第八十七話 騒動終結?みたいでした
この世界に警察組織はいないが、警備隊は存在する。
その街の治安を守る為に活動する自警団のようなものだが、領主から認可され現代日本の警察組織と同じような権限を持つ警備隊も少なくはない。
ユーランの街の警備隊はまさにそれだ。
もめ事が起きればその場に急行し、時には言葉、時には武力を持って事態を沈静化させる。その後ももめ事の原因、加害者と被害者双方の言い分、周囲の状況などを徹底的に調査した上で判断を下す。
例えどんな事件でも発生すれば解決の為に尽力し、必要に応じては相手の身分に関わらず取り調べ、逮捕する権限すら与えられている。
その警備隊が貴族の屋敷に乗り込んできた。
それが意味する事は…
「逮捕命令だと!?何を言っている!!」
部屋に突撃してきた警備隊隊長ユーラにチャミルは詰め寄った。
「貴様が捕まえるのはあの男だ!上層部からそう聞いていたはずだ!」
息を荒げるチャミルの姿に対し、ユーラは無言のまま手を挙げると、部下である他の警備隊隊員がチャミルの手に手錠をかけた。
「なあ!?」
「連れて行け。」
ユーラの一言で二人の部下がチャミルの両肩を抑えて連行していく。
「ふざけるな、私を私を誰だと思っている!?」
チャミルは必死に叫ぶが部下の足は止まる事なく、彼を部屋の外へ動かす。
「こんな事をしても無駄だ!私は警備隊上層部とも親しい!すぐに戻って、貴様達を牢獄に捕らえて死ぬまで苦しめてやる!絶対だ!」
そんな怨嗟の声が廊下に響くが、距離が離れるにつれ、声は段々と小さくなっていき、やがて何も聞こえなくなった。
「お疲れ様でした。」
シャマトはユーラに労いの言葉をかけると、ゆっくりと立ち上がった。
「これで一応全部片付きましたね。では、これを。」
シャマトは服の内側に手を入れると、手の平サイズの白い小箱を取り出した。
「会話内容は全て記録しています。あとはお願いします。」
ユーラは頷くと、それを受け取ろうとして、
「………」
伸ばした手を引っ込めた。
「?」
怪訝な顔をするシャマトだが、ユーラはそのまま深々と頭を下げた。
「これまでの事を謝罪させていただきます。申し訳ありませんでした。」
それは紛れもない謝罪の言葉であり、ユーラの本心の言葉だった。
「いやいや…ユーラさん、もう済んだ事ですし。そもそも、知っていたのはギルゼ支部長だけです。頼みますから頭を上げてください。」
しかし、シャマトの言葉を聞き入れず、ユーラは頭を上げようとしなかった。
「私は貴方がハイキ様に何かをするのではないかと疑っていました。ですが、貴方はハイキ様を守ろうと---。」
「ああ、もう!」
シャマトは慌てて今も動いている小箱の録音機能を停止させると、それをユーラに押しつけた。
「はい、そこまでです!謝罪は後日お聞きしますので!失礼します!」
それ以上、ユーラが何か言う前にシャマトは荷物を持って部屋を飛び出していった。
残されたユーラは少しの間小箱を見つめると、
「……」
何かを決意した目で小箱を握りしめた。
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「…これで終わったんですよね?」
俺はギルゼさんにそう聞いた。
『遠距離音声伝達機七号』はチャミルが逮捕されて、部屋から連れ出された後から音が聞こえなくなっていた。
「ええ、終わりました。ハイキ様、お疲れ様でした。」
その言葉を聞いて、俺はようやく大きく息をついた。
「やっっっっっと、終わった~~~~!」
つい、そんな声が出たけど、許してほしい。
時間的にはたった二日。
でも、自分にとってはとんでもなく長い二日だったのだから。
「…ハイキ様も今日はもう【小鳥の宿】にお戻りになられたほうがいいでしょう。相当お疲れのようです。細かい処理は私が行っておきます。」
ギルゼさんはそう言ってくれるけど、でも…
「そうですよ~。今、無理するより、今日はゆっくり休んだほうがいいですよ~。」
サイラさんも【遠距離音声伝達機七号】を手に取ると、笑顔を俺に向けた。
「もう手を出す人はいないでしょうが、【小鳥の宿】ならより安全です~。と、言う訳で今日は帰りましょう~!」
そのまま、サイラさんは俺の手を掴むと支部長室のドアへ引っ張っていく。
「ちょ、サイラさん!?」
「では、よろしくお願いしますね。」
ギルゼさんに見送られながら、俺は商業ギルドを出て行った。
『せっかくだから手伝ってくれた人達にお礼を言いたい』とサイラさんに言ってみたけど、サイラさんはやんわりとそれを拒否した。
「フーの前で同じ事言ったら、一週間はベッドに縛り付けられますよ~。」
ハハハ、ナニヲイッテイルンデスカ。
イクラナンデモイッシュウカンモ、シバリツケルナンテ…
はい、休みます、本当に。
絶対に余計な事は言わないようにしよう。
【小鳥の宿】の玄関に入る前に俺はそう誓った。