第九十八話 大きな依頼が入りました
レミト婆さんがやってくると言っていた昼過ぎ。
だけど、ハイキ商店に来ていたのはレミト婆さんじゃなかった。
「出張店舗?」
ハイキ商店の応接室で俺は聞き返した。
「ああ、そうだ。場所は【ガルソフィア】、『冒険者の街』とも呼ばれている。ここで店を開いてくれねえか?」
頼み込んできたのは冒険者ギルド支部長のオルゼさん。
突然の来訪だったし、レミト婆さんが来るからと断わろうとしたけど、「大事な話がある」と真剣な顔で言われたので応接室に通して…
今に至る。
「いやいやいやいや…何がどういう事なのか、教えてくださいよ。」
俺はクーナに『準備中』の札をかけるようにお願いしつつ、そう言った。
いくら取引先で、便宜を図ってもらった人だとしても、ろくな説明もない頼みなんて聞くわけにはいかない。
親しき仲にも礼儀あり、だ。
「ああ、すまねえ…少し焦ってたみたいだ。」
オルゼさんは謝ると経緯を説明してくれた。
冒険者ギルドで専売してもらっている【窓盾】は値段の割に頑丈で使いやすいから、今もかなり売れ行きが良いらしい。
実際、使っている人達からも好評のようだ。
事前に取り決めたように『本来は盾として使わない物だから、何があっても自己責任』との契約に応じた冒険者にだけ販売してもらっているけど。
今では他の街から来た冒険者も【窓盾】の問い合わせに来るそうだ。
ただ、そこで問題が起き始めた。
ある冒険者が【ユーラン】の冒険者ギルドに【窓盾】のメンテナンスを依頼出来るか尋ねてきたのだが、その冒険者が持っていた【窓盾】が俺が卸している物とは全く別物だった。
入手先を聞くと、他の街で購入したと話してくれた。
「本来は【ユーラン】の冒険者ギルドでしか手に入らない物だが偶然手に入った」と鉄の板にガラスを無理矢理組み合わせた物を高額で売られたらしい。
調べてみると「ハイキ商店で売っていた」と宣伝してよく分からないガラクタを滅茶苦茶な値段で売りさばいている悪徳商人が最近は増えている。
さすがにこのままではマズイとオルゼさんが思ったタイミングで、たまたま【ガルソフィア】の冒険者ギルドから連絡が来た。
それが『期間限定の出張店舗』だ。
【ガルソフィア】でハイキ商店を期間限定で開店する。
本物のハイキ商店を呼ぶ事で、市場に出ている偽物や悪質な業者を閉め出し事が目的らしい。
「今は冒険者ギルドだけで済んでいるが、中には直接この店に文句を言う奴も出てくるだろう。さすがに俺達もよその街の冒険者全員を管理は出来ないからな。」
確かに言っている事は分かる。
でも、【ガルソフィア】ってまずどこにあるんだ?
「そうだな…【ユーラン】からは馬車に乗って片道十日ってとこか。」
…十日って。
往復だけで二十日はかかるじゃないか。
え、ちょっと待って。
『期間限定の出張店舗』って言っていたけど、具体的な日数は?
下手したら一ヶ月は帰れないんじゃないか!?
「…あの、断わっていいですか?」
「なに!?」
オルゼさんが唖然としているけど、こっちだって理由はちゃんとある。
「まず、ハイキ商店は開店してまだ一ヶ月しか経っていません。落ち着いてきたとは言え、店主の自分がいなくなるのは問題です。」
資金には余裕がある。
ただ、一ヶ月も休めばそれこそ閑古鳥が鳴いてしまうだろうし、特にクーナにとって、このお店は安全地帯。
長期間閉めているとまた危ない事に遭うかもしれない。
それになにより…
声にはしないけど、もっと大きな問題もある。
見ず知らずの土地で一ヶ月も過ごすような図太さは俺にはない!
初めてこの世界に来た時は何も分からなかったし、生きていくのに必死だったから感じる余裕もなかったけど、今は違う!
家もある!(←ここ大事!)
仲良くなった知り合いもいる!(←すっごい大事!)
仕事もある!!(←まあ大事?)
往復二十日の野宿は俺には厳しすぎる。
…別に無理する必要ないしね。
「今回はご縁がなかったという事で誠に申し訳ありませんが辞退させて―――。」
「ヒヒヒ、それは勿体ないね。」
聞き慣れた声と笑いがして応接室のドアが開くと、
「あ。」
ニヤニヤ笑っているレミト婆さんがいた。
「な、なんでアンタが!?」
驚くオルゼさんだけど、俺はレミト婆さんの後ろで平謝りしているクーナを視て察しが着いた。
「ヒヒヒ、アンタみたいな礼儀知らずと違って私は前の日には約束していたからね。何も悪い事はしてないよ。」
「……」
俺はクーナに「大丈夫」と口の動きだけで伝えて、ドアを閉めてもらった。
…クーナ、安心して。
この人、止めるのは無理だよ。
「それにだ。話も知っているよ。」
レミト婆さんはそのまま応接室の空いている椅子に座ると、俺を見た。
「ハイキ、【ガルソフィア】まではかなりの距離があるが、途中に小さな町や宿場街は多い。無理な行程をしなければ野宿はまずないね。」
…バレて-ら。
「ヒヒヒ、アンタとは毎日顔合わせてたんだ。それくらいは分かるさ。」
レミト婆さんの視線がオルゼさんに向かうと、オルゼさんは気まずそうな顔になった。
「アンタもまだ色々伝えていないんだろう?この子を動かすなら下手に隠さずちゃんと説明しな。特に開店日数、それに報酬と待遇についてはきっちりと。」
「…はい。」
レミト婆さんの姿はまるで子供に叱るみたいだった。
オルゼさんもまあまあの歳のはずなんだけど。
「…【ガルソフィア】側としては五日、可能なら十日は開店してほしいとの事だ。」
「十日ですか。」
やっぱり、往復合わせて一ヶ月はかかるのか。
現代日本でもあった出張店舗と同じだとすると…こういう依頼って報酬はそんなに出ないし、『土地代』って名目で売り上げの何パーセントかは【ガルソフィア】に納めないといけないんだよな。
売れなければ当然赤字…
…考えれば考えるほど、メリットがないように思う。
せめて【ガルソフィア】でゆっくり出来る宿だけでも紹介してもらえないかな。
「…報酬は大金貨三枚、【ガルソフィア】での売り上げは全てハイキ商店のものにしていい。」
「ん?」
…今、大金貨って言ったよな?それに売り上げ全ても?
「移動に使う馬車は貴族御用達の最高ランク、護衛も冒険者ギルドから上位ランクを派遣する。道中の食事、宿泊費はもちろん、【ガルソフィア】滞在中は個室ありの高級宿を手配される。」
「…え?」
「出張店舗予定地は街の一等地、場所代や仮店舗設営などにかかる費用も全て向こうが負担する。」
「………はい?」
…おかしくない?
移動手段の手配や滞在費はまだ分かる。
距離的に遠いからグレードの良いものを用意してくれるのもまあ、分かる。
でも、設営費用も負担して売り上げも丸々渡す?
せめてどっちか片方だけでしょ。
「いやいやいやいやいやいや。」
これはもう変だ。
なんか怪しい予感しかしない。
罠だよ罠。
【ガルソフィア】に着いた瞬間、拘束されて一生幽閉されるんじゃ…
「言いたい事は分かる。開店して一ヶ月の店に出すような…いや、普通こんな好待遇有り得ないよな。だが、大丈夫だ!」
俺の不安が視えたのかオルゼさんは慌ててフォローするけど、これで不安にならない人はいないよ…
…断わろう。
ヤバイ予感しかしない!
「ヒヒヒ、今回の依頼は二つの目的があるのさ。」
すると、レミト婆さんが訳知り顔で右手の人差し指と中指を二本立てた。
「一つ目はオルゼの言っていた『市場の偽物を排除する』。これは本当だが、本命じゃない。表向きな話さ。」
表向き?
…つまり、裏があるって事?
「そうさ、本命はもう一つの方。【ガルソフィア】側の都合さ。」
…近々更新と言いつつ、また一ヶ月ぶりの更新で本当にすみません!!
いや、それにしても○ルフィンウエーブ面白いです。
○が如く維新極も良いですね。
本当に時間が…
…四月は更新頻度二回は目指します。
どうか今後もよろしくお願いします!!