3 「真実の愛」事件とその後
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私の父は、第三王子だったんです。
本当は何とか言う侯爵家のご令嬢と結婚する予定で、幼い時から婚約していたらしいのだけど、王立学校で私の母と出会い、「真実の愛」とやらに目覚めてしまったらしくて…。
昔から父のバカっぷりはそれなりに知られていたようで、王に指名されて婚約せざるを得ず、親子共々諦めていた侯爵家にとって、それは千載一遇のチャンスだったようです。
侯爵は人を使って父が母にぞっこんなのを周りに吹聴し、めでたいモードで持ち上げ、ライバル家の子息達をそそのかしたんですよ。「真実の愛こそ尊い」とか何とか。
取り巻き共の応援もあってすっかり調子に乗った父が、とある夜会の席でエスコートもしなかった侯爵令嬢を呼び出したかと思うと、大勢が見守る中、王様の許可も取らず
「おまえとの婚約は破棄する!」
と宣言したそうです。侯爵令嬢に冤罪をかけて、あることないこと、ペラッペラしゃべって…。
母はその時の父の勇姿が忘れられない、と、目をうっとりとさせて語ってましたけど、ほんと、バカですよね。話を聞いた時、五歳の私でさえ、ああ、父上、やっちまったな、って思ったのに。
父が「こいつは婚約破棄されて当然だ」って訴えれば訴えるほど場は白け、令嬢は「謹んでお受けします」と答えて、さっさと帰ったそうです。当然、婚約は破棄されました。…もちろん、先方から。
バカ王子の愚行を止めるどころかけしかけた取り巻き共は皆明るい将来を失い、その家は王のお叱りを受けたと聞きました。でもドラ息子をいち早く切り捨てた家ほど、今は何もなかったかのように過ごしているようですよ。その辺り、貴族ってすごいと思います。
母は子爵家の出なんですけど、この家もあまりぱっとしない家で、王子様に見初められた娘を褒め称え、甘やかし放題でしたが、表向きは侯爵家にけんか売ったわけですから、周りから敬遠され、付き合いもなくなって衰退の一途をたどり、後に爵位を剥奪されたと聞いてます。
侯爵令嬢を断罪した時には既に私を身ごもっていたこともあり、父は母と結婚することになりました。本当ならせいぜい側室だと思うんですけどね。これには父が他からの縁談を全て断られたという事情があったようです。早くあのバカ王子を何とかしろ、と言う世間の要請もあったみたいで。
王様は結婚と同時に父に「公爵」の爵位を与えて独立させ、持て余していた領の狭間の小さな土地を「公爵領」として下賜し、そこでひっそり暮らしてろと言ったはず、なんだけど。
元々が俺様王子のバカ王子。勉強も嫌い、努力も嫌い。領地? ほっときゃお金が入るでしょ? 感覚。
しかも、王子に甘い母親の第三王妃が金銭的な援助を続け、王妃の実家から王都の家を譲り受けたので、二人は領地にはほぼ足を向けることなく王都で贅沢三昧。二人は幸せだと思います。
五歳の時に何かの用事で一度この領に来たついでに、私はそのまま乳母と一緒にここに置いていかれました。多分子供がいると、周りからいろいろ言われて面倒だったんだと思います。元々王都にいた時から乳母任せでしたし、まあ、貴族の親が子供を育てないというのはよくある話ながら、問題は領地の屋敷に親が金を入れないと言うことで。
自分たちは領地に行くことがないから、お金なんてかける必要がない、というのが両親の考え方でした。
面倒な子供をぽい。そのうちうるさい執事もぽい。言うことを聞かない侍女・侍従もぽい。領地にある領主の館は父にとってはゴミ箱で、王都の屋敷には自分たちに都合のいい人だけが残されました。
逆にここにはそれなりに優秀な人が集まってたんですけど、何せお金がないもので、他領の引き抜きもあって、一人、また一人とやめていきました。
八歳になった時に乳母もいなくなり、かろうじて責任感のある老齢の執事と、数人の侍女に侍従、食事の世話やお掃除をしてくれる通いの村人が私の面倒を見てくれてました。
執事のレジェスは収益の上がらない領を何とか維持してくれ、とりあえず借金はないけれど、貯蓄もない。領主の館ではギリギリ衣食住が成り立つかどうか、と言ったところだったんですが、二年前に体を壊し、故郷に帰ることになって。もう年も年でしたしね。これ以上無理をさせるわけにもいかないので。
レジェスは最後まで父に領地の経営を掛け合ってくれたんですが、結局父の耳に届くことはなく、レジェスに代わる人の手配もされなかったんです。
その頃には、屋敷にはこのエリアスしか残ってませんでした。エリアスはレジェスの甥で、私に気を遣って残ってくれてるようです。
こうなると仕方がないので、侍従見習いだったエリアスを急遽執事に昇格させ、私とエリアスとでレジェスに教わったことを自分なりにやってる、と言うのが現状です。
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