第九話 ドキドキする展開が待ってました
アシトさんに教えてもらった通りに先へ進むと噴水のある広場に辿り着いた。
日も沈みかけていると言うのに広場には屋台が所狭しと並んでいて、酒や食事を楽しんでいる人が大勢いた。
「さあ、ブラックバイソンの串焼きが三本で銀貨一枚!お買い得だよ!」
「豚肉と野菜たっぷりのスープ!暖まりたい人はこちらに!パン三つとセットで銀貨二枚だ!」
「さっき採ってきたばかりの果物だよ!小さいのは銅貨五枚から売ってるよ!」
活気に満ちた声と食欲をそそる匂いに引き寄せられそうになるが、誘惑を振り払い、宿屋のある方向へ向かう。
紹介してもらった宿を見つけても、部屋が埋まっていたらおしまいだ。
食事は後回しにして、まずは目的地へ。
「おお…」
宿屋が並んでいるとは言っていたが、実際に見て驚いた。
大きな道に並ぶ建物、全てが宿屋だった。
立て看板もあちこちに置いてあり、店員さんも呼び込みもやっている。
「えっと、『小鳥の宿』は…」
視線をあちこちに移しながら、歩いて行く。
アシトさんのような獣人もいれば、耳が長く綺麗な女性…エルフ?も、ひげを生やしたがっちりした小さな老人…ドワーフだったか?など、名前も分からない人達もたくさんいた。
もちろん、一番多いのは人間だけど…
賑やかに談笑している人間の一団を視ると、鎧や防具こそしてないが、全員が小さな剣や武器らしきものを身につけていた。
「……」
その姿を見て、気を引き締める。
ここはもう異世界だ。
自分の身は自分で守るしかない。
一瞬の油断が命取りになる。
…俺も気をつけないと。
それにしても…見つからないな。
どこの看板を視ても、『小鳥の宿』って書いてないし。
「お兄さん、今日の宿決まった?」
と、突然女の人に話しかけられた。
「え、あ?」
話しかけてきたのは俺と変わらない年齢の女の人だった。
肩までかかっている赤い髪はとても鮮やかな色でつい見とれてしまった。
彼女は人なつっこい笑顔を浮かべると、俺の腕を強引に掴み、
「決まってないなら、うち来てよ!今なら部屋も空いてるし!」
ぐいぐい引っ張ろうとしていた。
と言うか、引っ張られている!?
力が強いし、その…
「ちょ、ちょ!」
当たってる!
どことは言わないし、言ったら何か言われそうだけどそこそこ大きいのが当たってます!
そんな俺を知ってか知らずか、女性は急に耳元で
「…ねえ、サービスするから。」
色っぽい声でささやいた。
「………」
ヤバい…
これ、美人局ってヤツだ!
ハニートラップだ!
デレデレついていったが最後、怖いお兄さん達が待っていて
「俺の女に何してるんだ!?」
「ええん!無理矢理誘われたの!」
「許さん、金出せ!」
の身ぐるみはがされルートだ。
だが、どうする!?
ここで無理に振り払っても、
「いった~い!」
「俺の女に何してくれてるんだ!?金出せ!」
の突撃慰謝料よこせルートだ!
もしかして詰んでる?
どうする?
どうすれば、穏便に抜け出せる?
…!
そうだ!
「ごめんなさい!俺、『小鳥の宿』に行くんです、アシトさんの紹介で!」
最後を特に強調して俺は彼女にはっきり告げた。
アシトさん、早速頼らせてもらいます。
どうか、アシトさんの名前で事態が変わりますように!
すると、女性は急に足を止めた。
効果があったか?と思った次の瞬間、
「あはは!」
女性は大声で笑いだした。
「?」
混乱する俺に女性は
「アシトおじさんの言っていた通りの人だね、ハイキさん!」
「え?」
「アレ見て。」
そう言って、近くの建物を指さした。
視線をその指先へ向けると
「…あ。」
二階建ての小綺麗な横長の宿、その看板には『小鳥の宿』の文字が書かれていた。
「ようこそ、小鳥の宿へ。ここで働いているフーです。よろしくね。」
「…どういう事ですか?」
フーさんは笑いをこらえながら口を開いた。
「さっきアシトおじさんと会ったら『ハイキって若い兄ちゃんが来るから案内してくれ』って頼んできたんだ。ほら、この当たりは特に分かりにくいし、ハイキさんも迷ってたでしょ?」
「そう…ですね。」
しっかり見ていたはずなのに見落としていた。
街の人達に眼を奪われていたのも原因だろうが…
もし、フーさんがいなかったらあと三十分は迷ってただろう。
「アシトおじさんからどんな人かは聞いてたから…ちょっといたずらしてみました!」
元気に答えるフーさんだが、俺はそれを見て大きくため息をついた。
「勘弁してくださいよ…こっちはまだ色々馴れてないんですから。」
まさか、一日に二度も命の危機を感じるとは思わなかった。
二回とも勘違いだったけど。
あと、アシトさん本当にいい人すぎる!
…でも、それならどうして直接案内してくれなかったのかな。
「ああ、アシトおじさんの事だから多分『直接宿を案内したら断りにくいだろうし、初対面の自分がいても落ち着かないだろう』とか考えたんじゃないかな。意外とすごく気配りする人だから。」
…なんだろう。
多分だけど、俺アシトさんと仲良くなれる気がする。
次会ったら、お礼しないと。
「では、一名様ご案内~!」
ノリノリなフーさんにまた腕を掴まれるが、今回は組まれる前に抜け出せた。
来ると分かっていれば対応ぐらいは出来る。
「じゃあ、お世話になりますね。」
せめてもの仕返しにとフーさんににっこり笑う。
「…むう。」
少しむくれるフーさんと一緒に俺は『小鳥の宿』の扉をくぐっていった。