お前ワクンチ打っただろ?
この作品はフィクションであり、実在の人物・団体・思想・出来事とは一切関係ありません。
「ジェイナー、お前はクビだ。」リーダーの勇者・ハワードは突然俺に向かって唐突にクビを宣言した。
「え?いきなりなんだよ。」俺は突然のことに困惑して反論する。
「俺たち勇者パーティーに無能はいらないんだよ。だいたいなんだよ賢者って。」ハワードは今にも殴りかかりそうな勢いで詰め寄ってくる。
「お前たちが今まで勇者パーティーとして活躍できたのは俺がバフをかけていたからだろ?」俺は負けずに反論する。
「はあ?お前のバフの恩恵を感じられたことなんて一度もねえよ。」ハワードは俺を睨む。
「おい待て!そうだろ?俺はいつもお前たちにバフをかけてた。違うか?」俺はそう言って他のメンバーを見回す。
しかし、無情にも彼らは首を横に振る。
「あなたのバフ、なんかかゆいのよ。」聖女が呟く。
「そうそう。お前のバフかけられるとなんかこう、身体が別のものになった気がするんだ。」盗賊も同調する。
「俺もそうだ。お前のバフをかけられると矢が当たらなくなる。」狙撃手も隅から同意する。
「そう。魔力を吸い取られて逆に弱くなる気がする。」魔術師も甲高い声で攻めてくる。
「な、なんでだよ…俺は今までお前らのためにバフをかけて…俺たちが勇者パーティーに選ばれたのはみんなで助け合ったからだ。誰か一人でも欠けていれば俺たちは…」そう言い終わらないうちにハワードは机をドンと叩いた。
「お前。ワクンチ打っただろ?」ハワードは俺を睨む。
「俺たち言ってたよな?ワクンチは毒だから打つなって。魔王軍の生物兵器だから打つなって。でもお前打ったよな?それどころか出向いた先の村で普通の村人にも打っていた。」
「そうよ!私も見てた!小さい子供にもワクンチを打ってた!人の心はないの?」聖女が涙ながらに訴えてくる。
「シェディングよ!あなたの打ったワクンチがあなたの強化魔術を通じて私たちに害を及ぼしてるの!」魔術師は相変わらず甲高い声で叫ぶ。
「ということだ。本当はワクンチを強要したお前なんかこの場でぶっ殺してやってもいいんだが、まあ、俺も鬼じゃない。見逃してやる。 とっとと失せろ無能。愚者。」そう言ってハワードとその仲間たちは俺を部屋の外に出すと鍵をかけてしまった。
俺はその扉を叩くこともなくパーティーを去った。何年も一緒にいたパーティーから離れるのは耐え難い悲しみがあった。ハワードとは幼馴染だし、何年も苦楽を共にしてきた。
俺は勇者パーティーの拠点を離れる。振り返ることはなかった。
こうなってしまったのには理由がある。2年前、この王国を恐ろしい伝染病が襲った。感染すれば10人のうち3人が死ぬという恐ろしい病だ。当然、王都や周辺の村でも大きな被害を出し、高齢であったとはいえ王族や宰相が亡くなるという一大事になった。
そんななか、ある者がこの状況を変えうる素晴らしい薬を開発した。それが「ワクンチ」である。
薬草であるワクの花と、健康の神であるトルンチ神から名付けられた霊薬である。
この霊薬は薬草に神の加護を宿らせたものであり、これを摂取すると、体内で流行病に対する免疫が作られ病を予防するものであった。さらに、安価で製作することができ、王都では新宰相の強権的な政策により徹底的な封じ込めが行われある程度の成果を出した。
俺は賢者だったのでこのワクンチの有効性に早くから気付き、勇者パーティーの知名度を利用して大勢の前でこれを摂取し安全性と有効性を訴えた。
これらの努力が身を結び、ワクンチは大勢が摂取することとなった。
俺もパーティーの仲間たちに接種を呼びかけたが、彼らは元々勇者パーティーになるほど丈夫な身体であり、変に手を加えることを恐れていた。
俺もその気持ちは理解しており、自分が摂取してその経過を見せることで安心させようとしていた。
しかし、これをよく思わないものが一定数存在する。薬と毒というものは環境によっては境界が非常に曖昧になる場合がある。ワクンチ摂取後の体調悪化や死亡というごく少数の話題をことさらに取り上げ騒ぎ立てる者がいたのだ。小さい子供が亡くなったなど真意不明の情報をセンセーショナルに取り上げた。さらに、王国の弱体化を狙った魔王軍の策略であるとの事実無根のデマなども生まれた。
勇者パーティーの面々は元々正義感が人一倍強い者たちであった。子供が死んだ。魔王の陰謀などの噂を聞いてしまった彼らはその正義感故そのセンセーショナルな話題にまんまと乗っかってしまったのだ。
彼らは勇者パーティーとして公式に反ワクンチ活動を始めた。俺も最初はしっかり批判することはなかったのだが、流石に陰謀論が極まってきたため俺は彼らを諌めた。
その結果がこのザマだ。
「はぁ…新しいパーティーを探さないとな。」俺はため息をついた。
「新しいパーティーを探したいですか?」ギルドの受付の女性は困惑している。当然だ。目の前には有名な賢者がいるのだ。
女性はしばらく後ろで何かを確認した後申し訳なさそうな顔で言った。
「申し訳ありません。今賢者を募集しているパーティーがなくてですね。賢者ってバフ要員なのでどうしても予算に制限のある一般のパーティーでは雇う余裕がないんですよ。」
「そうですか。」当然俺は賢者なので十分予想できてはいたが、改めて現実を突きつけられてしまった。
変に勇者パーティーに土下座して戻してもらっても、陰謀論の極まった彼らに突然殺されてしまうこともありうる。戻ることはできない。
今まで稼いだ金も彼らに奪われてしまったので何とか今日だけでも生活する金を手にいれる必要がある。
俺は賢者なので戦闘向きではないが、ソロで狩りをするしかなさそうだ。
俺がまともに戦闘するなんて何年ぶりだろう。俺は首を傾げた。