹目」の印のように恐ろしく思えた。


 『グアアアア!!!』


 仲間の2匹がやられてようやく異常に気付いたオークがそう絶叫し、足元にいたリーティアに大きな拳を振るう。

 華奢な彼女の体躯ではその拳は必殺の威力を秘めているのだろうが、彼女はまったく臆することなく寸前でそれを躱す。まるで死ぬことを畏れていないような所業だ。


 「ラスト」


 振るわれた拳に沿って腕から肩へと剣を走らせて頸動脈をグッパリと切ると、間もなくオークは動かなくなった。

 

 「よし、おしまい。疲れた~」


 身体をグイーと伸ばしてリラックスする彼女はいつも通りの姿だった。

 震撼した。

 戦闘が終わった今になって彼女が短剣を持っていたのだと気づけるほどの超速に、攻撃に身を震わせることなく戦う丹力。

 驚異的な戦闘能力だ。


 「それじゃあ、素材をとらせてもらおうかな~…………っく!!」


 『ホウ、今のを防グか。なカなカやるな、小娘』



 …………なんだ………………、アイツは?



 さっきのオークたちよりも一回りは大きい体躯に、鋭い牙。右手に持たれたメイスは使い込まれたようで古い血がびっしりと張り付いていた。

 そして何より異常だったのは、ヤツが話す人語だ。知能が低いはずのオークが人語を解し人語を話す。異常以外の何物でもなかった。


 足が震えていた。

 生まれたての小鹿などという月並みな表現なんかじゃ表しきれない震えが、眼前の魔物に対する恐怖を明白にする。

 昨日感じた死の恐怖が呼び起こされる。


 逃げたい


 僕がそう思ってしまったことをどうして他の誰かが攻められるだろうか。


 「へぇ、オークロード。帝王種なんて初めて見たよ」

 『よク知っているじゃナイか。そう、我こそハこの世界ノ王の一角。ヒざまズけば見逃してヤるやもしれヌぞ』

 「冗談。アンタみたいなブスに膝をつくなんて考えたくもないよ」


 その声が遠くから聞こえていた。

 リーティアの高い声がどんどん遠くになっていった。

 僕は生という甘い誘惑に抗うことが出来なかった。


 僕はその場から、逃げていた。



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