5 査察
その後、しばらくしてモンテマジェル公爵の領に査察が入ることが決まり、領主が呼び出された。「真実の愛」の相手は同行していなかった。
領主はずんぐりむっくりな体型で、目の色だけがリアナと同じく金色を思わせる茶色をしていたが、他は親子とは思えないほど似ていなかった。
帳簿の字は途中から幼さの見えるものに変わっていたが、そこそこ正確だった。
領主は領地の村の名前もろくに言えず、帳簿を見せられ、説明を求められても何のことだかさっぱりわからないようだった。小麦が主力の農産物であることも知らない有様で、何かあるとわからないのは任せていた執事がいなくなったせいだと怒鳴り、査察官があきれていた。途中から見かねたリアナが代わりに答えていたが、領主である父の機嫌を損ねただけだった。
不足する税にすぐに対処するように言われた領主が雇ったのは、愛想はいいが怪しげな男だった。時々部下を名乗る人が領地に来ることはあったが、本人はほとんど顔を見せず、それでも帳簿が作れるのが不思議だった。
リアナは帳簿を見せて欲しいと言ったがごまかされ、やがて父に「子供が見る物じゃない、邪魔をするな」と一喝された。それまで帳簿をつけていたのがリアナ達だということなど知るよしもなく。
評価できるのは、税の滞納者がいなくなり、袋の小麦の目減りもなくなったこと。しかし、徴収した税は「報告書が完成したらこちらでお納めしておきます」と言われ、リアナが確認させろとくいついても父が出てきて「余計なことをするな」と止められる始末。
やがて男とは連絡が取れなくなり、領主が持ち逃げされたと気がついたときには遅かった。
報告書が残されていたのは、「依頼された仕事はしました」ということだろう。
査察から一年後、領での失態を問われた領主は公爵の地位を剥奪されることになった。しかしその決定が正式に下る前に王都の自宅で倒れ、帰らぬ人となった。
王はモンテマジェル公爵のまま葬儀を行うことを許した。どこまでも子供に甘い王だった。
葬儀の前日、王は夜更けに密かに訪ねて来たが、孫であるリアナに気付くことはなかった。どちらからも声をかけることはなく、その後二度と会うことはなかった。
モンテマジェル公爵を支援していた、公爵の母親である第三王妃が身罷ったのが四年前。
公爵家への援助額が激減すると、モンテマジェル公爵夫人はその一年後に新たな「真実の愛」を見つけ離婚、他国に嫁いだが、その二年後に不慮の事故で他界していた。そのことをリアナは父の葬儀で初めて聞かされた。
元々育てられた記憶もなく、長く離れていたこともあり、何の感傷も湧かなかった。
もはや、誰もいない王都の家。
両親を亡くしたリアナは公爵家の継承権を放棄し、公爵領を手放した。それは父の死でうやむやになっていた査察後の決定に、自ら従ったものだった。王都の家を売ったお金は使用人の退職金を払い、残りを税の不足分として納めると、リアナの手元にはほとんど何も残らなかった。