06. 学校
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国立石神大学付属高等学園。
八つの坂に囲まれた巨大都市、静ヶ岡市に本校舎が置かれる国立の高校である。
この高校では陰陽術に関わる者を輩出することを第一の目的としている。
生徒達の進路は、陰陽大学進学。陰陽研究家。陰陽教師。陰陽工学技士など多岐にわたるが、中でも陰陽官と呼ばれる軍隊組織へ入る者が多数を占める。
この国、日本では以前は存在したといわれている通常兵器を使う軍隊は解体され、今は存在していない。また、一般人の治安維持を目的とした組織も陰陽理論の発展に伴い衰退した。
代わりに陰陽官と呼ばれる陰陽術を使う軍隊が日本の治安維持や、他国との戦争や交戦に備えることを目的として常設されている。
その発生には諸説あるが、法律により人命を奪う兵器を使用することを禁じたことがその発生の大きな原因であると考えられているそうだ。
また、陰陽官の内でもトップに近い部署である“陰陽師”と呼ばれる部隊は対人、対妖のスペシャリスト集団として陰陽官やそれを目指す生徒達の憧れの的である。
さて、話がずれた。学園に話を戻そう。
学園はここ、静ヶ岡市の駅前から車で二十分ほど走った位置に居を構えている。
学園のまわりは豊富な木々でかこまれ、侵入者を拒むようなきつい傾斜をえがく坂道を上った先にやっと学園の共通棟を見ることができる。
一学年五百人という大所帯な上に、学園は四年制の学校であるためその総生徒数は中々に多い。そのため大学のように、様々な目的を持つ棟が広大な学園敷地内に散りばめられている。
俺達は今“定年坂”という異名を持つ坂道をひた走っていた。
「誰だよ、時間に余裕があるからクレープ食おうとか言ってた奴っ!」
定年近くなった教員が登れなくなるほどの急傾斜の坂だということからこの名前が付けられたそうだ。
間宮が荒々しく叫ぶ。
「お前だよっ!!」
俺が叫び返す。
「やばい、やばいぞ! 二限に遅れるのは非常にまずいっ!」
「くそっ! 二限が鬼塚だって知ってたらクレープなんて食わずにさっさと学校に行ってたのによっ!」
鬼塚博。男性、三十五歳、独身。学園の実技授業の内でも最も厳しい科目、実践演習を担当している教師だ。
その授業に遅刻した生徒には容赦なく厳しい罰則を科し、鬼すら怯えそうなほどの表情で激怒するその姿から生徒達の間では“鬼殺し”の鬼塚と密かに呼ばれている。
「クレープ自体はそこまで問題じゃねえよ! 問題はクレープの盛り付け方にさんざんクレームつけた間宮、お前だよっ!」
「クレープだけにクレームってか。中々言うじゃねえかっ!」
「なにもかかってねえよっ!」
勝手にギャグだと思ってどっと笑う間宮。こいつはそのいかつい顔つきに似合わず、お菓子作りという中々に可愛らしい趣味を持っていた。
「いや、けど正直あの盛り方はお前も納得いかなかっただろう? 春馬?」
「や、まあ確かにそうだけど。でもあんなに長々とクレームつける必要はなかっただろうがっ! 店員のおっちゃん半分涙目だったぞっ!」
間宮の言う通り確かに雑な盛り付け方だった。俺もけっこうお菓子を作るから分かる。
だからといって実演を交えながらあんなにクレープの盛り付け方について講釈を垂れていたら時間がかかることは分かりきっていただろう。俺はため息を一つついた。
「こうなったら仕方ない、最終手段だ。どっかの棟で運動着に着替えて実践場に行くぞ」
二年生の教室棟は坂道のてっぺんにある。
敷地の内で最も遠い棟に設定されていた。
おまけに次の授業は実践演習だ。
運動着に着替える必要があった。
教室近くの二年生用更衣室にまで行く時間は俺達にはもう残されていなかった。
「了解だ! この近くだと多分一番近いのは三年生棟だな。そこの更衣室を使おう」
俺達は“定年坂”の横から伸びた小さな脇道にそれて三年生棟に向かって走りだす。
三年生棟は六月だというのにじめじめとした湿気はなく、止めどなく汗が流れ出す俺達の身体をその涼しさで優しく迎え入れてくれた。
俺達は三年生の授業を邪魔しないように足音を殺しながら走る。
……見つけた。更衣室だ。
「中には誰もいないようだぜ」
間宮が更衣室の扉を軽く開け、中の様子を伺う。三年生は着替える授業が次はないのか、もう授業場所へ行ったのか、更衣室の中には誰もいないようだった。
「よし、じゃあさっさと着替えよう」
俺達は更衣室の中に入り、早々と着替えを開始する。
「……君たち、二年生かい?」
と、突如として背後から声をかけられて驚いた。
振り返ると上半身裸で白いYシャツを手に持った男が立ってこちらを見ていた。
声をかけられたことにも驚いたが、なにより驚いたのはその男の白髪だった。
男が手に持つYシャツの白さにごく薄くした青色を混ぜたような水色がかった白髪である。
白髪の下には、髪色とは不釣り合いなほど若々しく整った顔があった。
しかし、眼の下には疲れきった会社員を思わせる目のくまがあり、全体的に見ると年齢が良く分からなくなるような不思議な容姿をしていた。
この風貌には、いつも堂々としている間宮も面食らったようだ。
やや狼狽しながら言う。
「ああ、俺達は二年生だ。あんたは見たとこ三年生、か? この通り遅刻しそうで急いでいるんだ。今回は見逃してくれねえか?」
この学校は軍事学校だけあり、上級生絶対性のような風潮が他の普通学校よりも強い。
そのため上級生の施設を無暗に利用しないことが下級生と上級生の間ではもはや暗黙の了解として成り立っているのである。
「ああ、別にいいよ。ぼくはそういうのには興味ないんだ」
男はそう言い残すと、さっさとシャツを着て出ていった。
ならば、何故声をかけたのだろうか。
疑問に思った。しかしその思考は間宮の声で霧散する。
「あーっ! こんなことしてる場合じゃねえっ! おらっ! さっさと着替えてさっさと行くぞっ!」
「お、おうっ!」
制服を鞄に脱ぎ捨て、素早く運動着に着替え終わった間宮に置いて行かれないように俺も着替えだす。
着替え終わった俺達は先ほど登ってきたばかりの坂道を駆け下りだす。
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「ぎりっぎり、だな」
息を切らしながら間宮が言う。
駆け下りること五分ほど俺達は実践場に到着した。
すでに集まっていた生徒達はそろそろ整列を始めようかとしていた。
俺達は自分達のクラスが整列している場所を探す。
「えー、びー、えふ、エッチと、俺達のクラスはここだな」
「おい、最後の発音明らかおかしいだろ。あとH組なんてねえよ」
間宮の軽口に付き合いつつ、俺達のクラスであるF組の生徒の集団に紛れ込む。
余談だがこの学園では一クラスの人数は決まっておらず、成績などにおいて割り振りがなされる。
また、実践演習の授業に限っては全クラス合同の授業として行われている。
軍事学校とは思えないほどのだらだらとした動きで並ぶ我がクラスの生徒達に紛れ俺は自分の整列箇所に移動する。
出席番号順の並びなので、マ行の俺はわりと後ろの方だ。
この場所の利点は前の動きに合わせて動いていればいいため先生に怒られづらいということだろう。
「はあ、疲れた」
間宮と別れ、整列位置にきた俺は先生が来ていないことを良いことにその場に座り込む。
「おはよう、春馬」
腰を下ろした俺の頭の少し上から声がかかる。
「なんだ、未祭か」
未祭既祭。
同じクラスの女子だ。
セミロングの暗めの茶髪を一房くくってサイドにおろしている。
本人によると行動に合わせて揺れるこのサイドテールの一束がチャームポイントだそうだ。
確かに小さな体躯と相まって幼子を見ているような気持ちに時々させられる。
これまた本人曰はく身長は百五十cmはあるとのことだが、とてもそうは見えない。
大まかに見積もっても百四十五cmあるかないかといったところだろう。
「なんだとはなによ、失礼ね。こんな美少女がせっかく声をかけてあげたっていうのに。
やっぱり脳筋ね。このありがたみが分からないなんて」
脳筋という言葉にややいらっとした。
俺は脳まで筋肉にした覚えはない。
使える筋肉しかつけない主義だ。
仕返しとばかりに、座っている俺の目線のやや上の辺りに位置する未祭の胸部分を見ながら言い返してやる。
「美少女? ほう。俺の目の前には絶壁しか見当たらんが?」
「あんだって? 脳筋っ! 二度とその口開けなくするわよっ!」
「はいはい、すんませんすんません。 未祭様は巨乳でボインな大天使美少女ですー」
「くそっ! しゃくにさわるやろうね」
「女の子がそんな汚い言葉使っちゃいけませんっ!」
「うっさいっ!」
やはり未祭との会話は楽でいい。
俺の妹と性格が似ているのだろう。
こいつと話すときは妹と会話をするときのように何も考えることなく喋ることができる。
「ところであんた今日は運がいいわね。
今日は班対抗の大規模な実践演習をするらしくてそれのための班員名簿を取りに先生は職員室に帰っちゃったわ。
出席を確認する前にね。本当なら遅刻だったわよ、あんた」
「ははーん。それはそれは、どうもご丁寧に説明ありがとうございます。
ところでぼくはそろそろ帰ろうと思います。では、また明日。さようなら。」
俺は座り込んでいた腰を上げ、きびすを返す。
「まてまてまて! お前来たばっかだろ! どうしてそうなるっ!」
未祭に服の袖を掴まれた。
「いーやーだー! むーりーだー!
大規模演習なんて大怪我するに決まってんじゃねえか!
半年前のこと忘れたとは言わせねえぞっ! 未祭っ!」
「いや、あれは悪かったって! あれは事故っ!
そう! 事故みたいなもんよっ。
それにあれからもう半年よ?
あんただってできそこないなりにちょっとは進歩してるでしょっ!」
未祭の拘束を解こうともがく。
入学してから半年の締めくくりとして行われた一対一の対人演習。俺はその際未祭と戦い、体中を傷だらけにされたのだ。
それはもう、他人が見たらどん引くぐらいに。
というのも理由がある。俺は身体能力強化術以外の陰陽術を使えないのだ。
つまるところ、防御術を使えないということであり体の動きを制限する呪術系の能力を防ぐことができないということである。
それに対して、入学から半年ともなると才能のある生徒は自分が得意な陰陽術の一つや二つを発見し出す時期であった。
その中でも未祭はとある術に秀でていた。
それは……。
「全員! 注目っ!!」
と、俺が未祭にやられた思い出を反芻していると実践場中にドラのようにでかい声が響き渡った。
その声に反応してざわついていた生徒達が一瞬で整列する。
もう、逃げるのは無理そうだった。
「各クラスの体育委員は人数を確認して報告せよ!」
実践場の前方に設置された木組みの長方形の台の上にはいつのまにか大男が仁王立ちをしている。
毛の一本も残らぬように丸められた頭。
日光に照らされ輝く頭頂部から視線を下げると鋭く細められた目には薄白色のフレームの眼鏡がかかっている。
眼鏡周辺だけを見ていると知的な様子が感じられる。
しかし、その知的さを微塵も残らず破壊するかのように首から下には熊でさえも絞め殺せそうなほどの筋肉が隆起していた。
人は彼を“鬼殺し”の鬼塚と呼ぶ。
「ほら、鬼塚が来たわよ。ここで逃げるとあんたまたきつーい罰則くらうわよ?」
「っせーな。分かってるよ」
未祭がにやにやと笑いながら手を放す。分かっているのだ。俺がすでに逃げることを諦めたことを。
「うむ? 全クラス中欠席は三名か。できれば全員出席が好ましかったが、まあ仕方ない。
今回の授業では連帯責任罰則はなしにしてやろう」
鬼塚が「がっはっは」と豪快に笑う。
笑いに呼応するように白いアンダーシャツの下の筋肉が踊り狂う光景は中々に目に毒だ。
こいつこそ本当の脳筋じゃないのか。
「さて、今回の授業では先ほど言ったように班対抗の実践演習を行う。
班に関してはこれまでの授業で見極めた個人の実力から私が勝手にメンバーを決めておいた。
それぞれのクラスに班員名簿を回すので各自確認してくれ。あ、ちなみに一班四人な。
そうだなあ、欠席者のところはどうしようかなぁ」
鬼塚が頭をぽりぽりとかきながら「ふぅむ」と唸る。
こいつが行うと全ての所作が筋力トレーニングに見えるから不思議なものだ。
「よし。取りあえず開けておいてくれ」
鬼塚がなにか思いついたようでぽん、と手をならす。
鬼塚はにやりとして続けた。
「欠席者がいる班が対戦する班の総合戦力を見て私がその都度ハンデを考える。
もしかすると、欠席者がいる班は逆に有利かもしれんな」
……なんだその不敵な笑みは。
俺は背中に薄ら寒いものを感じながら回ってきた班員名簿をチェックする。
ええと、俺の班は、と。
…………は?
何だ、この偶然は。
俺は背後に目を向ける。……小さな物体が「ふんっ」と鼻で笑った。
続いてやや前方を見やる。……ちくちくした物体が「にやり」と笑った。
あいつ声にでてんじゃねえかなぁ。
俺の、いや俺達の班はヤンキー御曹司“波坂間宮”。低身長ぺたんこ少女“未祭既祭”
そして俺、こと落ちこぼれ“美影春馬”で構成されていた。
ちなみに四人枠の内のもう一人は欠席のようで名前の横に小さく×印が記載されている。
「さて、それぞれ班員の確認はすんだな。それでは今回の演習のルールを説明する。
ルールは簡単。班員の中から一人リーダー役を選び頭にこの風船を付けてもらう。漫画とかでよくあるルールだな」
鬼塚はそういうとどこからか紙風船を取り出した。
白のアンダーシャツに黒のスパッツという出で立ちなので本当にどこから取り出したのか分からない。
他の生徒達も同じことを想像したのか、声には出さないもののそれぞれ嫌そうな表情をしていた。
……眼鏡の隙間から出したことにしておこう。
「で、だ。この風船を割った班の勝利だ。どうだ? 簡単だろう?
おっと、心配するなよ。この風船は陰陽術に反応して割れる仕組みだ。
だから諸君がどれほど激しく動こうともまあ、そうそうのことでは割れまい。
もっとも、地面に頭を擦り付けてブレイクダンスでも始めようものなら割れるかもしれんがね」
鬼塚はまた「がっはっはっは」と豪快に笑う。なにがそんなに面白いのだろうか。
まあ、なにはともあれルールは簡単だ。易々と理解できた。
俺は未祭とともに間宮の方へと駆け寄る。
「まあ、ちょろいわね。要はあたしがぱーんっと相手班のリーダーの脳天……もとい、風船をぶち破ればいいんでしょ? 楽勝ね」
「おいおい、物騒だな」
楽しそうに未祭のサイドテールが揺れる。
自信過剰な未祭の言葉にやや呆れてしまうが今回に限っては肯定せざるを得ないだろう。
こいつの得意術はこと対人戦においては最強といっても過言ではない働きを見せるだろう。
だが、俺達の楽観的な顔とは対照的に間宮は神妙な顔つきをしていた。いつも細い目がさらに鋭く狭められている。
「いや、これはひょっとするとそこまで楽勝じゃないかもしれないぜ」
「なによ。あたしの術が信用できないっていうのっ? 波坂家のお坊ちゃま相手でも怒るわよっ!」
「うっせーな。家は関係ねーだろ。そういうことじゃねえよ。未祭に頼るだけじゃ厳しいかもよってことだ」
他の班に聞かれないようにか、波坂が声を抑えながら言う。
「ああ。なるほど」
「お。気づいたか、春馬。このおバカちゃんに説明してやってくれ」
「おバカちゃん言うなっ。だぶるばかっ!」
未祭がぷりぷりと怒る。
本人は十分に怒っているつもりなのだが俺達からすると子供が癇癪を起しているように見えて可愛らしい。
「まあ落ち着けよ、未祭。話が進まん。まず、一番大きな問題点は人数の問題だ。これは分かるよな?」
「失礼ね。それぐらいは考慮して発言してるわよ。
あたし達は三人、対して他の班は四人。
単純に考えて、相手リーダーに対して攻めかける人数、もしくは自班のリーダーを守る人数において一人分の戦力差があるってことよね? でも、それぐらい余裕でしょう?
先生も人数が少ない班にはハンデを与えるって言ってるわけだし、それにあたしの前では相手が何人いようが関係ないわよ」
「そう。それが問題だ!」
波坂がやや声を荒げて指摘する。
「お前は強い、それは認めよう。このクラスでも上位層にいるだろう。
それに加えておそらくこのクラストップの実力を持つ俺がいる。
いくら体術以外ドンケツのお荷物脳筋野郎がいるとしてもそう易々とハンデが与えらえるとは考えにくい」
「ああ、なるほど。そういうことね。
あんた自身で言ってるのはきもいけど、あたしの実力保障してくれたお礼にあんたの実力も保障してあげるわ。
確かにあんたは現時点ではこのクラスのトップクラスの実力よ。現時点、ではね。
お荷物を預かったとしても問題ないと思われてるでしょうね。現時点、では」
なに、大切なことだから二回言ったの? 二重の意味で。
波坂と未祭はお荷物、こと俺をそっちのけで火花を散らし合っている。
人を一方的にお荷物扱いしてその態度はあまりにひどくないか?
「分かった! お前らが俺をお荷物扱いすんなら俺にだって考えがあるっ!
俺が相手のリーダーを攻める役をする!
未祭がリーダーの護衛、兼俺のサポート。
そしてリーダーが波坂!
これでどうだっ!? なんなら俺一人でリーダーから攻撃役まで全部やってやろうかっ!?」
「「いや、それは無理だろ(でしょ)」」
「声そろえんじゃねえよっ!」
実際の所ただ、怒りに任せて俺が攻撃役にまわると言いだしたわけではない。
俺の戦い方はただ一つ、身体能力を強化して体術。
それ以外に戦う術がないのだ。
対して未祭と間宮が得意とする術は汎用性に富み、防御にも攻撃にも応用できる。
現実的に考えて、悔しいが本当にお荷物である俺が役に立つためには攻撃役に徹して相手の班を少しでも攪乱するぐらいしかないのだ。
貶されても冷静な自分の分析になんだか悲しくなった。
「まあ、そう自分を卑下すんなよ」
「そうよ。あんただって役に立つわよ」
間宮が頬をかきながら、未祭が髪をいじりながら顔を赤らめて言った。
お、お前ら……実はいいやつだったんだな。
「「囮役として」」
訂正。こいつらは最低だ。
俺が班員二人に絶望していると実践場に再度鬼塚の声が響き渡った。
「それぞれ、班員との顔合わせはすみ、戦力等考えたと思う。それでは肝心の相手を説明する。
お前たちは今各クラスにつき十組の班に分かれている。
まずはそれぞれの班のリーダーがこのくじを引け」
そう言って鬼塚はいつの間にか配ったのだろう、それぞれのクラスの体育委員が掲げている袋を指さした。
どうやら袋の中には四つ折りにされた紙が入っている。
いくら科学技術や陰陽術が発展しようとも、こういうところはアナログなのだな、と俺は思った。
そうこう考えているうちにリーダー達がくじを引き終えたようだ。鬼塚が話を続ける。
「よし、全員引いたな。ではその紙を開けて中を確認してくれ。
……1~10までの数字が書かれているだろう。
書洩らしがあるものは言えよ。
その数字がお前たちの班の名前だ。
例えばE組一班、F組二班といったようにな。
また、このホワイトボードに記入されている数字に対応する場所まで行ってくれ。
ここまで説明すれば後は想像がつくな?
移動した場所には各々他のクラスの同じ数字の班がいるだろう。
つまり、今回の授業は二クラスで行っているから二班その場にいるはずだ。
その班とその場所で戦闘してもらう。
まあ、詳しくは所定の場所に私のゼミ生達がいるからその子達に聞いてくれたまえ」
そこまでを説明すると鬼塚は突如鬼のような仰々しい表情になった。
「ああ、それと。手抜きをしようなどとはゆめゆめ考えるなよ。
私は探索用式神で上空からそれぞれの戦闘を絶えず監視している。
手を抜くような輩がいれば……成績評価を楽しみにしておけ」
それだけを言い切ると鬼塚は破顔し、今までのように豪快な笑いではなく、中年相応のしわを浮かべながら朗らかに笑った。
「はあ、移動か。まあこの人数だから仕方ないとはいえ、面倒くさいなあ」
「だなー。移動距離が少ないことを祈ろうぜー」
間宮がぼやき俺はそれに合わせている。
未祭はどこに行ったのかと周囲を見やると、ホワイトボードの前の辺りでうさぎのように跳ねている人物が目についた。
どうやらホワイトボードには人だかりができているようで身長の低い未祭ではジャンプをしても依然としてその文字まで視線が届かないでいるようだった。
「ははは、可愛らしいな」
間宮と二人で「どうするのだろうか」とその光景を眺めていると、未祭はしばらく逡巡した後なにか細々と呟いて帰ってきた。
……ない胸を大きく張って。
「あんた達っ! 感謝しなさい! この天才美少女、未祭既祭ちゃんが場所を調べてきてあげたわよっ!」
未祭は自分でどるるるるるるるとドラムロールを鳴らすとだんっ! と効果音を付け加えた後にその場所を発表した。
「なんとっ! 第二野線場よ! 良かったわねあんた達! 近いわよっ!」
「おおっ! さすが未祭ちゃん! そんだけ近ければ俄然テンション上がってきたぜ! さっさと行くぜー!」
「あー! ちょっとー。待ちなさいよー! あたしが一番乗りすんだからねーっ!」
調子っぱずれの声を上げながら間宮が駆け出す。
次いで子供のように無邪気にはしゃぎながら未祭が後を追う。
……あの群衆の中からどうやって未祭が文字を読むことができたのか気になったが、二人に置いて行かれないように俺も走り出した。