15話 お引越し
トワがハンターになり1年が過ぎた。
この一年でディポニーの言語はマスターし、ハンターランクもFからDにまでなっていた。
言語に関しては日本語に似ているところもあったため異例の速さでの習得で、リーティアもこれには驚いていた。
ハンターランクの上昇もかなりの早さであるが、この速さには魔法が関係していた。
通常、魔法の習得には恵まれた才能と途方もないほどの努力が必要になる。
生まれた瞬間に魔力量は確定しその後の努力ではどうにもならないところが存在する。そして、神に選ばれ魔力量に恵まれようとも魔法陣を描けるほどの頭の良さと根気があってようやく魔法を使うことが出来るのだ。
魔法文字と呼ばれる古代文字とそれらをうまくつなげる魔法線を描かなければ使えない魔法。
才能だけでも、努力だけでも使役できない魔法はだからこそ、この世界でも重宝される。
例えばやんごとない身分の護衛。
たとえ武器の持ち込みが出来ないところでも魔法使い1人がいれば安心を得れる。一瞬にして敵を屠れる魔法は彼らの護衛で多く見られる。
他にも行商人やハンターの旅でもかなりありがたい存在である。水には困らない上に、酸素を使わない炎を生み出せる。これほどまでに旅にうってつけの存在がいるだろうか。
まあ、そのような理由もあって一種類とはいえ魔法を使えるトワのハンターランクは通常よりも上がりやすくなっているのだった。
そう、トワが使える魔法は1年たった今も火球だけであり、そのほかの魔法は未だに行使できない状況であった。
しかしこれはトワが悪いというわけではなく、魔法の異質さに原因がある。
これには先ほど言った魔法の難易度も関係しているのだが、割愛しよう。
とにかく、トワはこの一年で魔法関係は何一つ成長していないということだ。
「まあ、私も魔法って得意じゃないから教えられないんだよね~」
とはリーティアの言だ。
ただ、肉体的なことを言うのであればトワはなかなかの成長をしていた。
常日頃筋トレをやって身体強化をしても体を傷めないように。
相手の急所を覚え、そこへ的確に攻撃を入れる練習。
殺気を読み、攻撃を避ける訓練。
どれも1年じゃ半端なところまでしか行けなかったが、それでも転移してきたころと比べたら雲泥の差である。
ちなみにリーティアについてはほとんど変化していない。
というのも、彼女は元から年の割には完成されているほどの戦闘スキルを有し、日本で育ったこともあるというのに死を恐れていない節があるため、戦闘において彼女が変われるほどの魔物が生息していないのだ。
それがいいことか悪いことかは判断の分かれるところである。
そんな2人は今日も依頼を終えてギルドから帰ってくるところだった。
「今日もおつかれ~。トワ君も大分慣れて来たね」
「まあ、リーティアがいるって分かっているおかげかな。安心感があるから緊張しないですむ」
「え、プロポーズ?」
「違う。現状報告」
いつものように痴話げんかのような会話を繰り返しながら宿に着いて寝る準備を始める。電気の通ってないこの世界では夜にすることなどほとんどなく、この世界の入眠時間は地球とは比べ物にならないほど早い。
「あ、そうだ。そろそろこの町を離れようと思ってるんだけど、どこか行きたいところとかない?」
ベッドに入り眠ろうとしていた時、リーティアが軽い調子でそう言った。
「え?クリプン町をか?」
「うん。そろそろ別のところに行っていろいろと楽しみたいな~って思ってんだけど…………どうかな?」
もともとリーティアはこの町を拠点として活動しているわけではなく、クリプン町に来たのは偶然であった。
色々な町や国を回り活動するというスタイルを貫いていた。
「別にいいんだが………。行きたいところって言ったってこの世界の国なんてよく分からないしな。リーティアはどこかあるのか?」
「私?強いて言うなら少し下に行ってコリプランって国に行きたいんだよね。海があるって有名だから行きたいんだ」
「日本にいたときに見なかったのか?」
「私海なし県だったから」
リーティアが挙げた国名はクリプン町から南に少し行ったところにある国であった。
「そこは何が有名なんだ?」
「え~と、なんだったっけ?………あっ、そうだ!魔法だよ!魔法が盛んって聞いたことあるよ。なんか学校もあるらしいし」
「学校?」
「うん、魔法を教えてくれるエディス魔法学校!結構有名なんだよね、だれでも入れる学校ってことで」
彼女は眠りながらも思い出すかのようにその学校について話し始めた。
なんでもお金さえ払えば身分の違いや性別など関係なく入学できるという点が驚くべき点であり、また世界有数の魔法学校でありここを卒業した者が各地で活躍しているという噂もある。
「まあ、わたしはそんなことより海が見たいかな~。今になって学校とか行きたくないし」
「確かに少し気になるが、通ってる時間もないかもな。出来るだけ早くこの世界を変えたいし。だけど、そのコリプランってとこに行くのはいいんじゃないか?他に行きたいところはあるのか?」
「う~ん、ないんだけど…………」
どこか煮え切らない調子で言い淀むリーティアに、珍しいなと思いながら彼女に偽らずにいうように求める。
彼女は少し声のトーンを落としながら不安を吐露した。
「実はコリプランのすぐ下に『憤怒魔王』の領地があるんだよね……。怒りやすいやつみたいでなんかの弾みで襲われるんじゃないかって少し不安なんだよね」
リーティアの放った言葉にトワが記憶を探る。
彼女の言った『憤怒魔王』とはこの世界に存在する『魔王』の一柱であり、世界から超越者として定められた存在なのだ。
現在存在が確定されている『魔王』は『憤怒』『色欲』『暴食』そして『傲慢』の4柱であり、彼らはいずれも接触不可能な存在で、彼らに立ち向かって生きて帰ってきた者はいないとも呼ばれていた。
「………その『憤怒魔王』ってのはそんなに強いのか?」
「さすがに私もどんくらい強いかは分かんないけど、少なくとも今の私たちじゃ勝てないよ。Aランクのハンターでも勝てないって言われてるもん」
「そうか……。まあ、でも気にしなくていいんじゃないか?僕たちから接触しない限り大丈夫だと思うし、問題ないだろ」
トワのやけに自信の入った言葉にリーティアは心の中で(だけどトワ君ってこの世界に来て3日で3回死にかけてるんだよなぁ)と振り返り、それが不安を掻き立てるが黙っていた。
転移直後のウルフにオークロード、子供を助けたところのゴブリンとこれらの臨死体験が3日で起きたことは、いくらこの世界が死に近いと言っても異常な経験であった。
「まあ、いっか。それじゃあコリプランに行く準備をしよっか。挨拶したい人とかいる?」
胸の内を燻る不安を無視してトワに語り掛けるリーティア。
引っ越しの準備とはいっても、ハンターの荷物は少なく今回の場合はクリプン町にいる友人やお世話になった人への挨拶だけで問題なかった。
「う~ん、挨拶っていっても、この町の人とほとんど関りなかったからな。ジギラスとかロウくらいか?」
「もーコミュ障なんだから」
「リーティアは誰かいるのかよ」
「ロウとジギラスだけだよ?何か問題ある?」
「いや、ないけど…………」
1年以上を過ごしてこのような2人の交友関係の狭さにはほとほと呆れかえるというほかないが、ハンター同士での飲み会に参加できないということが原因の大半を占めていた。
トワたち以外のハンターはロウを除いてみんな20才を超えており、酒も日常的に飲む。この世界で成人しなければ酒を嗜んではいけないという決まりがあるわけではないが、日本にいたころの記憶から避けていた。
それゆえに、ハンターの友人は増えず、仕事以外で深い関係を作れずにこのようなことになってしまったのだろう。
「………コリプランではもう少し頑張るか」
「えー、私はトワ君がいればだいじょーぶなんだけど」
「そう言うなって。とりあえずジギラスに挨拶だけしていくか」
リーティアの発言に少し赤面しながらギルドに向かって歩き出す。
件の彼ならばいつものようにギルドで酒でも呷っているのだろうと予想をつけたのだろうが、その予想はあっさりと覆されてしまった。
「ジギラスさん?あの人だったらもうこの町にいないぜ。昨日……いや一昨日か、そんぐらいに用事があるって言ってどっかに行っちまったよ。まああの人もいろんな所を回ってるらしいから仕方ねぇんじゃねえか?」
ちょうど依頼に行くところだったロウに聞けばそのような言葉が返ってきた。
たしかにジギラスもリーティアと同じようにクリプン町がホームというわけではなく、様々な国と都市を渡り歩いているため何も不思議なことではない。彼がどこ出身なのかを知っている者すらほとんどいないだろう。
「マジ?ちなみにどこに行ったかは知ってる?」
「いや、分かんねえ。はあ……、あの人がいないと高ランクの依頼を消化しにくいんだよな。お前らも手伝ってくれるか?」
少しの期待を込めながらそう頼み込むロウであったが、それはリーティアによってすぐに折られてしまった。
「ごめんムリ。私たちもすぐにコリプランに行くから」
「はあ!?」
「この町にもけっこういたからね~。そろそろ別のところに行きたいんだ」
「………………トワと一緒にか?」
「?まあ、そりゃあね」
リーティアのあっさりとした言いようにぐったりとうなだれるロウ。
彼女に恋するロウとしては想い人が遠くに行ってしまうということに加え、その人が他の男旅に行くと考えただけで胸の中に何とも言えない燻りを感じる。
しかも、この世界で一度離れたらもう二度と会えないということもあるのだ。
それは連絡を取りづらいということでもあるし、死ぬ可能性だって十分にある。
「~~~気を付けろよ」
「うん、ありがとう。ロウもね。また会おうね」
「ああ、必ずな。…………トワ、お前が守ってやれよ」
「分かってる」
ぶっきらぼうにそう返事してギルドを後にする。
一緒に戦った仲間との別れとしては少々不愛想な気もするが、彼とロウの出会いを考えれば妥当なのかもしれない。
結局、ロウが依頼に行ってしまってクリプン町での挨拶はこれで仕舞いになってしまった。
もうこの町でやることもなく、日はまだ高いが宿に戻り夜まで暇していた。
夜にはクリプン町で最も高級なレストランである『猫のしっぽ』というところでこの町での最後の晩餐を終えた。
「それじゃあ明日、コリプラン国に行こっか」
「ああ。何があるのか、少し楽しみだな」




