10 「真実の愛」は一つじゃない
「真実の愛」との再会を果たしたその日から、リアナは再びセンディノ侯爵家で世話になることにした。
戻ってすぐの頃は掌を返したかのように機嫌を取りに来る者もいたが、リアナが相手にしないと知るとこれまで通りつかず離れずの関係が続いた。
新しく自室を担当する者とは仲良くなれ、そのうち信頼の置ける者を見極められるようになると、侯爵家での暮らしもさほど苦にはならなくなった。
事前に承諾を得ればロメリ家に遊びに行ってもいいことになり、まずは世話になった礼をしに行った。
ロメリ家ではリアナの仕事ぶりの評価は高く、ドミンゴから息子の嫁にならないかと言われたが、エリアスが許さず、センディノ侯爵からもはっきりと却下された。
時々カツラをかぶって店の手伝いをすることもあったが、大目に見てもらえているようだ。ロメリ家の従業員とも交流を続け、それがいい気分転換にもなっていた。
センディノ侯爵夫人の作法のレッスンも、以前より前向きに受けるようになった。
いつか、伯父である王に会うことがあれば、文句の一つでも言えるように。その言葉がリアナを変えていた。
どんな状況になっても、身につけたものは武器になる。いつか、自分の、誰かの助けになるに違いない。
それでも礼儀作法やダンスはいまいちだったが、裁縫は刺繍どころか本格的に服を縫えるほどの腕前で、貴族の子女では滅多にしない料理、洗濯、掃除も一通りできる。読み書きも不自由なく、計算も帳簿の管理も出来るリアナは、社交を担う貴族の奥方には向いていなくても、領主を支えるには充分な知識を持っていた。社交に力を入れていない田舎の小さな領ほど引く手あまただろう。
さて、どこの領にあてがうか…。
悩んだ振りをしながら、センディノ侯爵はひとりほくそ笑んでいた。
ある日、リアナはファビオと共に侯爵に呼び出された。
「やはり、三ヶ月も屋敷を抜け出したことが響いてしまったか…。礼儀作法を学びに来た家から逃げ出した事が知れては、なかなかいい縁談が来なくてね」
いつの間にか病気療養の設定は崩れていて、リアナの脱走に愚痴をこぼしながらも、侯爵はニヤニヤと笑っている。
「まあ、こうなったら、これでいいだろう」
これ、と言いながら肩を叩かれたのはファビオだった。
ファビオも事前に聞かされてはおらず、驚きを隠さなかったが、あらかじめ互いの人柄を知っていた二人は互いの顔をじっと見ると、「まあいいか」と軽い調子でその縁組みを了承した。
王家の血を引き、元第三王妃の実家アヴァロス侯爵家にも縁がある。元王妃は亡くなったとは言え、現在も王城では発言力がある家だ。下手な家につながりを持たせるのは考えものだ。
元モンテマジェル公爵領の生意気な住民達も、若さを侮りながらも領主代理だったリアナの仕事ぶりには一定の評価がある。各村にいる友人は村での困りごとや不正の兆しがあれば相談していたらしく、貴重な情報源だ。次に領を継ぐのはファビオではないが、領の経営にもきっと役に立つだろう。
そして何より、女性に関心の薄いファビオが珍しく友人になった相手だ。領主命令とは言え、いなくなった時にはまめに様子を見に行くなど、意外な積極性を見せた。
「思わぬ掘り出し物だったかもしれないな」
センディノ侯爵は、ここから先の進展はせかすことなく二人に任せることにした。
もっとも、侯爵夫人が礼儀作法の授業以外にも世話を焼きたがっているので、そうのんびりともしていられないだろうが。
「ファビオは、今まで真実の愛と思うような人はいなかったの?」
そう聞くリアナに、ファビオは
「俺の真実の愛は、剣かな」
と真面目に答えた。嘘ではないだろうが、
「それ、人じゃないじゃない」
とツッコミを入れると
「そっちだって馬だったくせに」
と反撃された。
友人から始まったファビオとリアナは、時にけんかをすることもあったが、困った時に一番にその人の顔が思い浮かんだのを自覚した時、リアナは「真実の愛」の一つにこの人を加えてもいいかもしれない、と思うようになった。
後のウルバノ領騎士隊隊長と奔放な元公爵令嬢は、その後緩やかに付き合いを深め、やがて気の合うパートナーとして生涯を共にした。
お読みいただき、ありがとうございました。
9/6 一番星をいただきました。
お読みいただいた皆様に、感謝致します。
誤字ラにも、自分自分にも負けないよう、楽しんで書いていきたいと思ってます。
2023/6/24
ふと読んでいて、矛盾に気が付き修正しました。
何とか言う侯爵令嬢、リアナの父が断罪した相手をファビオの母から、ファビオの母の妹に変更しています。
子供の年が合わない…。
断罪の時に生まれたのがリアナなら、兄のいるファビオは何歳だ??
センディノ家父母はとうの昔に結婚している設定でないと!!
妹にしたら、リアナに礼の気持ちを持ったファビオの母にもちょっと納得がいくようになりました。
反省!