表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
車窓より  作者: 高田 朔実
5/5

5

 街で彼の用事を済ませて、帰りのバスに乗ったら、間もなく日が暮れた。長距離のバスの中、話したり寝たりを繰り返すうちに、すっかり夜になっていた。

 終点まであと数十分というところで、暮らし始めてから一週間足らずの街の、夜の姿が見えてきた。私たちの住む場所は、すり鉢のような形をした中の、お椀の途中くらいの位置にある。今いる場所を縁とすると、かなり急な坂を、長いことかけて下っていくのだ。勘のいい人なら昼間の街を見て想像できたのだろうけど、なにも考えていなかった私は、あまりに規模の大きな夜景に圧倒されてしまう。高くて見晴らしのいいところにいるので、見渡す限りの範囲に、ものすごい量の明かり灯っているのが見える。文字通り、ばーんと広がっている。写真で見てわかるようなのものではない。バスが進むにつれて、見える角度が変わりながら、どんどんその中に入っていく。こういった景色は、通りがかりで見るものではなくて、新婚旅行などでわざわざ見に来るようなものではないか。そんなものまで見せてくれる車窓に、何と言ったらいいのかわからなくなる。

「今日は晴れててよかったですね」

 彼は、あまりにさらっと言う。

「なんか、普通ですよね。見慣れると、驚かなくなっちゃうんですか?」

「見慣れていても、きれいなものはきれいですけど」 

 うっすらと汚れたガラス越しに夜景を見ながら、「あの明かりのもとに住む人は、誰も私のことなど知らないのだ」と思う。ありえないような景色を見ながら、できることといったら頭の中で独り言を言うくらいだ。ノートを出して書き留めることもできないまま、浮かんでは消えていく言葉が、ただ通りすぎていく。自分の考えにこれほど没頭できる場所は、他にあまりないかもしれない。自分の車と違って、借り物なのがいいのだろうか。決して自分のものにはならない空間、もう二度と見ることはない景色は、所有しようとやっきになる必要はない。

 通り過ぎた景色を再び見ることはなくて、一瞬でも目を離したくないと思ってしまう。なんでこんなに好きなのか、ただバスに乗っているだけなのに。   

 車はぐんぐん坂を下っていく。私たちは、少し前までただ見ていただけの景色の一部になりつつある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ