26話 エリーナ・ルシフェリア
眼前に広がるのは蟲の行列を思わせる魔物の大群。
ぞろぞろと街へと向かってくる魔物を視界にとらえた者たちは怯えない。生憎、この世界の者たちは揃って思考の回路がくるっている。怯えるよりもむしろ、どれほど稼げるだろうかと舌なめずりをする始末である。
その姿に複雑な心境のトワだが、しかし今だけは頼もしくも感じていた。
「まずは私が一発かましちゃうよ」
エリーナがそう言うと、彼女の周りで魔素が踊りだし1つの魔法陣を構築していく。
その魔法は中級魔法の一種、広範囲の殲滅を得意とする魔法『星雨』。魔法陣が淡い光を放ち、それと同時に魔物たちの上空に金色の雲がかかりだす。
「星雨」
彼女の号令と共に金色の雲から光の雨が降り注ぎ、魔物を焼き殺していく。
皮膚を焼かれ、臓器を熱に包まれる魔物たちは苦悶の表情を浮かべ、倒れ伏していく。とどめをさすことは出来ていないが、それでも侵攻を抑えることが出来ているのだから防衛という面では十分な成果である。
数多くの魔物を戦闘不能にしたが、それでも数が減っているようには見えない。そしてこの魔法は絶大な威力を誇るが、その分そう多くは撃てない。しかし、エリーナの眼はむしろ歓喜に満ちていた。
「良いじゃん。いろんな魔法を試させてね。さあ、蹂躙の始まりだよ」
━━━王宮魔導士エリーナ・ルシフェリア━━━
彼女はコリプラン国東端の小さな村で生まれた。
村民の数は100にも満たず、もはや村という体裁を保っておくことも難しい中、この天才は産まれる。幼いころから頭が良く、小さなことに良く気づく利口を絵に描いたような子供だった。
本をよく読み、計算さえも自力で導き出す。
この子を前に、村の大人たちは「天才だ」と持て囃した。誰かに会うたびに褒められ、何かをするたびにたたえられた。
だからだろう、彼女は幼いながらも天狗になっていた。
仕方がないことだとは思うが、大人たちをバカにしていたのだ。自分が簡単に分かることを大人が分かっていない。ただ生きながらえただけの、自分よりも頭の弱い人間であると認識していた。
彼女が5歳の頃、村の端に「進入禁止」の文字が入った看板が見えた。
看板の先、柵の先には人の手が入っていない森があることは知っていた。そして森の中には魔物がいるという事も。
だがしかし、彼女は魔物を畏れてはいなかった。
それはこの世界特有の感覚なのではなく、ただ単に魔物を見たことがなかったからだ。加えて、村の大人たちに魔物のことについては習っていたが、それを信用していなかったことが原因であった。
自分よりもバカな大人の言うことなど信用できない、そう思っていたのだ。
「ちょっと見て見るだけ」
小さな声で呟くと、柵を潜り抜け、森の中へと足を踏み入れていった。
森は知識の宝庫であった。
知らない薬草、知らない昆虫、知らない木の実。どれもこれもが好奇心を刺激し、夢中になって森を歩き回った。
大丈夫、帰り道だって覚えている。大人に見つかった時の言い訳も考えている。もし魔物に見つかっても戦えるだけのものだって持ってきている。
天才(私)にかかればこんなところ何の危険もありはしない。
そんな風に調子に乗りながら森を闊歩し20分が経過したとき、イヤな予感がした。
ガサガサ
自分以外の存在が出す音を感じ取ったのだ。
ふと音のした方を見ると闘狼がいた。
よだれをたらしながら、しかし警戒を緩めず幼子を見据えていた。
対する幼きエリーナはの心境は落ち着いていた。
(こんなもんか)
大人たちが警戒している魔物もこんなものか。
村の大人たちよりも小さい図体に何を恐れればいいのか。こんな魔物、手にした武器で一発である。
そう考え、手にしていた武器を、少女の見た目にはそぐわないナイフを構えた。
ナイフを構えた瞬間、緊張が走る。命を奪える武器の重みが掌に感じる。
相対する闘狼も警戒を強め、じりじりと少女に近づく。
柔らかく、もちもちとした触感を想像し唾液が滴り落ちる。コリコリとした骨もアクセントにちょうどいい。
美味を想像し我慢の出来なくなった闘狼がようやく襲い掛かる。小刻みに右へ、左へとステップを刻み、ただ一人の少女へと近づいていく。
「ふんっ」
しかし、少女は余裕の表情でそれを見ている。
舐めているのだ、この狼を、この世界を。
素早く動きまわる闘狼をしっかりと目で追い、狙いを定めて━━━
「はっ!」
ナイフを投げる。
幼子の力とはいえ、小さな村で毎日仕事をこなしている子供の力だ。なかなかの速度で闘狼へと進み、そして、命中する。
「よしっ」
ナイフは闘狼の右目に刺さり、赤い血が滴り落ちる。
激痛でころがりまわる闘狼を横目に、やはりこんな程度かと思いながら走って逃げていく。とどめをさすことは出来ないが、このように時間さえ稼げれば逃げるだけならば出来る。
「ふん、どんなもんよ」
既に身を守る道具は失ったが、あと数分もすれば村に戻ることが出来る。村に冴え戻れば、柵がある。あのサイズの魔物では通り抜けることも出来ないだろう。
たしかに魔物も対処を間違えれば恐ろしい生物ではあるが、私にかかればどうってことのない問題である。やはり大人の言うことは信用に足らない。
そんな風に嘲笑しながら走って森の中を進んでいると、後ろから音が聞こえた。
唸り声だ。
「え?」
後ろを振り向いたのがいけなかった。
後方には右目を潰され怒りに燃える闘狼が少女を喰らおうと迫ってきていたのだ。
未だに血はとめどなく溢れているが、足を緩めることなく襲ってくる魔物に、エリーナはその時初めて恐怖を感じた。
産まれて初めて感じる恐怖は足を綻ばせ、転んでしまう。膝からは血が流れ始めた。
しかし、その血に意識を向けることも出来ない。
闘狼がそこまで迫っているのだから。
「いや………」
彼女の呟きは虚空へと消える。
「助けて………」
彼女の懇願は静寂へと還る。
闘狼は1歩1歩少女へと近づき、疾走する。
少女まであと数歩といったところで、闘狼は飛び掛かり少女の体目掛けて口を開ける。
もう、無理だ。
「いやあああああああああああああああああ!!!!」
小さな命の灯が消えかけ、少女は最期に腹の底から声を出し、心の内を熱く燃やす。
思い浮かべたのは村で一度だけ見た『風刃』。魔法の使い方など習ったこともないし、やろうとしたこともない。
しかしそれはいつものこと。
やるしかない。
そう思った瞬間、体の中を何かが循環するのが感じた。
それをあの時見た魔法陣へと変換する。細部まで、しっかりと記憶を引きずり出し、それを天性の感覚と、土壇場の度胸で構築していく。
魔法陣に魔素を入れていく。
慎重に、それでいて迅速に。
魔物が私を殺すまでもうコンマ数秒。
それまでに魔法を完成させる。
私がこんなところで死んでいいはずがない。
世界の損失だ!!!
気づいた時には、すべてが終わった後だった。
目の前には闘狼が3枚に別れていて、辺りには血の匂いが充満していた。
妙に体調が優れないのは恐怖が原因なのか、それとも魔素を使ったからだったのか。
冷静になった少女は血の匂いで他の魔物が訪れるのを恐れて、逃げるように帰っていった。
それからの彼女は魔法の勉強に没頭した。
村の大人たちからあらゆる魔法を習い、それを使いこなそうと必死になった。
その頃には既に大人を嘲笑する癖も、世界を舐めることもなくなっていた。
その後、彼女は魔法学校に通うようになり、いつの間にか王宮魔導士の席へと座っていた。
さて、長くなったが彼女の魔法の起源はこの通りである。
天才と謳われた彼女は、あらゆる魔法を頭に叩き込み、あらゆる魔法を行使する。
この世にある魔法のほとんど全てを行使する彼女の通り名は。
『全奏』
過去を書き始めたら思ったよりも長くなっちゃった。
明日は多分無理です。やることがあるので。どこかで埋め合わせをしたいなって思ってる。




