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第九十二話 誰が一番得をしたのか?


 ハイキ商店を巡る一連の騒動が完全に決着してから数日。


 騒動に関わった者達は皆、それぞれの日常に戻っていた。


 自分の店の開店準備に追われる者、街の治安の為さらに奮起する者、兄弟子達に追いつこうと研鑽を続ける者…


 そして、取りかかっていた商会の仕事も一段落したシャマトは行きつけの喫茶店に向かっていた。


 今や指定席となった椅子に座り、店主特製のコーヒーを味わう。


 それがシャマトの楽しみでもあった。


 見慣れた店の扉を開け、早速お気に入りの席へ目を向けると


「よう。」


 すでに先客がいた。


「おや、お久しぶりです。モルス様。」


 シャマトは驚く素振りを見せずにモルスに挨拶をするが、モルスは無言で自分の反対側の席を指さした。


 『座れ』と言う指示だと判断したシャマトは抵抗もなく、モルスに頭を軽く下げてから席に着いた。


「何故、モルス様がこちらに?」


 シャマトはまずそう尋ねた。


 【旧市街】に身を置くモルスがこんな時間に、こんな場所にいる偶然があるとは思えない。シャマトのお気に入りの席に座っていた事も含め、そういう事(・・・・・)だろう。


 『シャマトと確実に会うためにモルスはここに来た』のだ。


「金銭面など、特に問題はなかったと思っていましたが…」


 注文を取りに来た店員にいつもと同じコーヒーを注文しながら、シャマトは考える。


 チャミル・シュラートに関係する依頼の報酬はすでに支払い終わっているし、モルスはちみちみと強請をするような小物でもない。依頼で受けた損害はもなかったと報告を受けている。


 …なら何故?


 そう思考を巡らせるシャマトに対し、モルスは口を開いた。


「今回の騒動、誰が一番得をしたと思う?」


「得…ですか?」


 モルスの目は何かを企んでいるようには視えず、かと言って適当な話題とも思えなかった。


 故にシャマトは思考を走らせ、正直に答える。


「間違いなくモルス様ですね。今回の一件でモルス様は私の依頼報酬として大金貨百枚を手に入れています。それだけじゃなく、【獣爪団】が保有していた物件や事業なども手中に収めた事で、継続的な収入も激増しているはず。儲けは相当なものでしょう。」


 シャマトの言っている事は正しかった。


 モルスはシャマトの依頼成功報酬、大金貨百枚…日本円に換算して一億円を達成報告後すぐに受け取っている。さらに、解散した【獣爪団】の物件や事業も【旧市街】での正式な手続きの元、譲渡されている。事業のいくつかはモルスの主義とは合わないものもあるが、それでも総合的な価値は大金貨百枚近くはあるだろう。


「…俺はそうは思わねえ。」


 モルスはそう言うと、ギロリとシャマトを睨んだ。


「今回の一件で一番得をしたのはお前だ。」


 モルスの睨みに対しシャマトは微動だにせず、店員が持ってきたコーヒーカップを口に運ぶ。


「私、ですか?」


 ほどよい苦みを味わいつつ、シャマトは頭を働かせる。


「ハイキ商店からの信頼を得た…そんなもんじゃねえ。お前は今回の事で二大ギルドだけじゃなく、警備隊、それに上の連中(有力者達)にもデカい借りを作らせた。」


「……」


「お前が無茶な頼みをしても断れないくらいにはな…」


 空気は張り詰め、一つ間違えればそれなりの惨事が起きるかもしれない…


 そう思えるだけの緊張感がそこにあった。


「………」


「………」


 一分ほど続いた睨み合いはやがて、モルスのため息で幕を閉じた。


「…別にどうこうするつもりはない。ただ、気になっただけだ。」


 モルスが目つきを緩めると張り詰めた空気が一気に霧散していく。


「商店街の借金騒動、ハイキ商店前の大乱闘、獣爪団の解散にチャミル・シュラートの失脚…この騒動を調べればどこかしらでお前の影が出てくる。今までは影すら残さなかった奴がこれだけ痕跡を残せば気になるってもんだ。」


「…私はただの商会の幹部です。そもそも相手にされるような者ではありません。」


 謙遜する言い方をするシャマトだが、モルスはフンッと鼻を鳴らすとテーブルの上を指でトントンと叩いた。


「『貴族だろうとふざけた事をするならタダじゃ済ませない』…そういう警告だろ。調べれば分かる程度に痕跡を残しておいたのもその為だ。」


「………」


「だが、お前は得した以上に損をしたんじゃないか?」


 モルスはドンッ、と一際大きくテーブルを強く指で叩いた。


「『ただの商会の幹部』はもう通らない。界隈によっては『要注意人物』扱いだ。…お前が【固有魔法(・・・・)持ち(・・)である事まで掴んでいる奴もいる。」


「……」


「…お前、本当にどうした?」


 モルスとシャマトの付き合いは今回が初めてではないが、決して深い関係でもない。


 あくまでも仕事上の付き合いしかなく、互いに踏み込む事は一切しない…それが暗黙のルールだった。


 しかし、今のモルスの言葉はわずかばかりではあるが、シャマトの身を案じたからこそ出た言葉だった。


 それが良心から出たものか、羽振りの良い客が減る事への心配なのかは、モルス本人にしか分からないが。


「…そうですね。」


 シャマトは少しだけ考えると、ゆっくりと思いを口にする。


「先行投資…と言いたいところですが、少しばかり私情も入っています。」


 それは商売人であるシャマトにとっては珍しい事だった。


 口に出たのは今後の事を考えての当たり障りのない言葉では無く、


「知り合いに似ていましてね。最初はそこまで深入りするつもりはなかったのですが…」


 素直な思いだった。


「つい、お節介を焼いてしまいました。私もまだ未熟ですね。」


 【窓盾の商人】の噂を聞いて最初は遠巻きに見ていた。


 たった数日、仕事の合間の短い時間だけだったが、それでもどんな人間か分かった。


 店は気まぐれにしか開かず『儲けよう』と言う気がまるでないのに、客には心から対応し、他の商売人にも礼儀正しく振る舞うお人好し。

 

 横暴を働く冒険者には真正面からねじ伏せる実力を持ちながらも、それをひけらかすことのない変わり者。


 …それがどこか懐かしい知り合いを思い出させた。


 だからなのかもしれない。


 彼の護衛依頼を受けようと思ったのは。


「…そうか。」


 答えに納得したのかモルスは二人分の会計には明らかに多い金額をテーブルに置いて立ち上がった。


「…俺は【旧市街】の組織、面倒な連中、はぐれ者も大体は知っている。」


 突然、語り出したモルスはシャマトに背を向け一歩踏み出す。


「だがな、ユミラとギス(・・・・・・)なんて二人組は(・・・・・・・)聞いた事も見た事も(・・・・・・・・・)ねえ(・・)。貴族の私兵にもな。」


「……」


 モルスはそれ以上、何も言わずに店を出て行った。


 残されたシャマトは大きく息をつくと、ぽつりとつぶやく。


「次はそこもうまくやれ…って事ですか。確かにそこは甘かったですね。」


 モルスなりの忠告なのだとシャマトは受け止める。


 シャマト・キュールは『金儲け』が好きなだけだ。


 だからこそ、その為に必要ならあらゆる投資を惜しまない。

 

 それが成功につながるなら、危険な事さえためらわない。


 その結果として、目をかけた投資先が破産したとしても…


 彼はすぐに次の投資先を探すだろう。



第二章は次回で最終話です。


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