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6 別れ

 その年のうちに国王が代替わりし、新たに王となったのはモンテマジェル公爵の異母兄だった。予定通り公爵領を隣接するウルバノ領と併合し、以後センディノ侯爵が治めるようになると、前領主代理の調査報告を元に住民は税のごまかし分を再徴収された。破格の安さだった地代も見直され、税率はそれまでの1.5倍に上がることになった。

 新しい領主の厳しい管理を受け、多くの領民が不満を漏らしたが、先の若い領主代理が領民に負担をかけないよう画策していたにもかかわらず、その甘さに付け込んだ自分たちの自業自得だ、と言われると皆口を噤んだ。


 村から通いで領主の館に勤めていたヤスミンとダリオは、現領主から少々割増された退職金を得て村の仕事に戻った。

 執事のエリアスはセンディノ家の推薦でウルバノ領内の大きな商家で執事見習いを続けることになった。

 リアナは伯父にあたる王の援助の申し出を断り、領主の館を片付けると、平民となってそのまま村で過ごす、はずだったのだが。

 エリアスの迎えにファビオが来たことに驚いていると、そのまま一緒に馬車に乗せられた。

 ファビオ自身、同行することしか指示されておらず、

「行き先はセンディノ家だ。詳細は聞いてない」

としか言わなかった。リアナはなぜ自分が新たな領主に呼ばれるのかわからなかった。家も土地もない、ただの平民になったのに。


 領でも指折りの大商家の前でエリアスは馬車を降りた。

 最後までリアナのことを気にかけ、

「何かあったら、俺の所に来いよ。一人だって思うな」

 それは執事としてではなく、友達としての言葉だった。

 リアナは笑って、最後に丁寧な礼を見せた。

「やればできるじゃないか」

 エリアスの褒め言葉についうっかり気を緩めても、もう叱られることはなかった。


 リアナはそのままセンディノ家まで連れて行かれた。

 待っていたセンディノ侯爵は、リアナの町娘としか見えない格好に少し驚いていたようだが、笑顔で出迎えた。

「よく来てくれたね。まあ、座って」

 言われるままソファに座ると、少し遅れてファビオも入ってきて、リアナの座るソファの後ろに立っていた。

「…一応、確認するが、リアナ・モンテマジェル公爵令嬢、だね?」

「今はただのリアナです。モンテマジェル公爵家は廃爵になりましたので」

「そうか。公爵家を継がないんだったな」

 侯爵はリアナをしげしげと見つめた。

「だが、君は王家の血を引く人間だ。その意味は、…わかるね?」

 リアナは何となく察した。

 王家の血を引く自分が平民になると、後々継承問題で面倒なことが起こる可能性がないとも言えない。恐らくセンディノ侯爵は王から頼まれたのだろう。田舎の小さな領と引き換えに、面倒なやっかいごとの処理を。

「私の、…縁談ですか?」

「察しがいいね」

 にやりと笑ったところを見ると、もう相手も決まっているのかもしれない。

 これまで親が無関心だったおかげで、この手の話が一切来なかった。領地でも「真実の愛」にときめくことはなかったし、誰かから言い寄られることもなかった。

 平民になって、運が良ければどこぞの誰かと結婚することはあるかもしれないとは思っていたものの、結局は王の手の中からは逃げられないのだ。

「しかし、見たところ奔放にお育ちのようだから、幾分か行儀作法を学んでもらってから、にはなるが」

「はあ…」

 このままここに住み込み、礼儀作法を学んで、来るべき縁談に備えるのだろう。執事だったレジェスに一通りは仕込まれていたが、侍女から及第点をもらえた例しがなかった。ある程度様にならなければ、元公爵家令嬢とは言え買い手がつかない。

「承知致しました。精進致します」

 発した言葉は自分の耳にも無機質に響いた。

「行き先は王都ですか? 辺境地に?」

「うん?」

「まだこれから見繕う感じですか。まあ、難あり物件ですからね。そう簡単には…」

 想像を巡らせるリアナに、侯爵はにやりと笑って言った。

「ま、そういうことだ。自分の家だと思って、のんびり過ごしてくれ」 



 のんびり、などという日々が来ないことくらい、わかっていた。

 長い間貴族としての暮らしをしていないリアナにとって、日常に着る服一つとっても窮屈だった。

 毎日ドレスな訳ではないが、いつも着ていた服に比べると動きにくいことは変わりなく、一人で着替えもできないような作りが許せなかった。

 センディノ侯爵夫人は、リアナが一通りのマナーを知識としては持っているが、実技があまりにお粗末なことに驚き、見込みがある分つい熱くなってみっちりとしごいた。

 食事の時も怒られてばかりで、領にいた頃よりはずっと贅沢な食べ物もおいしいと思えなかった。

 時々連れ出されるお茶会では蔑む声を耳にして、このまま一生こういう暮らしをしなければいけないのかと思うと、たとえ苦労しても領主の館で四人で頑張っていた頃の方がずっとましだった、と思うようになっていた。


 それでも仕方がない、と我慢していたが、ある日、センディノ家の侍女が陰で「結晶様」の悪口を言って笑っているのを耳にした。

 お行儀も身についていない、元ご令嬢の結晶様。

 隠そうともせず、あえて聞こえるように話しているのだろう。

 小さい頃にも同じ呼び方をされた。

 「真実の愛の結晶」。相手には婚約者がいるのに身ごもり、結婚の決め手となった自分のことを揶揄しているのだ。

 いつものように顔に出さず部屋に戻った。

 そのうち、隠語のようにその呼び方が使用人の間に広まっていった。何の力もない客分のリアナを擁護する者はいない。ただの居候であり、いつかはいなくなる者だ。そう呼ぶ者も、呼ばない者も、リアナを「結晶様」として会話する。


 数日後、部屋の机の上に、誰が置いて行ったのかクリスタルの結晶が置かれていた。

 自分の身近にいる者でさえ…

 手で薙ぎ払って、上にクッションを投げ、目に映らないようにした。

 その日もあえて普通に、何もなかったかのように過ごしたが、夜中になるとここに来たときに着ていた服に着替え、窓から外へ抜け出した。仲良くなった番犬におやつをやり、使用人が使う裏口をくぐると、そのままセンディノ家を出て行った。

 書き置きの一つも残していなかった。


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