1 一泊の縁
ウルバノ領を治めるセンディノ侯爵が出先から自領へ戻る途中、盗賊に襲われた。
この日は侯爵の次男ファビオ率いる騎士隊の小隊が護衛についていた。同行した護衛は腕の立つ者が揃っており、難なく盗賊を捕らえることができた。
自領はここからそう遠くはなく、自領に入ればすぐに騎士隊の駐屯地がある。駐屯地に先触れを出し、ファビオは父には数名の護衛をつけて先を急いでもらい、自身は三名の部下を連れて捕縛した盗賊の引き渡しに当たった。しかし現地の警備を担当する者は手際が悪く、再度逃げ出した者を捕らえているうちに一人が手に怪我を負った。思いのほか時間がかかり、その日のうちに領まで戻れると思っていたが当てが外れた。軽傷ながら怪我を負った者もいたので、その日はどこかで宿泊することを選んだ。
途中小さな村があり、ファビオは一夜の宿を求めたが、村にある唯一の宿は小さく、既に満室だった。
近くでその様子を見ていた女が、
「食事を済ませてくるなら、うちを使ってもいいよ」
と声をかけてきた。宿の女は、
「リアナの家だったら広いだろうけど、いいの? 男の人がこんなに…」
ファビオを含め、がたいのいい男四人だ。心配するのも当たり前だったが、リアナと呼ばれた女は
「ウルバノ領の騎士でしょ? 紳士な騎士揃いって聞いてるけど?」
と、ファビオ一行を見て答えた。騎士隊の制服とわかっての申し出だったようだ。
「怪我人もいるようだし、遠慮しなくていいよ。…先に案内しようか」
リアナの家はそこからさほど離れていなかった。確かに村の中の他の家に比べるとひときわ大きいが、かなり古めかしい屋敷だった。
馬小屋もあったが、小屋の大きさの割に馬は一頭しかいなかった。灰色のさほど大きくもない馬は、突然登場した客の馬たちにも驚くことなくマイペースで藁を口にしている。
「馬はその中に。干し草はそっちね。飼葉桶は奥に、壊れてるのもあるけど適当に使って。鞍は家に持って入った方がいいよ。田舎だけど、時々よそ者の泥棒も来るし」
客が馬を小屋に入れ、荷物を持ったことを確認すると、リアナは客を屋敷の中に案内した。
客間は三つあったが、普段は使われていないようで、家具に掛けられていたほこりよけの布を剥いだばかりなのか少しほこりっぽかったが野宿に比べれば充分だ。
貴重品は身につけ、食事を取りに村の宿のあったところへ行き、戻ってくるとベッドが整えられていて、枕元に古いランプと水差しが置かれていた。
「悪いけど湯浴みの準備まではできないから。足を洗うくらいのお湯は持ってくるね」
「いや、部屋だけで充分だ」
ファビオの言葉が聞こえなかったのか、リアナはそのまま部屋を出ると、しばらくして桶とお湯を持ってきた。
時間をおいて、使ったお湯を引き取りに男が入ってきた。格好はラフだがそこそこ礼儀正しい男は、ファビオが礼を言うと丁寧に一礼して桶を持って部屋を出た。同じ調子でお湯と桶を持って各部屋を回っていく。下手な宿屋より快適だ。
ベッドに入り、明かりを消すと、昼間の疲れもあってすぐに眠りについた。
朝起きて馬の様子を確認すると、馬には干し草のほかいもやにんじんも与えられていた。あまり多くはないが、馬もまたもてなされていることがわかり、ありがたかった。
周囲を散策していると、裏庭で野菜を摘んでいるリアナと、村の女がいた。
「お嬢、焼きたてを持ってきたよ」
「ああ、ありがとう。こっちも人数分はなんとかなりそう」
村の女の持つバスケットには、焼きたてのパンが入っていた。リアナの手には野菜の他、卵もある。
ファビオが見ているのに気がつくと、リアナは小さく手を振り、声をかけてきた。
「おはようございます。もうすぐ朝食だから、みんなを連れてどうぞ」
まだ寝ている者もいたが、起こして身支度を調えていると、さっきの村の女が呼びに来た。
家の四人と来客四人が座ってもまだ余裕のあるダイニングテーブルは、かなり古めかしいが物は悪くなかった。
席にはリアナと、昨日の男、パンを持ってきた女と別の男もいた。どう見ても使用人に見えるが、同じ席についている。使用人と一緒に食事を取る家などファビオには初めてだった。上席に座るリアナ自身、見ようによってはメイドに見えるほど質素な装いだ。
卓上にはパンにサラダ、ソーセージにスクランブルエッグもある。大人の男には少し物足りない量だったが、急な来客に厚意で用意してもらえた物だ。感謝して食べた。
「昨日は世話になった。私はウルバノ領の騎士隊に所属するファビオ・センディノという。挨拶が遅れて申し訳ない」
「リアナです。こんな田舎で大したこともできず、量も足りないでしょうが」
昨日より少し言葉をとり繕っているのが妙におかしかった。誰かに何か言われたのだろうか。
「おいしいですよ! ありがとうございます」
騎士隊の一人であるセリオが笑顔で答えた。
怪我をしていたイヴァンには、新しい包帯が巻かれていた。恐らく昨日のうちに用意してくれていたのだろう。
裏庭に引いている水は山の湧き水のようだった。汲んでいいか尋ねると、快く了承してくれた。それぞれ手持ちの携帯用の革袋を水で満たし、礼を言って館を離れた。
見送りにはリアナと他の三人もそろっていた。全員で見送ってくれたのも微笑ましい。決して裕福ではないが、仲良く暮らしているのだろう。