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016. 決戦


 「……やるねえ。まさか鬼の力まで制御を可能にしてるなんて」

 鬼と式坂との激突の刹那、移動した俺は両者の間に身体を割り込ませ、鬼の突進を止めた。

 式神契約によって主人である式坂の力を使えるということは、同時に鬼を制御する式坂家独特の力をも利用することができるということだ。


 俺は鬼の力を使うことで、水弾の嵐の中をかいくぐり、鬼の突進を止めるだけの身体の働きを得た。


 「っつ! ふうっ!」

 俺は危機一髪で式坂の命が助かった安堵感から、ため息とも吐息ともつかない息を一つ吐き出した。

 現在。

 俺の四肢の色は通常の人間のそれではない。

 しかし、鬼を象徴するような赤黒い色というわけでもなかった。

 俺の四肢は漆黒の鉛に溶岩を垂らしたように、艶がかった真っ黒な色の中に渦巻くひとつながりの赤色を封じ込んだ色をしていた。


 その色は金属のような硬さを連想させるとともに、焔のような攻撃性も同時に見る者の心に印象づけるような色だった。


 「美、影さん。そ、れは、使わな、いでって、言った、のに」

 俺の後ろでうつ伏せでいる式坂が荒い呼吸を繰り返しながら言う。

 それはそうだろう、と俺は思う。

 式坂は、この術が暴走した術者の末路を俺よりもよく知っているのだから。


 「うおおぉぉぉりゃあぁっっ!!」

 俺は今受け止めている鬼の左腕を下方向にひねりながら後方へと力の限り引っ張った。

 鬼の両足が浮き、その巨体が前方に向かって倒れだす。

 加えて、左腕を後方にひねっているため、鬼は上半身を地面にぶつかりそうな勢いで下げながら、落ちてくる。


 「ここだっ!」

 重力に従って鬼の顔が地面を向き、頭の中心が俺の方向へと差し向けられた。


 「っつ! まずいっ!!」

 「うおおおおおおぉぉぉぉぉ――――っっ!!!」

 俺は足を踏ん張り、両手を使った突きによる全力の猛連打を開始する。

 鬼の頭の中心――つむじから伸びる一本の禍々しい角に向けて。

 白城に邪魔をされる前に片を付けるっ! 

 連続した地鳴りのような音が鳴り響く中少しずつ何かが欠けていく音が混じっていく。


 「いっけええええぇぇええっっぇぇ!!」

 連打の雨を緩めることなく、角度的にこれ以上打ち込むのは無理だと思われたときに、俺は角の根本に渾身の力を込めた右腕による突きを放った。


 鉛筆が折れたときの音を何十倍にも増幅したような音が辺りに響く。

 俺の足元の地面に倒れ伏した鬼の角は根本から折れ曲がり、その断面が見えていた。


 「なっ!? そんな馬鹿なっ!」

 白城が驚いた声を上げる。

 鬼の姿が散らばった白い紙のようなものに変わり、雨にも関わらず風に乗って散っていったからだ。

 思った通りだ、と俺は思う。

 式坂から鬼となった人間の末路を効いて思いついた。


 ――鬼となった人間は、角だけを残して肉体は滅び去る。

 それならばこうは考えられないだろうか。

 角に最も大切なものが閉じ込められている。だから肉体が滅んでもなお、角だけが残るのだと。


 鬼となり力尽きるほどに式坂家の犠牲として尽力した彼らは、肉体が滅びた後でも角の中から彼らの子孫を見守っているのかもしれない。

 そんな、絵空事のような考えにかられた。


 「ちいっ! まあいいっ! いまいましい鬼の力なんぞ借りなくても俺一人で式坂家を全て終わらせてやるっ!!」

 「おいおい。一人称が“僕”から“俺”に変わってるぜ。こっちが素なんじゃあないのかい?

 無理して悪役ぶるなよ」

 激昂する白城から式坂を庇うように俺は一歩前に進み出る。


 「うるさいっ! 黙れ、黙れ、黙れっ、黙れっっ!!

 俺に指図するなっ! 俺は式坂の人間をっ! 母さんの仇を殺すまで止まれないんだっっ!!!」

 白城は叫び、俺の方に向かって真っ直ぐに駆け出していく。

 駆け出しながら彼は指で作った鉄砲で俺に向かって水の弾を飛ばす。

 続いて彼は空中を疾走する水の弾からしなる鞭のような木の枝を作りだし、ダメ押しとばかりにその周りを土で固めだした。


 木の枝の勢いは死んでいない。枝がしなる速度に合わせて土を操っているのだ。

 その行為は常人にはできない芸当であることが見てとれた。

 枝の周りに集まっていた超高密度の土がいつの間にか互いを押し固めあい、土のコーティングだったそれは、いつの間にか銅に似た金属のようなもので覆われていた。

 水弾の速度で飛んできて、しなる木の枝のごとき自由な動きを見せる、金属の固さを持つそれは俺目がけてうねるように着弾した。

 

 「ぐっ! うぅっ!」

 避ければ式坂に当たる。

 そう考えた俺は、それを自分の腹で受け止めた。腹で受けたはずなのに、背中の奥まで鈍い鈍痛が響く。

 俺がその痛みを堪えながら木の枝を掴むと、一部の金属のコーティングが剥がれ元の枝が露出した。そこから、更につたのような柔軟性を持った細長い木が俺の体を伝って伸びてくる。


 「まずいっっ!」

 俺の動きを絡め取ろうと、アサガオのつるのように巻き付いてくるそれを、俺は金属から露出した根本の木の枝の一部に指を食い込ませることで、力を込めて無理やり引き離した。


 「死ねっ!!」

 俺が木の枝と格闘している内に、いつの間にか目前まで迫っていた白城が俺の側頭部目がけて蹴りを放った。その足は、木の枝のときと同じように金属で覆われている。


 「ぐ、ああああぁぁ――っ!!」

 俺はあまりの蹴りの重さと威力に、釣鐘で殴られたかのような錯覚を覚えた。

 重さと同時に鋭さもあったようで、俺のこめかみや額から血が流れる。俺の体は吐き気をもよおしたように地面に倒れこみそうになるが、両足を踏ん張ることでなんとか態勢を持ち直した。


 「死ね! 死ねっ! 死ねっっ! 死ねっっっ! 死ねえええぇぇぇ――っ!!」

 憎しみのこもった言葉を何度も何度も吐きながら白城は俺を連打する。

 左足の上段回し蹴り。右足のかかと落とし。左足の後ろ回し蹴り。そのまま空中で一回足を組み替えると、勢いを利用してまた俺の側頭部に右足で回し蹴りを放った。

 俺の体が切り倒される倒木のように揺れる。

 白城は俺の顔面を二発ほど打ちながら、最後の回し蹴りを一発顔面に入れて数歩分ほど後ろへ飛び退いた。


 ――さすがに、俺の意図に気づいたようだな。

 「なぜだっ! 鬼の力があれば俺の攻撃は躱せるはずだっ! なのにっ! なのになぜお前は俺の攻撃を避けないっ!? 馬鹿にしているのかっ!?」

 白城は困惑と怒りが混ざった表情で俺を睨みつけながら叫ぶ。


 「馬鹿になんか、するかよ」

 両腕を力なく下げたまま、俺はかすれた声で答えた。

 額や身体、至る所から骨折や、それに伴う出血が起こっている。


 「俺、さっき決めたんだ。鬼を倒した後はお前の攻撃を避けないって」

 「はあっ!? ふざけるなっ! 鬼を倒したからなんだっていうんだっ!? 鬼を殺せば俺が復讐を止めるとでも思っているのかっっ!!」

 白城は夜闇に向かって吠える。

 やっとダメージがましになってきたのか、覚束ない足取りで立ち上がる式坂を、彼は視線だけで人が殺せそうなほどの鋭い目つきで睨みつけた。

 俺の後ろにいる式坂の身体が、怯えるように小さく一回震えたのが分かった。


 「やめるかどうかは正直分からない。でも、俺はやめると信じてる。

 ――だってあれは、鬼じゃないから」

 俺は静かに、そう言い放った。


 「っ!!」

 白城が驚いた表情を浮かべて、唇を噛みしめた。


 「……いつから、気づいていた」

 白城が俺を見ながら、小さく呟いた。


 「ほんのついさっき、さ。

 俺が鬼の角を折って、消滅させたとき。鬼はただ消え去るだけじゃなかった。そいつは細々とした白い紙の切れ端のようなものに変わって、空を飛んでいった。

 あれは式坂の式神が、鬼の角で貫かれて消えたときと同じに見えたんだ。

 それで、俺は考えた。こいつは式神じゃないか、ってね。

 それともう一つ、俺が引きちぎったはずの鬼の右腕が回復していなかったことも決め手になった。お前が媒介を用いずに陰陽術だけで作りだした鬼ならば、右腕を回復させられるはずだって思ったんだ」

 俺の独白を聞いて、白城は「なるほどな」と苦々しく言葉を吐き出した。


 「だが、それと俺が式坂家への復讐をやめることになんの関係があるっ! 正真正銘の鬼だろうが、式神で模倣した鬼だろうが関係ないっ!! 俺は俺の復讐を完遂するまでだっっ!!」

 白城が叫ぶ。

 夜闇に響くその声は、今の俺には誰かに助けを求めるようなひどく悲痛な叫び声に聞こえた。


 「関係、あるさ」

 俺は小さく呟いた。

 よく聞き取れなかったようで、白城が怪訝そうな顔を向ける。


 「関係あるっつったんだよっ!!

 ここからは俺の推論だが、お前、あの式神は一朝一夕で作り上げたもんじゃねえだろ!」

 俺は一旦息継ぎをする。

 「式神が一朝一夕で鬼と見まがうほどの力を付けるなんて、俺には信じられない。

 あれはおそらく三年、いや五年近い年月をかけてお前が作ったものだろうっ!

 おそらく、五年。母親が殺されたという五年前から、お前がを憎み、毎日のように力を込めて強化し続けた式神だろうっ!!

 いわば、あれはお前が式坂家を恨み続けた憎しみの象徴だっっ!! 

 俺はそれを砕いたっ! これからお前がどうするかは知らないが、五年間溜まりに溜まった憎しみは俺が消し去ったんだっ!!!」

 俺は心の内に溜まっていた思いを一気に吐き出した。

 少年漫画の主人公になった心持ちで、白城が改心してくれる。

 そう、信じて。


 「はは。あはははははははっ!!! ああ、そうだっ! そうだよっ! あれは式神だっ! 間違いないっ! 俺が五年前、母さんが殺された現場から鬼の角を拾って以来、それを中核として五年の歳月をかけて作り上げた式神だっ! その力は鬼となった人間の角を使っているだけあって、鬼同然の力を発揮できたよっ! 

 誰の角だと思うっ!?」

 白城が式坂をさっきまでよりも強く睨みつけた。


 「お前の祖父、式坂十座だよっ!! あいつに習った式神術でっ! 

 あいつの角から作りだした鬼でっ! あいつに同じ苦しみを味あわせてやりたかった!

 愛する者を失う悲しみをっ!!

 でも、できなかったっ! 残念っっ! ほんっとうに残念だよっっ!!

 だがな、美影春馬っ! 

 人の五年間に渡る憎しみが、そんな程度で消えると思うなよっっ――!!!!」

 白城が絶叫しながら地面に向かって四肢を持つ白い紙を張り付けると、白い物体が現れ、一瞬で土によってコーティングされ、瞬きを数回する合間に黒光りする大砲のようなものへと変貌を遂げた。

 続いて、白城は指から水の弾を発射して、その球体を覆うように木、土が幾重にも絡みつき、大砲と同じ色の大きな弾が精製された。

 それは大砲の発射口へと吸い込まれていく。

 ものの数秒もしない内に作り上げられたそれらは、白城が絶叫が最高点へと達するのとほぼ同時に発射された。

 物騒なほどに黒光りする弾は、俺と式坂の方へ向かって鬼となった式神を思わせる速度で飛んでくる。


 「くっ! これはまずいっ!!」

 俺に当たるほんの数歩手前でそれは急激に膨張すると、一気に爆発した。

 花火のような大量の火花と、水弾、木の鞭、金属の破片が大量に空中に散布され、一斉に俺目がけて襲い掛かってくる。

 俺は黒球が膨張を始めたとき、確かに見た。

 式坂の、笑顔を。

 後ろにいた式坂が、俺を庇うために前方へ飛び出してくるのを――。


 「式坂あああぁぁぁ―――――っ!!!」

 白城の力の粋を集めた攻撃が、式坂を襲った。

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