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第九十五話 一ヶ月が経ちました




「ありがとうございました。」


 お店から出て行くお客さんに頭を下げて、俺は壁にかけてある時計を見た。


「もうお昼か。」


 時間は十二時半を過ぎたくらい。


 お店の中はお客さんもいなくなったし、お腹も空いてきた。


「よし、お昼休憩にしようか。」


 そう決めるとお店のカウンターへ声をかける。


「クーナ。お店の看板を『準備中』に変えて、お昼食べてきていいよ。ヤルシは作業中かもしれないから、俺が声をかける。」


「はい、店長!」


 元気な返事が聞こえると、すぐにカウンターから背の高い女の子が出てきた。


 彼女はアルバイトのクーナ。


 俺と変わらない身長…多分170センチぐらい?長い金髪に整った顔立ちと…現代日本のモデル雑誌に出ているような美人さんだ。


 年齢は十八歳で、商業ギルドから紹介されたオープニングスタッフ…いわゆる短期アルバイトという立場だ。


 ギルゼさんが自信をもって紹介してくれただけあってその実力はすぐに分かった。


 相手に合わせた言葉遣い、態度、愛想の良さは完璧だったし、こちらが用意していたマニュアルも熱心に読んでくれた。

 分からない事は何でも聞いてくれたし、店内に置いてある商品の使い方も一週間でほとんど覚えてしまうくらい優秀。

 オープンして一ヶ月が経つ間にハイキ商店の看板娘みたいな立ち位置にもなっているし、クーナ目当てのお客さんも増えているのは俺でも分かる。


 色んなお客さんからデートの誘いを何回か受けているところを見た。全てやんわりと断わっているようだけど。


「では、店長。お昼行ってきます!」


 笑顔でお店を出て行ったクーナを見送って、一度大きく伸びをする。


「……」


 クーナの契約はすでに延長の方向で商業ギルドとクーナ本人にも話はしている。どちらからも良い返事はもらえたし、もし辞めたくなったら気にせず辞めていいとも言ったけど、


「嫌です!このお店はどんな立場の人も変な事が出来ないし、とても安心して働けるんです!お給金が下がってもいいから働かせてください!!」


 その言葉と普段と違う必死な表情でこれまで苦労していた事が充分に伝わった。


 彼女にも色々とあったのだろう。


 俺が見ていたお客さんからの誘いを断わる事もクーナにとっては勇気のいる行動だったのかもしれない。

 

 『どんな立場の人』…つまり、それは貴族や有力者、上級冒険者のような人も合わせての事だろう。


 一ヶ月前のあの事件で、このお店にはある噂が流れていた。


 『客として来ればこれ以上ないほどの満足感を得るが、略奪者として来れば死さえ奪われる』と。


 …なんちゅう噂だ。


 まあ、その効果もあってか一ヶ月が過ぎても変な連中が出てこないから、助かっているけど。


 このお店は今や貴族ですら手が出せない場所…特異店(・・・)になっている。



 …ごめんなさい、特異『点』を『店』に変えました。


 ちょっとうまい事言ったとか思ってました本当に!!


 って、誰に謝っているんだ俺は…


「福利厚生、なんか考えとくか。」


 この世界に『ブラック企業』って言葉はないだろうけど、ハイキ商店はホワイト企業を目指そう。アルバイトもしっかり恩恵を受けられる超ホワイト企業に。


「っと、次は…」


 もう一人にも声をかけないと。



*******


「ふんふ~ん♪」


 つい鼻歌を歌ってしまいます。


 支部長から紹介されたハイキ商店で働いて一ヶ月。


 お給金も良くて、もう一人の仲間とも仲良く働けて、店長も優しい。


 何より、このお昼休憩の時間が私にとっては一番嬉しい。


 お昼ご飯を食べに外へ出る。


 背筋を伸ばして堂々と胸を張って歩く。


 フードで顔を隠さないでまっすぐに前を見る。




 …私が今まで出来なかった事です。

 

 私は小さな頃から、よく見た目を褒められました。


 両親も「大人になったらもっと美人になる」と誇らしげでした。


 「容姿が良いと言う事はそれだけで武器になる」…両親が教えてくれた言葉です。


 小さかった私は周りからの反応が嬉しくて、見た目に負けないくらい中身も磨こうと勉強や礼儀作法、世の中の流れを学びました。


 でも、良い事ばかりではありません。


 十五歳を過ぎた時から、声をかけてくる人の種類が明らかに変わりました。


 私の身体を熱のこもった目でなめ回すおじさん、少し名のある冒険者からは変なお誘いを受けたり、貴族の方に至っては無理矢理連れて行かれそうになった事もあります。


 同じ女性からも「調子に乗っている」と裏で悪口を言われ、言えないような嫌がらせも受けてきました。


 仕事を始めてもそれが原因で長く働く事は出来ませんでした。


 「容姿」と言う私の「武器」はいつからか、私だけを苦しめる「呪い」に変わっていました。


 やがて商業ギルドで働く事になった私はこれを機に好きだった表に立つ仕事から、目立ちにくい裏方仕事を選ぶ事にしました。


 書類の整理、経費の計算、各種手続き作業、雑用…


 ガヤガヤと賑やかな世界から遠く離れた静かな世界。


 幸いにも私は仕事の要領が良かったから、裏方仕事も難なくこなせるようになりました。


 お昼は仕事場の奥で一人。


 背を丸め、フードで顔を隠し、必要最低限以外話す事をしなくなりました。


 これでいい…


 私はそう思い込もうと仕事に打ち込みました。


 ですが、支部長はそんな私に声をかけてくれました。


「貴方の力を貸してください。」


 支部長は私の経歴も事情も全てを知っている人です。


 私は支部長からハイキ商店の説明を受け、短期の店員として働く事を決めました。


 『客として来ればこれ以上ないほどの満足感を得るが、略奪者として来れば死さえ奪われる』…怖い噂が流れている店だけあってか、ここではどんな立場の人も手が出せないと支部長がはっきり言ってくれました。


 そんな噂が流れるほどの店主はとても恐ろしい人だと私は思っていました。

 

 でも、支部長から紹介され、実際にお会いした店主は想像と違っていました。


 私とあまり変わらない年に優しそうな顔。


 怖い店の主と言うよりは、どこにでもいそうな普通の人に視えました。


 戸惑いながらも私は店主のハイキ様と支部長を交えて話し合いをし、いつから働くのか細かい打ち合わせをしました。


 ハイキ様…店長がおかしな人だと思ったのはその時でした。


 お給金についての話になった時です。


 私は商業ギルドの事務員でもあるので、お給金はそれなりにもらっていたのですが、


「とりあえず、短期契約でこのぐらいはどうでしょうか?」


 思っていた三倍の金額を出されました。


 最初は『そういう事(・・・・・)』もさせる為かと疑っていましたが、話している内にどうも違うようだと分かりました。


 これまでと違う業種の仕事、商品の勉強、その上で接客をするならこれぐらいは必要だと言われました。ノルマなどは一切なく、売り上げによってはボーナス…追加報酬もあると…


 驚いたのは『もし合わないと思ったらいつでも辞めていいし、日数に応じた退職金も出す』と言われた事でした。


 さらに「適当な口約束になってはいけない」と支部長を仲介人にしてその場で正式な契約を結んでくれました。


 普通、ここまでする人はいません。


 …ここまでしてくれる人はいませんでした。


 店長は本当に変な人です。


 本当に…



 …私は今、とても幸せです。


 見た目を隠さずあるがままに外にでて、思ったままに行動出来る。


 そんな当たり前を思い出させてくれた店長に感謝しています。


 …でも、最近ちょっと食べ過ぎてお腹が。


 今日のお昼は控えめにしておきます。

 


年始更新…です、一応。

次回更新、近日予定。

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