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08. 未祭


 言葉の、応酬。

 まさに息もつかせぬ攻防。

 末繰が日本語で命令を下したかと思えば、未祭は命令に対応する解呪の術を発動してすぐさま反撃に転じる。

 未祭が地面を爆発させたかと思えば、それを読んでいた末繰が命令を発動して対抗する。

 言霊術以外はほとんど使えない未祭りとは違い、末繰は通常の陰陽術も繰り出しているようだった。


 「前言撤回。やっぱりなかなかやるわね」

 未祭が一旦距離を取る。


 「でも、まだまだ甘いわ。爆。爆爆爆」

 未祭が二本の指で末繰の足元の辺りを指さすと次々に地面が膨れ上がる。

 一発、二発、三発、四発、と次々に爆発が起きた。


 「おっと、危ない、危ない」

 しかし、末繰はそれらを右へ左へと軽やかに動いて素早く躱す。

 にやり、と笑った気がした。


 「爆裂」

 「っつっつ!」

 躱していた末繰の足元が今までのものとは比較にならないほどに隆起する。

 そして、爆発。

 先ほどまでの四発のおよそ三倍はあろうかという大きさの爆発が地面から巻き起こった。


 「足元がお留守なのよ」

 火の粉に目を焼かれないように爆発の中心地に背を向けるようにして未祭言った。

 俺の位置から見ている限りだと、四発の小爆発を十字型に巻き起こすことで末繰を誘導し、十字のちょうど交差する部分に末繰が来た瞬間を狙い、爆裂を巻き起こした。そう、見えた。


 「おいおい、死んでねえだろうな」

 「大丈夫よ。気絶する程度に加減したから」

 未祭の勝利を確信し、俺は未祭に叫びかける。未祭もそれに応えた。


 だが、俺はなにか違和感を感じる。

 おかしい。

 身体が『動かない』。

 術者が気絶すれば、術も解けるはずだ。


 「おい、未祭」

 ――気を付けろ。

 と言おうとしたときだった。

 俺は見た。爆裂の中心地。黒煙の上る焦げ臭いそこに、水の壁が建っているのを。


 「未祭っ!」

 俺が叫ぶも、ときは遅し。

 円形に配置された水の壁に囲まれた隙間からは金髪の少女。末繰久々利が姿を現した。

 水の壁とは言っても先ほどの爆裂は防ぎきれなかったようで、右手と右足からは真っ赤な血が湧き水のように流れ出ている。

 しかし、その表情は悲痛さを感じさせない、戦いの前のような自尊心に満ちた笑顔だった。爆円により少し焼けた唇はゆがめられ、小さく何かを呟いているようだった。


 「っつ! 言霊捕縛術。やってくれるわねっ!」

 未祭を見やると、俺と同じように腕を力なく垂らし、その場に這いつくばっている。

 だが、俺とは違う点が一つあった。

 未祭の両手両足、そして首には光り輝く枷が取り付けられている。

 まるで、数か月前に未祭と戦った時の俺のようだ。


 「やっぱり、あなたはすごいわ。共通言語感覚に働きかけて術を発動したのに、そのイメージ力なんだもの」

 末繰がその場で官能的にほほ笑んだ。

 そうか。

 末繰の術は相手の言語イメージを利用して発動する。

 落ちこぼれの俺と言霊術の天才の未祭とでは言語に対するイメージ力が段違いなのか。つまりは光の枷が差の、象徴。

 

 「爆。爆。爆! 爆っ!!」

 「無駄よ。枷はあなたの“業”の動きも阻害するわ」

 未祭が必死に術を発動しようとするも、その力はまったく発揮されない。

 右手をかばい、右足を引きずりながら移動してきた末繰が這いつくばる未祭を冷たく見下ろしている。


 「見て。この右腕。すごぉく痛いの。血が出てる。きっと爆発の衝撃で折れてるわぁ」

 依然として冷たい表情のままで力なく垂れた右腕を未祭の頭上に垂らす。

 その腕からは一滴、一滴と水滴のように末繰の血液が未祭の顔目がけて滴っていく。


 「あらぁ。あなた、元気そうねぇ」

 突如、その冷たい表情が破顔した。


 「『右手を逆向きに曲げなさぁい』」

 「があああぁぁああっ! あっ! あぁっ!」

 骨が擦れるような音がした後、木の枝を無理やりたたき折ったときのような音がした。

 俺は今目の前で起こった恐ろしい光景を、信じられないという思いで反芻する。

 末繰が言葉を発すると、未祭の右手首に取り付けられた枷を支点として未祭自身の右手が動いたのだ。

 

 その枷はそのまま動きを止めずに未祭の腕を動かして、関節の部分で動きが阻害されようともそのまま進んでいった。

 本来曲がるはずの間接とは逆に曲げられた右腕は折れ曲がった形のまま、未祭の身体の横に力なく沿っている。

 未祭は痛みからか、涎を垂らし、土塗れの顔で虚ろな目をしてあらぬ方向に曲がった自分の右腕を見つめていた。


 「次は右脚、ね? 大丈夫よ。死なない限りは助かるからぁ。

 科学と陰陽術が発達した現代では骨折なんて取るに足らない怪我じゃなぁい。

 痛みは……知らないけどね」

 「ひっ!」

 末繰は怯える未祭の顔を凝視して見下ろしている。顔こそ笑っているものの、その両目は冷たくよどんでいた。


 「こ、降参だ! 降参するっ!」

 俺は叫んだ。もうこれ以上未祭が傷つく姿を見たくない。

 だが、俺の無常な叫びは頭の中に響いてきた平岡の声にあっけなく否定された。


 「残念ながら、降参は認められないんですよ。これは実践を想定した訓練、だからね」

 その声は末繰と未祭にも伝えられたようで末繰は「話が分かるじゃない」とばかりに微笑んでいる。


 「じゃあ、自分の右脚にお別れはすんだわね? うふ。うふふふふふふ!」

 「い、いや、や、やめてっ! いやああああぁぁあ!」

 「み、未祭いいいぃぃいっ!」

 三者三様の叫び声の中また嫌な、音が響いた。


 「あら? あら。あら。あらぁ? もしかして気絶しちゃったのぉ?」

 電極を刺したかえるのように痙攣を繰り返す未祭の顔を、末繰が靴の先でつつく。

 末繰の眼には先ほどまでの自信に満ちた輝きすら見てとれない。

 今はただ、暗さしか感じ取れない二つの穴が未祭をぼうっと見つめているだけだ。


 ――こいつは、狂っている。

 俺は未祭の言葉を思い出す。


 「まぁ、指の一本でも折れば意識を取り戻すでしょ」

 軽い調子で言う末繰を見る。

 奴は、本気だ。本気で意識のない未祭をこれ以上傷つけるつもりなのだ。

 俺は未祭の言葉の意味を理解した。


 「くそっ! 動け! 動けよぉっ!」

 自分の身体を動かそうとひたすら陽の気を込める。

 しかし、身体が動くようになるどころか、俺の努力をあざ笑うかのように光の枷が現れた。

 俺の拘束がさらに強固なものとなる。

 そんな俺を見て末繰は「ふふ」っと鼻で笑った。


 「むだ。むだむだむだ。無駄よぉ。

 陽の気以外使えないあなたが私の術を破れるわけないじゃぁない。

 言霊術の天才……いいえ、天才だったこの娘でさえ破れなかったのよぉ? 

 なのに、そんなに陽の気を練って。ほんっと、むだ! 

 身体能力を強化して力づくで引きちぎろうってのっ? 

 そんな少年漫画みたいな展開が現実に、あるわけないじゃないっ!」

 末繰が狂ったように笑う。

 その語調の強さからは焦りは全く感じられず、ただひたすらに俺を嘲笑しているように聞こえた。

 少年漫画のような展開、か。確かにそうだ。

 俺がいくら激昂しようが、この枷のせいで動くことができないのは事実だ。

 未祭が死ぬ前には止めてくれるであろう、平岡の指示を待つか、間宮が助けに来てくれるのを待つのが現実的な手段なのかもしれない。


 「だけどな」

 俺は呟く。


 「だけど、未祭がこのまま痛めつけられるのを黙ってみていたくはないんだよっ!」

 俺は叫ぶ。体の節々に陽の気を込める。

 膝は、動く。腕も、動く。どうやら枷は取り付けられた部分より先端の部分の動きを阻害しているようだ。


 「ぐっっ!」

 足首に着けられた枷を支点に力を込める。前へ、前へ、と。

 だが、足首から先は動かないのだから当然歩は進まない。


 「やめときなさい。足、千切れるわよ?」

 「私、そういう熱血じみたの嫌いなの」と言わんばかりに興ざめした顔で末繰がこちらを見つめる。

 俺の足からは出血。枷に接触した部分から足首へ向けて血が止めどなく流れている。

 遅れてやってきた激痛が俺を襲う。皮が裂け、肉には裂傷が走っていた。骨にも大きな負荷がかかっているのか、きしむような悲鳴に似た音が足首から鳴り響いている。

 どうやら俺は、自分で思っているよりも脳筋だったようだ。

 理屈じゃない。ただ身体が、動くんだ。


 「み、未祭ぃ」

 俺は未祭に向かって腕を伸ばそうと、力を込める。


 「むだ、むだむだ。むだよぉ。

 あんたがどんだけ力を込めても枷が取り付けられた部分から先は動かないわ。

 あんたはそこでおとなしく、この娘がやられるところを見てなさい。

 あんたのせいで興ざめしちゃったから、後は腕と脚を一本ずつ折って終わりにしてあげるから」

 ぐ。くそう。動け、動け、動け、動けっ!


 ――乾いた音がした。



 「……あなた。陰の気、使えたの?」

 末繰が俺をじっと見つめている。その手には訓練用の革靴が握られている。

 誰の、靴だ?

 俺は末繰の足先を見る。依然として気を失っている未祭の頭を跨ぐ形で立っている末繰の両足は黒光りする靴を履いている。


 「とぼけるんじゃないわよ。私、さっき言ったわよね? 

 いくら私に近づけないからって、石を女の子に向かって投げつけようとするなんて最悪ねって。靴だって同じよ」

 俺が靴を、飛ばした?

 俺は首より先が動かないため目線だけを下に向けて自分の足を見る。

 俺の右足には履いていたはずの革靴はなく、左足に比べ一歩分前方へと踏み出していた。

 先ほどの乾いた音は飛んできた靴を末繰が受け止めた音だったのか。


 「まさか陰の気を使えたなんてねぇ。完全に油断してたわぁ」

 陰の気を、使った? いや、そんなはずはない。俺は陰の気を使うことは出来ないはずだ。

 俺は試しに手を握ろうとしてみる。

 ……ほら見ろ、やはり動かない。


 「っ!」

 いや、う、動くっ!

 俺の指は痙攣を繰り返しながらわずかに動こうとしていた。

 俺は続いて左足に渾身の力を込めた。


 「う、動いたっ!」

 俺の左足はゆっくりとその身を宙に浮かせた後に、一歩前の地面へと再び着地した。


 「まあ、例え陰の気を使えたとしても落ちこぼれは落ちこぼれねぇ。

 そんな調子じゃあ私の所へ来るまで三時間はかかるわよぉ? 

 ……でも、また石でも拾われちゃぁ邪魔ねぇ。うん。決めた。その腕、折っちゃおうか?」

 末繰の顔にまた、嗜虐的な笑みが生まれる。


 「『右手を逆向きに曲げなさぁい』」

 「ぐっ! あっ! ぐあああああああああっっ!!」

 右手首に取り付けられた枷を中心に俺の右腕が本来曲がるはずの方向とは逆向きにゆっくりと折れ曲がる。 

 折れた骨が皮膚を突き破り、重力に従って垂れた右腕からは血が滴りだす。痛い。本当に、痛い。


 ――未祭は、この痛みを二回も味わったのか。

 「だったら一回ぐらいでへこんでられねえよなぁ」

 俺は倒れ伏しそうになるひざに力を込めて、足で地面を掴む。

 痛みのせいか、目が充血し、視界もかすむ。


 「もう、未祭にはこんな痛い思いはさせねぇ」

 右腕を力なくぶら下げたまま俺は足へと力を入れる。

 まずは右足、次に左足。そしてまた右足へと繰り返す。

 枷により、重みすら感じる足。しかし、ゆっくりとだが確かに歩は進んでいく。

 末繰が立ち、未祭が倒れ伏す、その場所へと。


 「だ・か・らぁ! 熱血は嫌いだって言ってんじゃんっ!! もういいわよっ! そのうっとうしい『右足も逆向きに曲げちゃいなさいっ!!』」

 末繰が激昂して叫ぶ。光の枷は声に反応して、俺の足に動きを加える。

 また、鈍い音が響いた。


 「――――ぅっっ!」

 左足よりも一歩分前進していた右足から赤黒いものが飛び出し、俺はバランスを保つことができず、地面に倒れ伏した。


 「そうよ。落ちこぼれはそういう風に地面に口づけしているのがお似合いなのよ。あんたの熱血物語もこれでお終い。

 未祭既祭ちゃんには、白馬に乗った王子様なんか現れません。

 ヒロインになることはできません。勝負に負けて。四肢を折られて、弄ばれて終わります」

 頭の上から末繰の声が降り注ぐ。表情こそ見えないが、その声音からは先ほどの光の消えた眼をしているであろうことが伺いしれた。


 「そ、んな、こ、とさせる、か、よ」

 俺は両腕を地面に付ける。右腕の感覚は、ない。だが、支えにぐらいはなるだろう。

 両掌にありったけの力を集めて、土を押す。

 ゆっくりと立ち上がった。


 「なっ! 右手と右足が折れてるのよっ! あんたそんな無茶してると失血死まっしぐらよっ!」

 末繰が何事か叫んでいる。許容範囲を超えた痛みで感覚が遮断されたのか、俺にはもう何も聞こえなかった。

 ただひたすら、充血する眼で、血が滴る右足で、力なく垂れる右腕で、末繰を真っ直ぐに見つめて一歩一歩進んでいく。


 「あー! もうっ! うざいうざいうざいうざいうざいっ!! 

 そんなにこの女が大事っ!? 

 未祭既祭がそんなに大事っっ!? 

 あー、もうっ! うざいったらないのよっ! 

 どいつもこいつもっ! F組の分際でっ! 

 こいつがなんだっていうのよっ!? 

 言霊術の天才っ! はぁっ! ふざけんなっ! 

 天才は私だっ! 私っっ! なんっだよっ!! 

 『左脚も左腕も折れろっ! 折れろっ! 折れろっっ! 

 折れっろぉぉおおおっっっっ!!』」

 末繰が怒りのままに叫ぶ。いや。泣き、叫ぶ。

 末繰の整ったまつ毛には幾多の涙の粒がたまり、次々とその白い頬を伝って流れていく。

 末繰の涙は彼女の右腕を伝い、赤黒い血を含ませながら、未祭の白い頬へと、滴のように、また落ちていく。


 だが、術者の涙などかまいもせず、俺に取り付けられた光の枷は万力のようにゆっくりと身体の自由を奪っていく。

鈍い音が、二度響いた後、俺はまた地面に口づけをしていた。

 しかし、俺は前進を止めない。力なく垂れる四肢を杖にして、腰や肩、まだ力の入る部分を動かして地面を這っていく。

 「……なんで? なんで動けるのよっ? 足と腕が全部折れてるのよっ? そんなの痛みと出血で動けるはずないじゃないっ! 

 あなたF組のはずでしょうっ! 落ちこぼれのはずでしょうっっ!? 

 なんなのっ!? あんた本当に人間なのっっ!!?」

 なんでだろうな? 理屈じゃないのかも、な。

 尻もちを付き、俺が近づくごとに後ずさる、涙で溢れた末繰を、汗と土で塗れた瞳でぼんやりと見ながら思った。


 「ひっ! お、鬼ぃ!」

 少しずつ前進し、俺が末繰の右足を、血だらけの右手で掴んだとき、始めて末繰の口から息を飲んだような短い悲鳴が聞こえた。

 鬼。鬼か。そうだろうな。

 四肢から血をだらだらとたらし、砂埃と土で汚れた俺はさながら赤い鬼のようだろう。


 「く、来るな、来るな、来るな、来るな来るな来るな」

 末繰が怯えた眼で俺を見つめなが、念仏を唱えるようにぶつぶつと呟きを繰り返す。

 呟きが大きくなるごとにに俺の首に取り付けられた枷の輝きが増していく。


 ――こいつっ、まさかっ。

 「『首を折りなさ――――』」

 鈍い、音がまた響いた。

 だが、今回の音は今までのものとは違った。

 響いた音の前には、骨がきしみ、関節が擦り切れる音が聞こえなかった。

 ……飛んできた手のひら大の岩のようなものが、俺の頭上を通り越し、今にもその言葉を発そうとする末繰の耳元で爆散したのだ。強烈な音と、ともに。


 俺は目前の末繰を見る。熾烈な衝撃音のためか、末繰は意識を失っていた。

 鼓膜が破れているのだろうか、耳からは血が流れている。

 俺は続いて、岩のようなものが飛んできた方向を見やる。俺と末繰が倒れている位置のやや後方を。


 「ははっ。お前なぁ……」

 未祭が「ぶいっ」と言うかのように、地面に倒れ伏したまま、折れていない左腕でピースサインを作っていた。

 その有様で何が「ぶいっ」だよ、と俺は思う。

 未祭の血は依然として止まっておらず、右腕と右足から滴る血が、未祭の身体を中心に大きな赤い水たまりを作っている。

 大量の失血のせいか、未祭の顔は青白く、末繰の血で汚れた頬や額は、極寒の地にいるかのように震えていた。

 未祭は俺に向けていた視線をそのまま前方に送ると、倒れている末繰を見て「ごめんなさい」と呟いた。鼓膜を破ったことか、それとも末繰の腕や足に裂傷を負わせたことなのだろうか。

 彼女の表情は何とも言えず、その真意は読み取れなかった。


 と、未祭の言い知れぬ表情を見つめていると突如、俺達の前方三十メートル辺りの地面が盛り上がり、いやらしい笑みをする人影を浮かび上がらせた。

 「ふん。何が言霊術の天才だ。俺が考えた作戦を台無しにした上に、こんなF組の落ちこぼれどもなんかにいいようにやられやがって」


 俺達と人影のちょうど間辺りに倒れ伏している末繰を冷やかに見下しながらそいつは言った。

 「まあ、落ちこぼれF組の三人程度、B組トップの実技成績を誇る俺がいれば十分だがなあっ!」

 そいつが言い終わるか、言い終わらないかといったところだった。

 一陣の風が俺と未祭の後方から吹き抜けた。


 「うっせえ」

 そいつの頭上に取り付けられた風船、いやそいつの頭が、立ち尽くす俺達の視界から消えた。

 「ぐむっ」

 数瞬の沈黙の後、潰れたかえるのような悲鳴をあげ、そいつは地面と濃厚な口づけを交わしていた。気絶する寸前「なんで、こんな奴が、F組、に……」と最期の一言のように漏らして、動かなくなった。


 「ん? 生活態度が悪いから、だけど?」

 間宮が律儀にも答えた。後ろで未祭が「ちなみに私は言霊術以外がてんでだめっ」とピースサインを崩さずに倒れたまま笑っていた。


 「さすが、波坂家の御曹司、だな……」

 俺は茶髪の髪をつんつんと逆立たせたその男を見て、感嘆の息を漏らした。頭に風船を付けたその男、波坂間宮は「だから家は関係ねえだろ」とでも言いたげな顔で、先ほど手に入れた風船を手で弄びながらこちらを見ていた。


 「で。お前らからの連絡が全く来ないし、昼寝にも「飽きたから様子を見に来たんだけど。お前らどしたの? ……あと。こいつ、誰?」

 「さあ? 磯貝だったか?」

 「風船つけてたからとりあえず奪っといた」と言うかのように、足元に転がるそいつを間宮は心底どうでもよさそうに足で指さした。


 俺達の後方から目にもとまらぬ速さで駆けてきた間宮は、俺と未祭に対峙する形で立っていた磯貝を視認するや否や、彼の頭を手で掴み、地面へ向けて押し倒したのだ。

 そして、風船がその衝撃で割れないように、磯貝の頭が地面に直撃する瞬間に頭から手を放し彼の頭上の風船を掴んで取り外した。

 相手の意識の中に入らず、決して相手に悟られないままに行動不能へと追い込む。

 それを極めた技術こそが波坂家の秘儀だそうだ。


 「まあ、とりあえずその風船を割ってくれ。もう痛みが我慢できない。意識があるのが不思議なぐらいだ」

 俺が間宮に言うと、彼は「へーい」と軽い調子で手で弄んでいた風船を握り潰す。

 その途端頭の中に鳴り響くファンファーレ。それに伴い、平岡の調子っぱずれな声が「おめでと~」っとF組班の勝利を告げていた。

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