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音色少女と白い代奏者  作者: 山奥一登


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19/30

真白創真①

何とか最終日に宿題を終わらせて、僕らは再び授業のある日々に戻った。夏休みには一日中練習していたせいで、放課後だけの練習は何だか物足りなく感じた。

 平日に練習をし、土曜日に依頼をこなし、日曜日に休む。そんなスケジュールが固定され、僕らは県内の(たまに隣県の)様々な場所に赴き演奏を続けた。場所を限定しているにもかかわらず依頼は絶えることがなく、その数で音楽が、音無さんの音色がどれだけ必要とされているかが分かるようだった。

 そんなめくるめく日々をこなしていくうちに暑さは少しずつ鳴りを潜め始め、木々の葉は緑から黄色、茶色へと染まり始めた。そして力なく落ち、やがて枝は寒々しく軋むようになった。11月の末。聞き覚えのある名前からの依頼が来た。

「え、ここって真白君が通ってたとこ?」

 水谷さんはスマホの画面を見て驚いた。

「うん。4歳から小学校卒業までそこに」

 音無さんもへー、と驚いていた。

「じゃあお世話になった先生とかいるんじゃない?」

「多分いると思う。個人のピアノ教室だし」

「じゃあ久しぶりに会えるのが楽しみだね」

 笑顔の水谷さんに僕は返事ができなかった。その様子から何かを察したのか、水谷さんは不安げな表情を浮かべる。

「……あんまり行きたくない?」

「いや、そういうわけじゃ」

 僕は慌てて首を振った。先生に会いたい気持ちはある。けれど、そういう場に行くとどうしても師匠とその言葉を思い出してしまうのだ。

「自分の音を弾きなさい」

 僕はその言葉に反して今音無さんの代奏をしている。もちろんそのことに後悔はない。自分で選んだ道だ。けれどやはり少し申し訳なくはあった。当時の先生や師匠は僕の、僕自身の音を信じてくれていたから。

「やめておく?」

 二人が僕の様子を窺うように訊いた。

「いや、大丈夫。受けていいよ」

「そう?じゃあ連絡しちゃうね」

「うん。よろしく」

 水谷さんがメッセージを打ち込む。僕は昔のことを思い出していた。懐かしい場所。もし師匠がいたら、今の僕を見て何て言うだろうか。いや、何を言われても僕の進む道は変わらない。僕は音無さんの代わりに、音無さんの音色を弾き続ける。


 依頼の日、僕たちは電車で合流して音楽教室へ向かった。久しぶりに来たが街の雰囲気はあまり変わっておらず、音楽教室への道を記憶だけで辿れた。

「こんにちは」

「まあ。よく来てくれました」

 当時既に40近かった先生はすっかりおばさんになっていて、僕自身の成長も相まってかその姿が記憶よりずっと小さく見えた。先生は僕の顔を見て、眉間にしわを寄せた。先生はあまり目が良くなく、昔から何かをジッと見ると怒っているような表情になる。

「もしかして真白君?」

「はい。ご無沙汰しています。先生」

 僕が昔と変わらない呼び方をすると、先生はまあーと大げさなくらい喜んでくれた。

「久しぶりね。大きくなっちゃって」

「もう高校生ですから」

「そうよね。そう、あの動画、真白君だったの」

「はい」

「どおりですごい技術だと思ったわ。あ、とりあえず上がって」

 僕らは先生の後に続いて教室に入った。入ると、小さな子供たちが元気よく挨拶してくれた。

「こんにちはー!」

「こんにちは」

 子供の相手は音無さん、水谷さんの仕事だった。というかコミュニケーション全般が、か。僕は逃げるように先生と二階へ上がった。

「娘が真白君の動画を見せてくれて、聴いてみたら驚いたわ。あんな衝撃あの子以来だわ」

 あの子、というのはきっと師匠のことだろう。

「それにしてもあれを弾いていたのが真白君だったなんて」

 先生は感慨深そうに呟いた。恐らく先生は勘違いをしている。

「実はあの演奏は」

 僕は音無さんのことを話した。先生は僕の言うことを、優しく相槌を打ちながら聞いてくれた。

「そっか……。真白君は昔から誰かの演奏を真似するのが上手だったからねえ」

「そうですね」

「あの子の演奏をマネしていた時期もあったわね」

「ありました」

「コンクールでその演奏をして優勝しちゃったときにはびっくりしたわ」

 先生は口元をハンカチで抑えながら笑った。僕もその当時の先生たちの慌てぶりを思い出して思わず笑ってしまった。確か小学校二年生だった。師匠がいつも弾いていた曲が課題曲としてあったので、僕はそれを再現して弾いた。もちろん全てを再現することは不可能だったけど、部分的にでも師匠の音を持ち出したらその年代で敵う人なんているはずもなかった。優勝して帰った僕を見て師匠も先生もすごく困っていたのを覚えている。

「真白君」

 先生はお茶を一口飲んでから真剣な声色で言った。

「あの子が日本を発つときに言っていた言葉、覚えている?」

「はい。自分の音を弾きなさい、ですよね」

 覚えているに決まっている。師匠が唯一僕にくれたアドバイスだから。そしてその言葉の後に続いた、苦く苦しい日々も。昨日のことのように鮮明に思い出せる。

 先生は頷いた。

「あれはきっと、あなたのことを思っての言葉だったわ」

「……分かっています。分かっているつもりです」

「それならいいわ。私は別に、誰かの真似や再現をすることは悪いことではないと思う。そこから何かを学んで成長する人もたくさんいる。現に真白君もあの子の演奏、音無さん?の演奏を通して色々な技術を習得しているはずだわ。大事なのは真似だけで終わらないこと。再現をしながらでも、自分の音の追及はやめないでほしい」

「……はい」

 先生の言葉は僕の心に染み渡った。先生は僕の返事を聞いて微笑んでくれた。幼い頃に何回も見た、優しい笑顔だった。

「あ、そうだ。あの子今日本に帰ってきているわよ」

「え?」

 知らなかった。師匠のニュース記事は逐一チェックしているが、そんな情報はどこにも出ていなかったはずだ。

「この前ここにも顔を出したわよ。なんでもお世話になった人が新しいコンクールを開くとかで、その特別審査員を引き受けたって」

「そうなんですか」

「でももう東京に行ったのかしら。もうすぐ予選みたいだから」

「そうですか。会いたかったなあ」

 師匠の天真爛漫な笑顔が脳裏に浮かぶ。

「まあ真白君ならピアノを続けていればいつか会えるわよ」

「そうですね……」

 一階から子供たちの声がした。先生はそれに答えて立ち上がる。

「今日はよろしくね。最初は技術指導、それで最後に演奏を聴かせて」

 僕は返事をして先生の後を追い階段を下りた。


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