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契約とはいえ大事な妻であることに変わりはない

 


 その夜、突然に降ってわいた招待状にジルベルトは深く苦悩していた。


「よりにもよって、セルファ夫人か……。確かにあの夫人を味方につければ、ミュリルにとっては社交の上でいい後ろ盾にもなるだろうが……しかし」


 いくら契約結婚とはいえ、宰相の妻というのは立場上利用されることも身に危険が及ぶ恐れもある立ち位置にある。


 そのことははじめからわかっていたつもりだったし、その危険を回避するためにもともと社交はしなくてもいいという条件を出していたのだが。


「確かに万が一何かがあった時に、奥様自身に後ろ盾がないというのは心配ではありますな。今のところ奥様にとって盾となりうるのは、旦那様のご実家くらいですから」


 タッカード家は盾になるにはさすがに影響力がなさすぎるし、いざという時の守りになるには力も弱い。

 となると――。


「ここはミュリルの今後のために、恩を売っておくのがいいだろうな。滅多にああした場に姿を見せない私が顔を出せば、宰相夫人とセルファ夫人とが懇意だと印象づけられるからな」

「ですが、お仕事の方はよろしいのですか? 確か今は審議会続きで仕事が詰まっておいででは……?」


 仕事は多忙過ぎるほど多忙だが、これもミュリルが日頃してくれているあれこれを思えば大したことではない。以前に比べればはるかに睡眠がとれている分、身体の調子もいいのだから。




 ミュリルがこの屋敷にきてくれてからというもの、良いこと続きだ。


 まずは、屋敷が安息の地に変わった。


 もう夜更けに忍び込む女性もいなければ、待ち伏せしている女性に不意をつかれて抱きつかれる恐怖に怯えることもない。

 おかげで安心して眠ることもできるし、毎朝ミュリルの部屋に飾るために摘んでいるのと同じハーブを枕元に飾っているせいか、目覚めもいい。



 そして、あの癖の強すぎる母と姉の二人もだ。


 実の家族ではあるが、あまりに圧が強すぎる情熱的な愛情に正直恐怖しか感じられなかったが、ミュリルが間に入ってくれるおかげで以前よりはまともに対応できるような気もする。


 あくまで以前に比べれば、だが。


「ミュリルには感謝してもし尽くせない。ミュリルがきてくれてから、以前にも増して屋敷の雰囲気も明るくなって屋敷にいるとほっとするんだ。ここが自分の家なんだと、安心して過ごして良いんだと心から思える。それが彼女の性質によるものなのか、家政の能力の高さによるものなのかはわからないが」


 ミュリルは男性恐怖症という弱点は持っているが、実に優秀な女性だった。

 いわゆる貴族の娘という枠からは少々はみ出しているかもしれないが、そこもとても好感が持てる。常に太陽のように明るく快活で、生気にあふれている。


 そんなミュリルの頑張りに、たとえ契約上の夫であっても何か応えたい。


 ミュリルのために、何か役に立てることはないか。

 まさに、そう思っていたところだった。


「確かに奥様は、まわりを明るく変える力をお持ちですな。使用人たちも皆、おおらかで明るく、まるで草原を吹き渡るような爽やかで快活なお人柄に、陥落しておりますから」

「その通りだ。だからこそ、この先の人生に憂いがないように、今のうちに手を打っておきたい。セルファ夫人ならば、私に万が一のことがあっても彼女の力になってくれるだろうからな」

「さようでございますな。同感です」


 となれば、話は決まった。


 当然のことながら二人で出席は不可能だ。

 自分はミュリルをエスコートできないし、ミュリルはミュリルで隣り合って並ぶことも難しいのだから。


 したがって、当日までは夫婦で出席すると返事をしておいて、当日急な病気で欠席することになったと伝えるしかない。

 それならば、自分ひとりしか出席しなくても夫人の面目は立つだろう。


 そして後日ミュリルがセルファ夫人にお詫びという名目で個人的に交流を持てば、つながりは保てるはずだ。


 ジルベルトはその結論に満足して、バルツに指示を伝えた。


「仕事の方はなんとかする。わずかな時間でも顔を出せば問題はないだろうからな。それとミュリルにまた夫人からコンタクトがあるようなら、当日まで参加するふりをするよう言い伝えておいてくれ」

「では、当日奥様は……?」

「仮病だ。パーティへは、私ひとりで出席する。実に古典的だが、一番手っ取り早くしこりが残りにくい」


 その結論に、ちらと不安な表情をのぞかせつつもバルツは無言でうなずいたのだった。









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