第八十八話 夢をみました
【小鳥の宿】に戻った俺をフーさんと女将さんはいつもと変わらないように出迎えてくれた。
何があったとかそういう事は聞かないでくれたおかげで、俺はすぐに自分の泊まっていた部屋に入って、ベッドに倒れた。
「……」
ギルゼさんやサイラさんが言っていた通りだった。
今になって疲れと眠気が一気に襲いかかってきた。
今日は本当にゆっくり…休…もう…
………
………………
………………いろいろ…あった…な…
*******
「俺、ユーランを出ます。」
あの日、商業ギルドの支部長室で俺はギルゼさんにそう言った。
「…残念ですが、仕方ありません。」
ギルゼさんは残念そうにうつむくけど、俺は慌てて言葉を続ける。
「いや、夜逃げとかじゃないです!外出、いや外泊?みたいな感じです。」
「…ハイキ様、一体何をなされるおつもりなのですか?」
戸惑うギルゼさんに俺は思いついた作戦を説明した。
俺の考えた作戦は単純だ。
ユーランから出て行って、シュラートの部下を可能な限り引きずり出す。
それだけだ。
状況は時間が経つほど、悪くなっている。
こっちは一人に対し、シュラートはいくらでも人を用意出来るし、『貴族の権限』なんてふざけたもので無理矢理拘束されてもおかしくない。
異世界物語の主人公なら一発逆転の作戦もあるだろうけど、あいにく俺にそんな頭はないし、運任せに頼るほど自分の運は信じていない。
だから、俺にとっての最大の攻撃は『シュラートにも時間を与えない』だ。
その為には『爆弾』を用意する必要がある。
シュラートが余裕を無くして、なりふり構わないほど、とびっきりのものを。
それがユーランを出る事だ。
俺がユーランを出て他の街へ逃げ込んだとなれば、シュラートも相当慌てるはずだ。
あらゆる手を使ってシュラートは俺を追いかけるだろう。
それこそ使える人間を片っ端から導入して。
「…で、ユーランからとにかく引き離します。目撃情報は小出しにして、ある程度時間が経ったら、俺が実際に向かった方角を誰かから伝えてもらいます。」
「それではハイキ様に危険が…いっその事、完全に行方を眩ましてしまえばどうですか?もしかしたら、使える人材を全て動員してユーランの全方向へどこまでも行くのでは。」
ギルゼさんの言い分も分かるけど、それはダメだ。
「それは一番危ない作戦だと思います。」
もし、俺がどこへ行ったか分からなくなれば確かにしらみつぶしに探していくだろう。
でも、その方法だとどのくらいの人数がどれだけ分散したのか分からなくなってしまう。
罠を準備して追手の二十人を動けなくした後に、遅れて合流してきた二十人が出てくれば終わりだ。
あとどれだけ人数がいるのか気が張って休む事も出来なくなる。
「追手は荒事に馴れた人だけになると思います。その人達がユーランからいなくなるだけでも、効果はあると思います。」
全員とは言わない…せめて、半分。
それだけ数が減ればシュラートにも色々と不都合が出るだろうし、ボロを出すかもしれない。
「出来れば同時進行で騒ぎを起こしたいです。シュラートだけが損をする騒ぎを。」
その為にギルゼさんを通して、色んな人に協力をお願いした。
ギルゼさんにはシュラートへのお膳立てと【音駆け】の準備、それに【音駆け】を乗りこなせるサイラさんにも話を通してくれた。
ランドさんには俺がいない間のハイキ商店の管理を。
イールさん達には商店街の借金返済を肩代わりするので、シュラートが操る金貸しに啖呵を切ってほしいと。
レミト婆さんには俺が向かう情報を流してもらう重要な役割を。俺がレミト婆さんと話していた証言も必要だったので、出発直前に会いに行ったら、商業ギルドの人から話を聞いていたレミト婆さんは『餞別だよ』とすごいものを渡してくれた。
そんなこんながあって、俺はユーランを出た。
ここからは俺の仕事だ。
サイラさんに【音駆け】を動かしてもらい、道中に必ず橋を通らないと行けない【オウレン】のある南へ向かう。
目的は【オウレン】に逃げ込む事じゃなくて、橋に到着する事だ。
余裕を持って到着した後は、橋に罠を仕掛ける。
実際は罠と言うには大げさなものだけど。
【廃棄工場】で取り出した、現代日本なら一度は視たり、聞いた事はあるけど、使った事はあまりない、これだ。
競技用雷管(不良)…陸上競技などのスタートの合図に使われる競技用ピストル専用の雷管。火薬の量が規定値より多く、廃棄扱いになった。音の大きさには問題はない。
競技用ピストルの雷管は、引き金を引くと設置した雷管をハンマーが勢いよく叩きつける事で爆発する仕組みになっている。
簡単に言うと、『強い衝撃で音が鳴る』って事だ。
雷管は通常、一個一個が専用の紙に包まれているけど、それをはがしてしまえば、小さな銀色の粒になる。
これを橋の周辺に撒けば、道端の小石にまぎれてすぐには分からない。
…ちなみに、雷管はある程度の強さで叩かないと爆発しないから、普通に踏んでも音は鳴らないはずなんだけど。
念には念を入れて…
【破壊と再生】で『一定の重量と強さで、特定の材質が触れない限り、爆発しない』と作り替えました。
ざっくり言うと、「馬と成人男性の重量以上、走る勢いで地面を蹴る強さ、さらに馬の蹄鉄に使われている金属が触れると爆発」。
橋を渡る時、馬の速度は落とす事が当たり前だから、何も知らない人が雷管を踏んでも問題はない。
…よい子も悪い子もどちらでもない子も真似出来ないし、やっても責任持てないからね。
その他にも色々準備をしていると、アシトさんが合流した。
アシトさんはオルゼさんが応援に送ってくれた助っ人だ。
ただ、アシトさんがいる事が分かると、追手は俺を見つけてもすぐには攻撃してこないかもしれない。
なので、アシトさんは橋の入り口近くの茂みに隠れてもらい、俺とサイラさんは橋の反対側の河川でのんきにたき火をして、安心しきっているように見せかけた。
しばらくすると予想通り、追手はやってきたし、うまい具合に罠にかかってくれた。
ただ、カメスは思ったよりも早く雷管に気づいて、馬を捨てて徒歩でこちらへ向かってきた。それに追手の数は思った以上に多かった。
だが、しかし!
俺のターンは終わらない!
レミト婆さんからもらった『餞別』で造った特製【超激辛薬】を【廃棄工場】で取り出した武器…『レジャー用強力水鉄砲』に装填し、橋を渡ってくる人間にひたすら撃った。
『ヒヒヒ、そいつはね。一度口に入れば五日は寝られないほどの辛さで苦しむ薬さ。安心しときな。目や傷口に入っても全く害はない…「そんな都合の良い物があるか?」って?ヒヒヒ、『都合が悪い誰か都合を良くする為にこういう物が造られたんだよ』。これが世の中ってやつさ。』
俺はそんな言葉を思い出しながら、水を求めて川に飛び込む人達を複雑な心境で視ていた。
怪我や痛みに強いはずの男達が、『辛さ』と言う攻撃だけでここまで追い込まれるなんて。
…あれだけ指揮をとっていたカメスも、レミト婆さんの【超激辛薬】には勝てなかった。
…こわ。
で、あとは…
……あれ?
………たしか、おとがけにのって、さいらさんにつかまってとっぷすぴーどで…
………ぐう。