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第1話 「ただそれだけ」

 真っ白な世界。

 そこに存在しているのは俺だけではない。

 数人や数十人といった召喚や転生に分類される異世界ファンタジーによくある規模でもない。

 今この場に居るのは、《アナザーワールド・リインカーネーション》というVRMMOをサービス開始と同時にプレイし始めたプレイヤー全員。その数はおよそ数千人。もしも初回生産分を手に入れたプレイヤー全てがログインしていたならば、その数は1万人にも達する。

 ただこの光景に興奮はない。

 視界に映るプレイヤー達の顔にあるのは困惑や恐怖といったマイナスの感情。

 俺の中にも似たような感情が芽生えている。

 何故なら……


「ど……どこだよ!? どこなんだよここはぁぁぁぁあぁぁぁッ!?」


 どこからともかく聞こえてきた絶叫が言うように見知らぬ場所だからだ。

 俺を始めこの場に存在しているプレイヤーは、ゲームを起動しアバター制作やジョブ選択、初期スキルの選択……といった設定を終えて《始まりの街》に降り立つはずだった。

 もしも何かしら致命的なバグが発生してしまい、こんな場所にプレイヤーが降り立っているのだとしたら運営はすぐさまメンテナンスが入るだろう。

 だがこれまでにいくつかのVRMMOをプレイしてきた経験からか……俺には今起こっている現象がゲームのバグだとは思えなかった。

 普通この手のゲームは視界のどこかしらにプレイヤーの名前や体力といった情報が映っている。でも今は存在しない。

 加えて……目に見える光景、鼻孔に吸い込まれた空気と共に感じる匂い、衣服越しに感じる温度感。

 VR技術は日々進歩し現実に迫ってきているのは知っている。

 が、今俺が感じているのは現実そのもののようにしか思えない。ここはいったい何なんだ……


「――見つけたッ!」


 思考を吹き飛ばすかのように誰かが勢い良く飛びついて来た。

 これが体格の良い男だったならば俺は盛大に押し倒されていたことだろう。正直に言えば、もう少し踏ん張るのは遅れていたならぶっ倒れていたが。

 澄んだ輝きを感じる金髪碧眼に整形を疑われてもおかしくない綺麗な顔立ち。

 身長は程良く高く、すらりと伸びる手足はファッションモデルにも負けていない。それでいて女性の象徴とも言えるおっぱいやお尻も十分な大きさがあり、衣服越しにも形が綺麗だと思えるラインをしている。

 彼女の名前はシオン。

 前作で所属していたギルドのマスターであり高校時代からの友人でもある。

 幅広いジャンルに精通するド級のオタクであるが、リア充な内容にもついていけるハイブリッドでもあるため高校時代は気さくな美少女として人気を博していた。

 オタクとしての認知もあったので親しくしてもあまりやっかみがなかったのは今思えば救いである。

 ただ現在も同じ大学に通っているだけに……10人居れば10人とも振り返ってもおかしくない超が付くほどの美人に育ってしまっているが故にオタクとしての認知が広がるまでは。いや広がってからも俺は妬まれ面倒事に巻き込まれるかもしれない。

 なんて現実逃避はここまでにするとしよう。

 現在進行形で嫉妬から来る面倒事よりも面倒なことが起きているのだから。


「ミカヅキミカヅキミカヅキー!」

「うるさいから連呼するな」


 それ以上に人様にタックルをかますな。

 小さな子供でも勢い良くぶつかってきたら痛いんだぞ。それが大人になれば性別が女だろうとかなりの衝撃なんだからな。

 そもそも、付き合ってもいない男に対して過度なスキンシップをするんじゃありません。もしお前と中学時代に知り合っていたら間違いなく勘違いする。そう思えるくらいにはお前は俺のタイプなんだから。

 ちなみにオタク感を隠されていたなら高校時代でも勘違いしたと思う。

 だってこいつ、すげぇ美人でおっぱい大きくて良い匂いするもん。


「こういう時くらい優しい言葉を掛けれないと女の子からモテないよ」

「こういう時にそれだけ冷静な返しが出来る奴を心配する必要はないと思います」

「ボクさえ居てくれればいい。他の子からモテる必要はない、だなんてミカヅキは大胆だね。いやようやくボクの魅力に気が付いたというべきか」


 どこをどう解釈したらこんな言葉が出るんだろう。

 非常事態で混乱しているだけさ。

 なんて思えればいいのだが普段のシオンを知っている身からすれば割と平常運転としか思えない。

 そもそも……仮にさ俺がモテなくていいのかって質問に別に良いですって返したとして。シオンの今みたいな返答はおかしいと思う。

 高校の頃からこの手のやりとりはあったけど、こいつは俺に告白させたいって考えているのだろうか。

 未だに周囲に俺との関係を聞かれた時、平然と好きは好きだけど特別な好きではない。いやある意味では特別だけど、友人の域は出ていない。とか言っているのに。

 これって俺からアクションを起こしたら変化するのかね?


「そんなことより」


 他のギルドメンバーとは出会えているのか?

 そう聞こうとした矢先、そんなことで片付けられてちょっとムスッとし始めているシオンの後ろに見覚えのある顔が見えた。

 背丈はシオンよりわずかばかり高く、顔立ちはハーフであるシオンとは違って純日本人だが綺麗に整っている。

 すらりとした手足によって際立つ育ちの良さを感じさせる姿勢と仕草も目を惹くが、彼女と親しい関係にある者は装備している鎧の下にシオンよりも立派なおっぱいが眠っていることを知っている。

 この女性の名前はマリア。

 シオンの友人でありそれなりに名の知れた企業のご令嬢。故に出身校は俺やシオンと違ってお嬢様学校であり、現在通っている大学も名門と呼べる場所だ。

 普段は見た目通り清楚な美人なのだがシオンの友人だけあって癖もあり……このへんについては機会があれば言葉にするとしよう。


「もうシオンさん、置いて行かないでくださいよ。心細いじゃないですか」

「あ、ごめんごめん。ボクの中のミカヅキセンサーが反応しちゃってつい」


 え、何その俺にとって面倒としか思えないセンサー。

 ノリで言っているだけだから心配するな?

 まあ確かにシオンって女はノリで適当なことを言う奴ではあるよ。

 でもそれなりに長い付き合いになるつつある俺からすると、今の発言は心配しないわけにもいかないわけで。

 だって静かにラノベとか読みたくて人気のない場所に居たりするとさ、こいつがひょっこりと現れたりする。そんなことが過去にざらにあったから。


「ちなみにマリアセンサーもレベルは劣るけど備わっていたり」

「そんなもの必要ないので私のは今すぐ捨てて、ミカさんのセンサーにガン振りしてください」

「その心は?」

「私は『ミカ×シオ』が推しなので!」


 リアルな友達でカップリングを考えるんじゃありません。

 まあオタクに対してカップリングを考えるな、とは同じオタクとしては言いたくないけども。

 でも……考えてもいいけど言葉にするのやめてほしいな。

 俺とシオンが付き合っていたら「リア充死すべし!」というオタクによくある嫉妬心からの行動、または単純なからかいってことで受け入れる。

 けど実際は俺とシオンの関係は友人の枠を出てはいないわけで。

 てか……こいつらが揃った瞬間、凄まじい勢いで緊張感がなくなったんですけど。

 周りは混乱したり蹲ったり現実逃避したりしている人間で溢れているというのに。周りが冷静だったら絶対に俺達浮いていただろうな。

 逆にこいつらのおかげで冷静さを保てているとも言える……けど、何か癪だから絶対に言わないでおこう。


「はーい、ちゅうも~く♡」


 決して大きくはないが耳だけでなく脳内に直接響くような美声。それに惹きつけられるように俺達の視線は上へと向いた。

 真っ白な空に浮いているのは、神聖じみて見える衣を纏ったひとりの女性。女性と呼ぶには些か幼さを感じさせる顔立ちではあるが、不思議と子供だとは思えない。

 それはきっと彼女がシオン達という美人を見慣れている俺でさえ見惚れてしまうような。この世とは思えない別次元な美というオーラを放っているからだろう。


「はじめまして、幸運に恵まれた人間さん達。わたしはカプリス、あなた達の世界で言うところの女神様よ」


 普通ならば「何を言ってんだあいつ……」状態になりそうだが。

 自分達が置かれている状況、そして圧倒的な存在感に異論を唱える者はいない。


「突然のことで状況が理解できてないだろうから今から説明してあげるね。あなた達は女神たるこのわたしに選ばれました。何に選ばれたのかって? うんうん、気になるよね。気になって当然だよね」


 誰も口を挟む雰囲気ではないのにこの言い回し。

 自分のテンポで話を進めるタイプなのか、はたまた人をおちょくるのが好きなタイプなのか。

 何にせよ、下手に話が脱線されたら面倒だ。

 と思った矢先、女神はすんなりと続きの言葉を紡ぐ。


「それはね……あなた達の世界で言うところの《異世界転生》にでーす!」


 テンションの上がった女神の拍手に応じて、この空間にドンドンパフパフ、という効果音が響き渡る。

 どうしてドンドンパフパフという言葉を選んだのか。

 それは……女神の周囲に実際にドンドンパフパフと言葉も具現化していたから。

 そのことに意識が割かれているのは俺だけではないようだが、この場に居る多くの人間は異世界転生という言葉の方に意識を持っていかれたらしい。それが分かるくらいにはところどころから独り言が聞こえてきている。


「ちなみに……どうして自分が異世界転生に選ばれたのか。そんなここまで来てるのにどうしようもないことを考えている人向けに先に教えてあげちゃう。それは君が英雄になれる素質を持っていたから!」


 ビシッ! と誰を指しているかまでは分からないがそれっぽいポーズを取る女神。

 もちろんそれに合わせて女神の背後にはデカデカと『ビシッ!』という言葉が具現化している。


「なんてことは一切なくて……単純に異世界の輪廻にぶち込んでも問題がない魂だったから。ただそれだけ」


 上げて落とすような言動に場の空気に変化が感じられた。

 直後。

 それを察したかのように営業スマイルじみていた女神の表情は、下等な生き物を見るような冷たいものへと変わる。


「まあつまり君達は……神にとっての暇潰し、娯楽のひとつ、単なる気まぐれで見ず知らずの世界に放り込まれるってわけ。でも別に良いよね。だって君達って異世界へ召喚されたり、転生するのが夢なんだから」


 嘲笑うかのように女神の声が響き渡る。

 ただそこまで女神の声しか場を支配していなかった。

 次の女神の言葉が発せられるまでは。


「あ、言っておくけどこの場に居る全員が異世界に行くのは決定事項だから。拒否権はありません。別に拒否してもいいけど、わたしは元の世界に帰すつもりもないから存在自体消すから。それでもいいならどうぞ拒否しちゃって♡」


 笑顔で放たれた無責任な言葉に誰かの堪忍袋の緒が切れる音がした。


『ふ……ふざけるな!』

『勝手にこんなところに連れて来て何言ってやがる!』

『明日だって仕事があるんだ!』


 次々と女神に対して罵声や野次が飛ぶ。

 だがそれに対して女神は涼しい笑みを浮かべたまま。何なら怒りをぶつけてくる人間の反応を見て楽しんでいるようだ。

 ただ一通りの言葉を聞き終えると満足したのか、女神は軽く手を叩く。

 それと同時に衝撃波のようなものが空間を走り抜け、口を開いていた者もそうでない者も身動きが止まった。


「ふむふむ、なるほどなるほど……あなた達の言葉を要約すると、簡単に言えばこっちに都合も考えやがれってことね」


 もしかして自分達の気持ちが伝わったのか。

 それとも視界に映っている笑みが消え、怒りの表情が浮かび上がるのか。

 はたまた先ほどのように衝撃波は放たれ弄ばれる。それ以上の目に遭ってしまうのか。

 この場に居る人間達からは様々な感情の雰囲気が漂っている。

 ちなみに俺は恐怖染みた感情を抱いている。

 下手に冷静さが残っていること。加えて女神の気まぐれさを見ているだけに嫌な想像が脳内を駆け巡ってしまうからだ。


「でも……そういうこと言うんだったらこっちの都合だって考えて欲しいな」


 女神は笑みを浮かべたまま。

 ただその笑みから感じられる温かさは完全に消え……尖った氷を喉元に突きつけられているようなプレッシャーに襲われる。

 ところどころから聞こえる倒れてしまうような音は、きっと気が弱い人間などがこのプレッシャーに耐えきれなかった故に発生したものに違いない。

 何なら俺だって少しでも気を抜けば腰を抜かしてしまうそうだ。

 ただ俺を袖をわずかばかりだが握っているシオン。今にも泣きそうな顔をしながら耐えているマリアが傍に居る。

 男なら女を守って当然。それが義務。

 そんな精神論が……彼女達の存在が俺の心を支えていた。


「だってこっちは神様であなた達は人間。色んな世界の循環とか管理しないといけない神様と違って、あなた達は自分達の世界しか知らない。さっきはあなた達の転生を単なる気まぐれだとか言ったし、規模的に考えれば気まぐれで済むレベルの話なんだけど。でも世界の循環だとか維持とかこっちの仕事に全く関わりがないわけでもないわけで。どう考えてもちっぽけな視野でしか物事が見えない人間風情が神であるわたしに反論だとか生意気言うなって感じ」


 これ以上は許容してあげないよ。

 そう言いたげな目がゆっくりと全ての人間に向けられる。

 何をされるか分からない。

 そう直感的に理解したのか、先ほど罵声を飛ばしていた者達も黙って女神の言動を見守っている。


「というか、わたしも今回の転生に当たってそれなりに努力したり手を回してるんだよね。簡単に死なれても異世界に行かせる意味がないからさ。あなた達に力をあげないといけなかったりするわけだし」


 お前から力なんてもらっていない。

 そう思った者もいるかもしれない。だがここに至るまでの経緯を考えた場合、俺達はすでに力を得ている。

 何故なら俺達は、ゲームを起動して初期設定を終えた末にこの場に降り立った。

 女神の口ぶりから予想するにおそらく初期設定で選択した《ジョブ》や《スキル》が俺達に与えられた力なのだろう。


「だからあなた達の世界で流行っていたゲームを参考にして、今回の異世界転生を簡単かつスムーズに行えるよう《アナザーワールド・リインカーネーション》を作ったわけ。言っておくけど、その方が面倒臭くねとか思うなよ。悠久の時を生きる神からすれば立派な暇潰しのひとつだから」


 だとしても……。

 その後に続きそうになる言葉を必死に飲み込む。

 この女神、急に雰囲気を柔らかくしやがって。もう少し柔らかかったらうっかり口から出ていたかもしれない。

 もしかしてそれを狙ってやっているのか。

 もしそうだとすれば、この女神様はなかなかの腹黒さだぞ。女狐と言ってもいい。


「というわけでなんで説明はこれくらいにして異世界に行ってもらいまーす。でも別に何かしろってわけでもないから何をするかは各々ご自由に。ではさっそく行っちゃいましょ~! 送り込む場所は……ひとつの場所にこれだけ送るのもあれだし、適当に振り分ければいっか」


 いやいやいや、それは良くないだろ!

 そんなリアクションが表に出る前にこの場に居る全ての人間の足元に魔法陣が出現。もしも完全なランダムでそれぞれ飛ばされたら終わりだ。

 そう思いながらもそうならないことを祈りながら俺は袖を握っていたシオンの手を取り、傍に居たマリアの方へ駆け寄りながら手を伸ばした。


「あ、言い忘れてた」


 この状況で何を言う気が貴様は!


「わたしはあなた達を元の世界に帰すつもりはないけど、あなた達を送り込む世界にはわたしの他にも管理に関わってる女神が居るんだよね。基本的に女神としての力は強力な魔物の封印するために使っているけど、その魔物をどうにか出来たらあなた達を元の世界に帰すための余力ができるかも」


 さらっと今後の人生を左右しそうなこと言ってんじゃねぇ!

 その想いを口に出す暇はなく、俺は不思議な光に包まれていった。

 最後に見ることが出来た人間を小馬鹿にするようなクソ女神の笑み。それを俺は、おそらく生涯忘れることはないだろう。




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