お飾りの妻でも役には立ちたい
セルファ夫人の慈善パーティの当日。
ジルベルト様に言われた通り、屋敷に引きこもりラナとのんびりおしゃべりを楽しんでいた時でした。
その知らせが飛び込んできたのは。
「旦那様がパーティの最中に女性と接触事故を起こし、お屋敷に運び込まれました!」
いつになく慌てふためいた様子で飛び込んできたバルツはそう告げたのでした。
その知らせに、私は勢い良く立ち上がりました。
「それで、ジルベルト様のご様子は?」
「それが……頭を打たれたようでいまだ意識が戻っておりません……」
「そんな……! お医者様はなんて?」
手に持っていた作りかけの木工作品が、ゴトンと音を立てて床に転がりました。
「どうやらバランスを崩して転んだ女性の下敷きになり、その際少し頭をテーブルに打ち付けたようでして。お医者様の話では、打撲程度で大きな問題はないようです」
その診立て通りならば、ひとまず安心というところでしょうか。けれどまだ意識が戻らないなんて、よほどひどく頭を打ちつけたのかもしれません。
「女性と接触したっていってたわね……。発疹とか他の症状は?」
やはり女性恐怖症からくる症状が出たのかどうかも気にはなります。
ジルベルト様にとっても私にとっても、決して明らかにはなってほしくない秘密ですから。もし異変に気づかれでもしたら、大騒ぎになってしまいます。
「いえ、それについては特に何もなかったようです。純粋に転ばれて、そうした症状が出る前に気を失っておいでだったようで」
「そう……。ならそれは一安心、かしら。でもやっぱり連日のお仕事で、大分お疲れだったんじゃ……。それで足元が……」
昨夜だってお帰りは深夜だったと聞いています。
もしかしたら、疲れが溜まっているせいで受け身の態勢をうまく取れなかったのかも。
私がジルベルト様に任せきりにしたせいで。
それなのに、こんな時でさえ駆け寄って看病のひとつもできないのです。
「これじゃ、お飾りの妻とはいえ失格だわ……。こんなに良くしていただいているのに」
「いえ、これはただの不幸な事故ですよ。奥様がお気になさることではございません」
ラナのなぐさめにも心は晴れません。
先日仮病を使うと聞いたあの時に感じた嫌な予感は、このことだったのでしょうか。
セルファ夫人の招待を受けてからずっともやもやとしていたものが、ついに決壊しました。
「私……決めたわ」
「は? 何を、でございますか? 奥様」
きっぱりとした声を上げた私に、バルツが不思議そうな顔で問いかけます。
それに私は毅然とした表情で宣言したのでした。
「せめてジルベルト様の負担にならないよう、ジルベルト様と同じくらいの社交ができるように訓練します!」と。
形だけとはいえ、これでも宰相の妻の役目を引き受けたのです。利害が一致したという打算的な理由であっても、自分の意志で決めたこと。
ならば、しっかりとその役目を果たさなければ。
私の決意表明に、バルツもラナも慌てふためいています。
「ええっ!? お、奥様っ?」
「だって私はジルベルト様の、この国の宰相の妻なのよ? 夫ひとりだけに無理をさせてただ守られているなんて、おかしいわ。お互いに支え合って助け合うのが夫婦でしょう? なら私も出来る限り努力しなくちゃ!」
「し……、しかし奥様! 旦那様はそんなご無理をなさることは別に望んでいらっしゃいませんし……。今のままでも充分すぎるくらいよくやってくれていると……」
バルツもラナもなんとか止めようと試みますが、そんなことで引く気はありません。
やっぱりただ弱々しく守られているだけ、なんて性に合いませんし。
結婚していてもいなくても、やっぱり私は強く生きていきたいのです。
自分の力で、たくましく立って人生を歩んでいきたいのですから。
決意を口に出したら、ここのところずっともやもやと曇っていた気持ちがすうっときれいに晴れ渡っていく気がします。
「しかし……」
なおも引き止めようとするバルツたちを横目に、私はさっそく思考を巡らします。
鉄は熱いうちに打てといいますからね。
とりあえずは、このお屋敷で働いている使用人たちに協力してもらって少しずつ恐怖心に慣れていくとしましょうか。
「ねぇ、バルツ。この間庭で植木のお手入れをしていた若い方がいたわよね? あれは新しく雇い入れた庭師なの?」
「え? あ、あぁ。あれは庭師の親戚の子で、見習い中なのです。最近年のせいか腰が痛むと言うものですから、その手伝いにと」
「そう……。なら、私も明日からその方がお仕事をする時間、近くで動物たちの世話をすることにするわ」
バルツの口があんぐりと開いたまま、固まっています。
「念のためラナに近くに控えていてもらうから、心配はいらないわ。無理をするのは良くないもの。少しずつ慣らしていってみるわ」
倒れたジルベルト様の看病もそばにいくこともできないことが、どうしてかじりじりします。
妻という立場なのに何もできないということが、じれったいのでしょうか。
それとも、別の何か。
そんなじれる思いを吹き飛ばすように、頭を振り拳を握りしめました。
「これはきっと、男性恐怖症を克服するチャンスだわ。まぁ、克服とまではいかなくても社交くらいはできるように、きっとなってみせますからね」
「いえ、そのようなご無理は……」
「だからバルツ、ジルベルト様のお世話をお願いね。……本当は私がそばについて看病して差し上げるべきなんだろうけど、私にはできないから」
私の言葉に、一瞬バルツは開きかけた口を閉じ、仕方ないという顔でうなずいたのでした。
もうちょっとで二人の距離が縮まり始めます……。
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