第八十一話 職人はクセが強い
同時刻
ユーラン【アームズ工房】敷地内の庭
「なあ、今日はランド休みか?」
「ああ、聞いてませんか?『ハイキ商店の管理』を親方から任されたんです。だから、しばらくお休みみたいです。」
「そうよ。ランドちゃん『ハイキの兄さんの為なら』ってものすっごく張り切ってた!本当、良い子!」
「…考えればもう三年か。ランドが来た時は驚いたよな。」
「ですね。すぐに出て行くと思っていたら、弱音も吐かずに三年も…こんなクセのある連中からバラバラの事を教えられて。とくにあなた方最初ひどかったですし。『素人に教える事なんぞねえ!』とか『必死に頭を下げる自分ってカッコイイってアピール?うざっ』って。」
「なによ!自分だって、ランドちゃんに『私の眼が黒いうちは釘を打つことすらできないと思いなさい』って散々脅していたくせに!」
「なんにせよ、ランドがいないなら都合が良い。あいつの弟子入り三年目の祝いをしてやろうじゃねえか。」
「どうせ飲みたいだけでしょ。いいわ。高い店予約しとくわね。」
「費用は親方持ちで。それでいいですか、親方?」
三人がそう言ったところで、
ドカッ!
「うえ…」
鈍い音と共に、最後の一人が地面に倒れた。
「お前らな…ケンカしながら祝いの席を考えるのはどうかと思うぞ。」
【アームズ工房】の代表、親方であるグレットはため息をつきながら、周囲を見回した。
平然と立っている【アームズ工房】の職人三人に対し、三十人近くが地面に伏している。
倒れている者達は全員覆面を被っており、二、三人ほど覆面を外してみたが全く顔も知らない者ばかりだった。
「ウチの客じゃねえな。雇われただけの兵隊か?」
グレットはほんの数分前を思い出す。
大小問わず様々な武器を持った集団が、突如として【アームズ工房】の敷地に侵入してきたのだ。隠れるつもりもなかったのか、大声を出しながら踏み込んだ彼らは庭を駆け抜け、たまたま近くにいた三人の職人へ襲いかかったのだが…
結果は今に至る。
「はあ、この子達弱すぎ。せっかくサービスしてあげてたのに…」
ふりふりドレスを着た見た目二十代の人間の女性はそう不満そうに言うと、左手で持っていた身の丈ほどもある岩を地面に下ろした。
ドシン、と地面が揺れるが、誰も気にしてはいない。
あれだけの質量の物を持っていたと言うのに、当の本人は汗一つかいていない。
「そうだぜ、親方。こいつら骨がなさ過ぎる。もっと気合いが入った奴じゃねえとケンカにもならねえ。」
酒瓶片手に、ぐびぐびと中身を飲むリザードマンの男の足下にはすでに何本もの酒瓶と、襲撃者達が使っていた武器が砕け散った状態で捨てられている。リザードマンの身体には傷一つもなく、退屈そうに大きなあくびまでしている。
「食事前の軽い運動です。と言う事ですので…親方。祝いの席の費用よろしくお願いしますね。あと、このゴミ掃除の手間賃も。」
一見、見目麗しい容姿をしているエルフの男性だが、彼の周りに倒れている襲撃者達は気絶こそしていないが、特に弱り切っていた。
主に魔法を得意としているエルフだが、襲撃者達は魔法を一切使われる事なく、ただ鍛え上げられた筋肉と格闘術で敗北すると言う、言い訳の余地のない結果に心まで折られていた。
『近接戦闘は弱いエルフに近接戦闘で完膚なきまでに叩きのめされる』…この光景が視たいが為に常に身体を鍛え上げ、細マッチョ体型を維持する当たり、この危険人物の腹黒さがよく分かる。
【アームズ工房】はユーラン一の工房は職人の腕はもちろんだが、一癖も二癖もある者達が集っている。
ふりふりドレスを着た超怪力の人間の女性、事あるごとに宴会を要求する酒好きのリザードマン、丁寧な物腰だが腹黒い細マッチョエルフ…
当然、彼らをまとめる親方であるドワーフのグレットも…
「死ねやああああああああああ!」
今まで隠れていたのか、グレットの背後から一人の覆面男が現われた。
男はかけ声と共に持っていた大きなナイフを、無防備なグレットの背へナイフを突き刺そうとするが、
「ほい。」
バキバキバキバキ!
「ぎゃあああああああああああ!」
人差し指一本。
背後からの奇襲を簡単に避けたグレットが、たった一本の指を男の胸に当てただけで、男の肋骨が砕け散った。
「はあ、まったく…指一本でこれとは。確かに弱い。」
ピクピクと地面で痙攣する男を軽々と持ち上げたグレットは、
「おい、お前ら。全員、縛り上げるから手伝え。」
職人達にそう言って、庭の隅に自分が返り討ちにした男を放り投げた。
「ぎゃあ!」
醜い声を出す男を無視し、職人達はゴミ捨て感覚で襲撃者達を山のように積んでいく。
ものの一分で襲撃者…いや、文字通り負傷者の山が出来た。
「じゃあ、頼むわ。」
グレットが最後の一人を置いたところで、細マッチョエルフが一歩前に出て頷く。
「では、私が…そうですね。こんなのはいかがでしょう?」
細マッチョエルフは自身の両手を静かに合わせると、襲撃者の山を見据える。
「【拘束】×【牢獄】×【悪夢】」
襲撃者達の両手両足が光のロープで拘束され、さらに彼らを逃がさないように光の壁が上下左右を取り囲むと、
「う、うううう!」
「あ、あああああ!」
「いや、いやああ!」
「くるな、くるなあああ!」
阿鼻叫喚の声が彼らから流れ出した。
「=【愉悦の時間】」
爽やかな笑顔でそうつぶやく細マッチョエルフに二人の職人の反応は、
「…相変わらず悪趣味なやつ。【悪夢】なんて意味ねえだろ。」
「『オマケで一品足しといたよ』的な感じでやったわね…こういう時、一番容赦ないわ。」
ドン引きだった。
親方であるグレットも若干引いているが、当の細マッチョエルフは
「さあ、さあ、もっと聞かせてください!自分が最も恐れる夢を見る【悪夢】です!大丈夫!目覚める事はありません、【拘束】も『自傷自殺を封じる』アレンジを付け足したから安心してそのすてきな声を響かせてください!」
一人だけ、大興奮だった。
「なあ。この状況、何も知らない奴が視たらどう思う?」
「『悪魔召喚の儀式をやっているエルフとその供物』…よくて『奇行エルフによる人体実験』ね。」
「じゃ、親方の俺は状況説明もあるから警備隊呼んでくる。お前ら後はよろしく。」
「あ、親方ずりい!?」
「待ってよ、親方!あいつ、顔やばいんだけど!?」
『物作りは戦いである』と誰かが言った。
故に…最高の職人は最強の戦士でもある。
「あああ、もう、もう、もうたまりません!もっと、もっとです!もっと悲鳴を!その音色を響かせてください!!!!」
「いやああああ、キモいいいいいいいいい!身体くねくねしてるしいい!!」
「くそ、仕方ねえ。止めるから手伝え!あれ以上は色々とマズイ!!」
多分…
「…警備隊、話聞いてくれるかな。」
グレットは本日数度目のため息のまま、警備隊の詰所へ向かっていった。
背後からなんか爆発音とか悲鳴みたいなのが聞こえたけど、気にしないようにして…
お久しぶりです。
4月更新ギリギリ、間に合いました。
次回はもうすこし早く更新しますので!