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守られる側と守る側



 翌日、バルツからジルベルト様の意向を聞いた私はひとり、もやもやとしていました。


「仮病……?」 

「はい。とりあえずは夫婦で参加する意向でお返事を出し、直前になって奥様は体調を崩されたということにいたします」


 仮病とはまた古典的な手ですね。

 確かに仮病なら、おかしな勘繰りをされることもないでしょうし角も立ちませんけど。


「ですので、奥様はパーティの前日よりしばしお屋敷の中にとどまっていただくようお願いいたします。一応人目につかぬようにと旦那様が」

「……わかったわ」


 セルファ夫人とのつながりは、細くとも持ち続けたほうが後々良いと思われること。そして今後は女性のみの集まりにのみ参加させるよう、自分から伝えるからとのことでした。

 その考えは正しい。正しいとは思うのですが。


 でも、どこか気持ちが釈然とせず。


 だって結局は、パーティにはジルベルト様がおひとりで参加されるのです。毎日日付が変わるほど遅くまでお仕事に追われている身なのに。


 それなのに私は、ひとりのんびりとお屋敷の中で隠れているなんて。


 そもそもジルベルト様は宰相という身分ゆえに、特定の集まりや人に肩入れしているととられないためにこうした集まりへの参加はあえて断っているのだそうです。


 もちろんそれが、国王陛下も臨席されるような公式な場であれば別ですが。

 なのに、今回は参加するというのです。


 それはひとえに今後の私の立場を悪くしないため――。


「セルファ夫人とのつながりを持っておくことは、私も賛成いたします。あの方はとても気持ちの良い公平な方ですから、きっと奥様も気に入られるでしょう。後日、欠席したお詫びの品とともに席を設けるのがよろしいでしょうな」

「ええ……。そうね」


 バルツの話を聞きながらも、私は心のもやもやがどうしても晴れずにいました。


 ジルベルト様だって、女性がたくさん集まるであろうそんな集まりに出席されたくはないでしょうに。もし私のことを抜きにすれば、今回だって仕事を理由に断れば良かったのですから。


 もし私がこのくらいの集まりにひとりで参加できたなら、こんな手間をかけさせずとも済んだのです。


 今になって、自分が男性恐怖症でなければ良かったのにと心苦しくなります。


「ねぇ、バルツ……? 私、もっときちんと社交できなくて大丈夫なのかしら。こんな調子では、お仕事を頑張っていらっしゃるジルベルト様の足をかえって引っ張ってないかしら?」


 だって、結婚していなければこのような面倒事に巻き込まれる心配はなかったわけですし。

 私というお荷物がいなければ、もっとお仕事に憂慮なく打ち込めるのでは……。


 一度はオーレリーとセリアンの励ましで浮上した気持ちが、再びぐんと降下していきます。


「私がジルベルト様と結婚したのは、アリシア王女殿下からの求婚を断るだけでなく、ジルベルト様のお仕事にそれが必要だったからでしょう? なのにこれでは、本末転倒だわ」


 思わずバルツに本音をぶつけます。

 こんなことを言われても、バルツだって困るに決まっているとは分かっているのですが。


「奥様……。奥様はすでに旦那様の苦しみをたくさん取り除いてこられたではありませんか。奥様がここにいてくださるおかげで、旦那様は心が軽くなり屋敷でも心安らかに安眠できていらっしゃるのですから」

「でもそれは、結果的にそうなっただけで……」


 それに、それは私だって同じです。

 私がこんなに気持ちの良い屋敷で何の不自由も不満もない暮らしができているのは、すべてジルベルト様が私にしてくれたこと。


 なのに私はまだ何の恩も感謝も返せていない気がするのです。


「いいえ、奥様はここにいてくださるだけで十分力になっておいでです。旦那様はそれに感謝しているからこそ、奥様の今後を思って今回の措置を取られたのですよ?」


 バルツの言葉が本当なら、嬉しい。

 でも。

 

「でもきっと、これから何度だって同じことはあるでしょう? もし今回みたいに断れなかったら? やっぱり私が恐怖症を克服できるように、もっと頑張らなくてはいけないのではないかしら……」


 そんなことが可能なのかはわかりませんが。けれどこのまま手をこまねいて、ジルベルト様にだけ負担をかけていて良いようには思えません。


 それに、もしこんなことがこの先も続いてもし私たちの結婚が怪しまれることになりでもしたらそれこそ。

 私たちが結婚している名目がなくなってしまいます。お互いの利害が一致しているからこその、契約結婚なのですから。


「しかし、旦那様は奥様に無理をしていただきたくないとのお考えですので。妻を守るのは、夫の役目であり責任でもあるのですから。奥様は堂々と旦那様に守られてゆったりとお過ごしいただくのが、よろしいかと……」


 続くバルツの言葉に、私はますます困惑したのです。


 ジルベルト様に、守られる……。

 守られるのが妻で、妻を守るのが夫。



「やっぱり、釈然としないわ……。妻は、守られるだけなんて」

「奥様……? 今何かおっしゃいましたか?」


 つぶやきはバルツには届かなかったようです。


 でも私は、ふつふつとある思いが湧き上がってくるのを感じていたのでした。





 そして、セルファ夫人のパーティ当日――。

 そこで私に強い決意をうながすような、思いもがけない事故は起きたのでした。




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