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017. 白城


 あれから何分たっただろうか。

 いや、もしかした何秒も経っていないのかもしれない。

 とにかく、俺にはそれ程現実と頭の中の時間がかけ離れているように感じられた。

 

 黒球の爆発による黒煙がはれていく。

 俺は煤で沁みる目を大きく見開きながら、式坂の姿を確認した。

 式坂は、立っていた。


 前方を一心に見つめるその姿には、大きな怪我はないように思えた。

 しかし、一体何故だ。

 あと数歩の距離まで迫ったあの攻撃の速さでは、いくら式坂と言えども防御結界を張る時間さえなかったはずだ。

 もし仮に張ることに成功していたとしても、大砲の勢いそのままに向かってくるあれらの数々の物体が相手では、防御結界を貫かれて、そのまま身体中に被弾したはずである。


 俺は不思議に思いながら、式坂が見つめている前方を見やった。


 「っ!!」

 俺は驚いた。

 式坂の眼前数㎝ほどの距離に、水の壁が張られていた。

 その壁は渦潮のように渦を巻いて、式坂に向かって飛んでくる諸々をはじき飛ばしたようだった。

 地面にはそれらの残骸が落ちている。


 「式坂」

 これは、お前が? そう、声をかけようとしたときだった。

 俺は式坂の表情に気が付いた。

 式坂は何が起きたのか理解できないとでもいう風に瞬きを何度も繰り返しながら目の前の水の壁を見つめていた。

 その反応を考えるに、どうやら式坂の術ではないようだった。

 ……ということは、と思い俺は段々と消えていく水壁の向こう側にいるその人物を見た。


 「白城、巡」

 俺は小さくその人の名を呼ぶ。

 その人物を右腕を前に突き出し、肩を上下させて荒い呼吸を繰り返しながら、まるで鬼を見た人のように信じられないものを見た、と言いたげな顔で式坂を凝視していた。


 「なぜ。……なぜだ」

 白城の口から小さく言葉が漏れる。


 「なぜ自分から死にに行くような真似をする。冬鳥」

 始めて白城が式坂のことを式坂家の人間、ではなく冬鳥と呼ぶところを聞いた。

 驚いた顔をしていた式坂がゆっくりとほほ笑んだ。


 「それなら、なぜ助けてくれたんですか? 巡兄さん」

 白城の質問には答えず、逆に式坂は質問を投げかけた。


 「っ!」

 白城は言葉に詰まったようで、唇を噛みしめて式坂を睨んでいる。

 それを見て「やっぱり」と式坂はまた優し気にほほ笑んだ。


 「やっぱり、巡兄さんは昔と変わっていません。おじい様から一緒に術を習っていたあのころの優しい巡兄さんのままです」

 式坂は真っ直ぐな瞳で白城を見据えている。先ほどまでの身体の震えは、今ではもう全く感じられなかった。


 「式坂家の人間が憎いですか?」

 「ああ、憎い。憎いさ。母さんの仇、だから」

 式坂は白城の心の中核に迫るような質問をぶつけた。

 白城はそれに答える。

 しかし、その声は今までとは違って力ないような、なにかを迷っているようなものに聞こえた。

式坂は決して視線をそらさない。


 「式坂家の人間が憎いのならば、どうぞ私を殺してください。

 私は巡兄さんを恨みません。

 巡兄さんがそうしたいのならば死を受け入れます。おじい様に、巡兄さんに、それで少しでも恩返しができるのならば」

 式坂は地面に転がっている鋭く尖った金属の破片を白城の足元に投げた。

 それを白城が拾うのを見ると、両手を力なく下げて、抵抗の意思がないことを示しながら白城へと一歩ずつ近づいていく。

 白城の目前までくると歩みを止めた。「さあ、どうぞ」と先ほどまでの優し気なほほ笑みで、顔を伏せる白城を見た。

 

 「か、母さんの……。母さんの、仇っ――」

 白城は金属片を式坂の首の辺りに上げていく。

 力なく震え、握力のこもらないその腕は式坂の首筋近づくと、かすかに皮膚に接触したようで、少量の鮮やかな赤色を流れさせた。


 白城は金属片を動かすと。

 ――――そのまま地面に崩れ落ちた。

 手に握っていたそれは地面に力なく転がると、土のくぼみに溜まった雨水の中に小さな音をたてて落ちていった。


 「ほんとは、分かってたんだ」

 か細い声が地面に膝立ちようにして雨に打たれている白城の口から漏れる。

 今の彼からはA組としての威厳も、年上としての威圧感も、不思議な圧力も何も感じず。ただの一人の青年に見えた。


 「ほんとは、知ってた。あれは事故だって。

 十座さんが使った鬼の力が、偶然暴走したんだって。

 でも、信じたくなかった。俺には、母さんしかいなかったから。母さんの死を、認めたくなかった。

 母さんがいなければ、俺は何のために生きればいいのか分からなかったから――。

 だから、生きるために、式坂家を憎んだ。十座を憎んだ。

 ……そして、冬鳥を憎んだ。

 母さんの仇をうつために、式坂家を仇にして生きることにしたんだ。

 本当は、誰も悪くないのに。

 俺には母さんしかいなかったから……」

 白城の鼻筋を雨のような水滴が流れていった。

 それは地上に落ちると、地面に吸いこまれていく。


 白城の後方には“白城家”と彫られた墓石がある。

 雨は式坂も、白城も、彼の母親が眠るその墓も全てを音もなく濡らしていった。

 式坂の「巡兄さん」という呟きだけが音を発していたが、それもやがては雨に吸いこまれて消えていった。

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