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そして運命はまわり出す

 


 あれは、私が七才の時。

 私はお父様と出かけた町で、屈強なたちの悪い男たちに誘拐されたのです。


 男たちの目的は、人身売買でした。身なりの良い金持ちの子どもを狙い、いわゆるそういう嗜好を持つ人間に売り飛ばしては金を稼ぐといった輩です。


 けれど、男たちは前々から警邏隊に連続犯として追われていたらしく。

 追い詰められた男たちは、自分たちの悪事が明るみに出ることを恐れ、私を口封じに殺そうとしたのです。


 結果的に、警邏隊がすんでのところで助け出してくれたおかげで、これという大きなけがもなく無事だったものの。



 男たちの、目を血走らせてナイフを手に、覆いかぶさってくる大きな身体。まるで猛獣のような荒い息と、にやにやとした薄笑い。

 幼子心にそれが目に焼き付いて、強い恐怖心を植え付けられてしまったのです。


 気を失った私が目を覚ました時、私は近くにいた警邏隊の若い隊員たちを見てパニックを起こし、絶叫しました。

 

 男性恐怖症。

 それが、医師の診立てでした。




 その日以来、私は家族や子ども老人以外の男性にひどく恐怖心を抱くようになりました。


 近い距離で向き合うことすらできなくなり、むやみに近づかれたり触れられでもしたら、失神するかパニックを起こして逃亡するかといった有様で。

 

 手を伸ばしても確実に届かない距離であれば、なんとか耐えることができるかどうかという程度。

 となれば、婚約はもちろん結婚など望めるわけもなく。


 この日から、私の運命は決定付けられたのでした。

 一生独り身のまま、男性との接触を避け、生き抜く運命を。




 そして、かわいい弟のマルクはまだ十才。


 家督を継いでひとり立ちするにはまだまだかかりますし、お父様は領地経営のためここを離れることは出来ません。

 お母様だって身体が弱く、便の悪い田舎で暮らすなど到底無理な話です。


 いつまでも未婚の姉が屋敷にいては、いずれマルクが結婚し家督を継ぐことになった時、重荷になることは明らかです。


「お父様、私は平気です。男性と接触するのを避けさえすれば、力仕事だって問題ありませんし。ですから人気のない森に近い場所に小さな家と畑、それと動物たちがいればなんとか……」


 もちろん、信頼できる使用人のひとりくらいはついてきてくれるとありがたいとは思います。

 でも果たして、そんな生活でもいいと言ってくれる殊勝な使用人がいるかどうか。

 

「そりゃお前が力持ちなのは知ってるよ……。男の胴回りほどもあるあんな丸太ん棒を、軽々と担いで歩いているんだからな」

「ええ、その通りですわ」


 だって木材くらい一通り扱えないと、家も家具も作れないではありませんか。自活するには必要なスキルです。


 それに案外丸太を担ぐのって、コツさえ飲み込めば簡単なんですよ? お父様。


「しかしそうはいってもな……。お前は母親によく似てかわいいからな。そんなお前を男たちが放っておくとは思えん。母さんだって結婚前は婚約希望が殺到して、モテモテだったんだぞ?」


 あら、さりげなくノロケですか? お父様。

 仲がよろしいのは娘として嬉しいのですけれど、あんまりお母様との仲を見せつけられるのはちょっと。

 

「いざとなったら丸太をぶん回して撃退しますし、動物たちも私を守ってくれますから大丈夫です。知っているでしょう? あの子たちが、私のためならどんな相手にだって容赦しないのを」


 我が家にいる動物たちは皆、私が森でけがをしているのを拾って世話したり、町でひどい扱いをされているのを見かねて引き取った子たちばかり。


 今では私の大切な家族であり、心強いボディガードでもあるのです。きっと暴漢のひとりやふたり、簡単に追い払ってくれるはずです。


「確かにお前がたくましいのは認める。認めるが、しかし……」

「これが私の運命なのよ。きっと、タッカード家の名に恥じぬよう立派に自活してみせます。どうか私を信じてください、お父様」


 私の心強い言葉に、お父様が深く嘆息します。


「私は心配だ……。なんとかしてお前がこの先の人生も安全に、心穏やかに幸せに暮らせる道があればよいのだが……」


 ああ、お父様お母様。本当にごめんなさい。


 私が男性恐怖症になどならなければ、お父様だって娘の結婚や孫だのに一喜一憂する喜びを人並みに味わえたでしょうに。


 でも、私は強く生きていきたいのです。こんな男性恐怖症などに負けて、めそめそと泣いて暮らすのは嫌なのです。ですから――。



 けれどそんな杞憂は、無駄でした。

 だってその後すぐ、驚くべきお話が私に降りかかってきたのですから――。




 

「ミュリルと、あのジルベルト宰相の縁談……!?」


 お父様の驚愕と困惑に満ちた叫びがタッカード家の屋敷に響き渡ったのは、まだ夜も開けきらぬ翌朝のことでした。


 


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