第八十九話 平穏な生活が始まりました
あの事件…俺が巻き込まれたシュラート達の事件から一週間が過ぎた。
最初の何日かは事情聴取で警備隊から話を聞かれる事もあったけど、あくまでも確認の為だけだったので大した時間をとられる事もなかった。
おかげでお店関係の事に専念出来た。
ハイキ商店の正式なオープン日の決定、オープン記念の日替わり目玉商品、人も戻ってきた商店街とのイベントの打ち合わせ、冒険者ギルドとの今後の【窓盾】納品の話し合い…
忙しいと言えば忙しいけど、常に気を張り詰めないといけないような状況じゃあないし、分刻みってスケジュールでもないからそれなりに余裕はある。
何より…シュラートのようにちょっかいをかけてくる面倒な貴族も、押し入り強盗のような冒険者も来ない。
それだけで本当に楽だ。
…次の打ち合わせまで時間もあるし、せっかくだ。
あの事件の結末を思い返してみよう。
と言っても、俺も知っている事は限られているんだけど…
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まず、シュラート家。
簡単に言えば、頭首のチャミル・シュラートは逮捕され、即牢獄行き。
シュラート家自体も貴族としての地位をその日の内に剥奪された。
ずいぶん急な決定だけど、これには訳がある。
元々黒い噂があったシュラート家にユーラさん達、警備隊は目をつけてはいた。
ただ、いくら警備隊といえど、貴族と言う立場のある者を噂だけで取り調べる事は出来ず、シュラート家も中々尻尾を出さない。
そこで、ユーラさん達は俺の作戦に乗る事にした。
シュラート家が不可侵とされているBランクの商人に圧力をかけた…この名目でシュラート家の強制捜査を行った。
結果としてBランクの商人への脅迫・略奪・暴行・殺人未遂はもちろん…商店街の人達に対する数々の嫌がらせや【再開発計画】の為に行った裏工作、警備隊一部上層部との癒着などなど…調べれば調べる程、余罪が出てくるし、芋づる式に共犯者も見つかるので、ユーラさん達は大忙しのようだ。
あと、俺を襲ってきた執事のカメスや襲撃部隊、さらに私兵や繋がりのある傭兵もほとんどが逮捕された。俺とサイラさんがユーランに戻った後、アシトさんの元に冒険者ギルドからの応援が駆けつけてこちらも一人残らずユーランの牢獄に詰め込まれたとか。
シュラート家が懇意にしていた【獣爪団】って組織に至っては内輪もめもあったせいで、幹部と主要メンバーがいなくなり解散したと聞いた。
それと、あの日はあちこちで大きな事が起きていたらしい。
シュラート家がハイキ商店をたたき壊そうとしたのをランドさんが守り切ってくれたとか、【旧市街】で大きな抗争があって勢力図に変化があったとか。
でも、一番驚いたのはシャマトさんだった。
ずっと俺に付きまとっていたシャマトさんの目的はなんと『俺の護衛』だったらしい。
ユーランのもの凄く偉い人に依頼され、物件を勧める風に近づきながら常に俺を守ってくれていたそうで。
俺が内見しようとした物件の近くにいたのも、夜に出かけようとした時にばったり会ったのも、全て俺を守る為だったそうだ。
…正直、裏で糸引いている一番危ない人だと思っていた。
ただ、その事はギルゼさんしか知らされていなかったらしくて、シャマトさんは一度ユーラさんに警備隊詰所に連行されてしまった。
そこでシャマトさんは仕方なくユーラさんに、『護衛を依頼された事』ともう一つの依頼内容を話した。
『警備隊上層部にシュラート家の不正に協力している者がいる』
ユーラさんが昔お世話になっていた人も不正に荷担していたので、事実を知ったユーラさんはしばらく抜け殻のようになっていた。事情を話さないといけなかったとは言え、シャマトさんはご飯を奢ったり、わざと発破をかける発言をしたり、色々気を遣ってくれていたみたいだ。
ちなみにこの事は騒動が終わった次の日にユーラさんから直接聞かされた。
シャマトさんへのせめてもの償いだとか。
と、こんな感じかな。
いや、そもそもオニキス商会の幹部の人がなんで偉い人から護衛を依頼されたり、不正を暴く為の協力を頼まれるのか全く分からないけど。
これ以上は本当に俺も噂ぐらいしか知らない。
ランドさんも、シャマトさんも何か聞こうとしても話をはぐらかすし、さっき知ったけど、【アームズ工房】でも何かあったようだった。
…まあ、誰も大きな怪我をしなくてよかった。
今回の騒動、俺は運が良かったとしか言えなかった。
一つでも何かが違っていれば、俺だけじゃなくて誰かが大きく傷つく事になったかもしれない。
そうなっていたら俺は今、こんなに穏やかには過ごせなかったと思う。
自分が許せなくて後悔して、何も手を着ける事が出来なくなっていてもおかしくなかった。
そうなったらそのうち…
いや、ダメだダメだ。
想像が悪い方向になっている。
ここまでだ、ここまで。
これ以上はいい。
…さあ、切り替え切り替え!
オープン日はもうすぐ。
頑張るぞ!
…何も起きないよね?
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警備隊詰所地下独房
「……」
チャミル・シュラートは独房の中で静かに時を過ごしていた。
警備隊に逮捕され、独房にたたき込まれた当初はひたすら騒いでいたが、今の彼にそのような様子は微塵もない。
傍目から視れば、『反省している』とも『諦めた』とも思えるだろうが、その内心は炎が燻っていた。
暗い復讐の炎が。
「………」
チャミルの視線の先には独房を見張るただ一人の看守が小さな机で書類作業をしていた。
その看守の元に慌てた様子で一人の警備隊隊員が近づき、耳元で何かしらの言葉を伝える。
「!」
驚く看守は一度チャミルを視ると、そのまま警備隊隊員と共に地下から引き上げていった。
「…ふふふ。」
チャミルはニヤリと笑うと、看守達が消えていった方から新しく聞こえる足音に心躍らせた。
「言ったはずだ。タダでは済まさないと…まずはハイキ。貴様に生き地獄を味合わせてやる。」