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第八十話  絶対に手を出すな



「かかってこいやああああああああああ!」


 ランドの咆哮が轟いた同時刻。


 【旧市街】のとある場所



「でも、兄貴。どうして、あの依頼断ったんです?」


 小柄な少年はモルスに気になっていた疑問をぶつけた。


「あの依頼?」


 モルスが繰り返すと少年は首を大きく縦に振った。


「ほら、あれですよ。『ハイキ商店』と『アームズ工房』の襲撃。」


 少年の言葉でモルスは思い出したように声を出す。


「ああ、あれか。」


 それは数日前、【旧市街】の酒場で打診された依頼だ。


 報酬は破格で、モルスが以前、苦い目に遭わされたハイキへの襲撃も含まれていた。


 前金だけで大金貨十枚。成功報酬でさらに十枚。


 金も手に入り、前回やられた仕返しも出来る。


 どう考えても断わる理由はないはずなのに、モルスはその場で依頼を断わっていた。


 当然、前金として出された金貨も全て返却している。


「…兄貴が断わった後、【獣爪団】の連中がその依頼受けたって聞きましたけど…俺、なんか嫌です。」


 少年は未だに納得出来ていなかった。


 モルス達は別に襲撃依頼を嫌っている訳ではない。


 貴族から別の貴族を襲って欲しいと依頼を受けた事もあるし、弱い立場の平民を脅した事もある。


 今だってそうだ。


 依頼を受けたから、自分達はここにいる。


 標的を逃がさないように、相手の拠点の近くでその機会を待っている。


 確かな実績もあるのに、どうしてモルスは断わったのか。


 少年はその場にいた訳ではない。


 しかし、その現場を視ていた他の客が少なからずいたのだ。


 情報は色々な尾ひれが付き、少年の耳にも届いた。


「お前のとこのリーダーは腰抜けだな!」


 一部の連中からはそんな心ない言葉を投げられた。


「出された大金に怯えてしっぽを巻いた臆病者」とも言われているらしい。


 【旧市街】に長くいるモルスなら、こうなる事は分かっていたはずだ。


 この【旧市街】ではメンツも武器で、少しでも弱みを見せれば有象無象から食い荒らされる。貴族とは違った戦場だ。


 …理由が知りたかった。


 大金に尻込みをする人間ではない事はよく分かっている。


 自分より年上の仲間達はモルスが依頼を断わった事を気にも留めていないが、それが自分だけが知らない何かがあると言っているようなものだ。


 それはいったい…


「…オズ。お前、何歳になる?」


「え?」


 なのに、聞かれたのは自分の歳だった。


「一応、十三歳ですけど…自分の歳なんてちゃんとはわかんないし。」


 質問をはぐらかされたと思ったのか、ベソをかくオズに対し、モルスは


「なら、覚えておけ。三年前ならともかく(・・・・・・・・・)今の(・・)アームズ工房(・・・・・・)には絶対に手を出すな(・・・・・・・・・・)。」


 真剣な目でそう言った。


「…どういう事ですか、兄貴?なんで三年前なら良くて今は…」


 モルスの答えは答えであって答えじゃなかった。


 これじゃ生殺しに近い。


 それにここまでされて我慢出来るほど、オズはまだ自制が出来ない。


「教えてください、兄貴!どうか、この通り!」


 オズのとった行動はシンプルだった。


 ビシッと頭を下げる。


 それだけだ。


 過去にどうしても聞きたい事があって答えをはぐらかされた時、金を出したら思いっきり頭を殴られた。だから、オズが出来るのはこんな行動だけだ。


 そして…モルスは意外とそんな行動に弱い事も少年は学んでいた。


「…いいだろう。お前も知っておいたほうがいい。」


 モルスはため息をつくと、オズの頭を上げさせた。


「…この大陸のずっと東に【メリシア】って街がある。そこは犯罪組織…簡単に言うと、マフィアだな。とにかく規模のでかい組織が表裏を仕切っている。」


「…マフィアがですか?」


「珍しい事でもない。特に【メリシア】ってのは海に面した港町だ。他の大陸の国や組織の侵略を防ぐ為に、街の警備隊とマフィアは手を組んでいた。」


 堂々と正面から入ってくる荒くれ共は警備隊で対処出来る。その一方、ひっそりと忍び込み、じわりじわりと街に根を張ろうとする犯罪組織に対しては、警備隊は後手に回ってしまう。


 マフィアは暗躍しようとする犯罪組織の気配に敏感で警備隊よりも早く動く事が出来るが、表だって動きすぎれば警備隊とやり合う事にもなる。


 警備隊だけでは街の表側しか守れず、マフィアは街の裏側しか守れない。


 だが、海からやってくる異邦人達はそんな事も関係なく、街を荒らしてくる。


 表と裏、どちらかが倒れれば、残った方が崩れるのも時間の問題だった。


 いがみ合う余裕はすでになかった。


 『街を守りたい』


 どんな思惑があるにせよ、守りたい物が同じだからこそ、相容れない二つの組織は互いの手を取った。


「そのマフィアは警備隊公認の街の顔になった。『警備隊とマフィアの癒着だ』と言われもしたが、警備隊は警備隊で必要に応じてはマフィアの取り締まりを行うなど機能はしている。俺も一度行った事があるが、ある意味ユーランよりも平和だ。変な悪さをする奴もいないし、そのマフィアも人を食い物にする商売は許しはしなかった。なにより、組織の人間全員がとんでもなく強かったからな。」


「…あの、兄貴。それがいったい?」


 関係の無い話に訝しむオズだが、モルスはそれを手で制した。


「話の本題はここからだ。三年前、その組織から一人の男が抜けた。それも次期ボス候補と呼ばれた幹部だ。実力はもちろん、組織だけじゃなく街の人間からも人望があった。」


「…はあ。」


「下っ端ならともかく、幹部なら持っている情報一つだけでも情勢を簡単に変えてしまうほどのものもある。当然、組織がタダで見逃す訳がない。抜けた報復…と言うか見せしめだな。追手に百人以上の組織の精鋭を出し、元幹部を襲撃した。むごたらしく殺すもりでな。」


「まあ、当然でしょうね。」


「だが、実際…元幹部は大した傷を負うことなく、全員を返り討ちにした。」


「…百人を一人で?いやいや、兄貴。それは話を盛りすぎですよ。」


 オズはつい茶々を入れるが、モルスの口は止まらない。


「追手を返り討ちにされた組織はこれ以上の被害を出す訳にはいかず、正式に手を引くと宣言し、騒動は終結した。その元幹部も晴れて自由の身となったわけだ。」


「……」


「そして、その元幹部はユーランにやってきた。」


「…え?」


 じわりと、オズは嫌な気配を感じた。


 自分はなにか、とんでもない事を聞かされているのではないかと。


「経緯は分からん。だが、そいつは今も…【アームズ工房(・・・・・・)で下っ端として(・・・・・・・)働いている(・・・・・)。」


「!」


 ゴクリ、とオズはつばを飲み込んだ。


 モルスの言おうとしている人物が誰なのか、オズの頭の中にはっきりと浮かんでいた。


 ユーランで最も有名な【アームズ工房】には一癖も二癖もある職人が多い。


 建築に興味のないオズでも、職人の名前は何人か聞いた事がある。


 その中で、一人だけ妙に印象に残る男がいた。


 正確に言えば、その男はまだ弟子見習いと言う扱いらしく、常に現場で誰かのアシストをしていた。


 低姿勢でありながらも、底知れない何かを感じる、変な言葉遣いと独特の雰囲気を持つ男…


「俺が断わった理由はそれだ。大金貨は大金だが、命に比べれば安すぎる。」


 モルスはオズの顔から誰を想像したのか察すると、空を…夜空に浮かぶ星を視た。


「はっきり言ってやる。例え【旧市街】の全ての組織が手を組んでも、真正面から勝つ可能性は低い。」


「え…」


「人質とか手段を選ばなければ別だろうが…そんな事をしてみろ?向こうもそれ相応で来るから、【旧市街】は壊滅、関わった全員命はねえだろうな。」


「!?」


 星を見上げたまま話すモルスは大げさに言っている訳でも冗談を言っている訳でもない。


 ただの事実を言葉にしているだけだった。


「な、なんで、そんな奴がユーランに…」


 たじろぐオズにモルスは彼の頭に雑に、だが少し優しく手を置き、


「それは後で考えれば良い。今は依頼だ。」


 少年の気持ちを切り替えさせる。


 彼らの戦いはまだ始まってすらいないのだ。


「…もっとも、ヤバイのはそいつだけじゃないがな。」


 モルスはオズに聞き取れないくらい小さな声でつぶやくと、標的の拠点に目を移した。


 一般的な建物よりも大きくはあるが、特段珍しい訳でもない、二階建ての建物。


 標的が朝まで拠点にいる事は調べが付いているが、モルスはまだ襲撃を行わない。


(…嫌な予感がする。今、行けばとんでもないとばっちりを喰らう…そんな気がする。)


 だからこそ、モルスはタイミングを見計らう。


 それを臆病と呼ぶ者もいるだろう。


 嘲笑う者もいるだろう。


 しかし、今夜起きる戦いの中で、この一戦こそが最も重要なものになる。


 それを知る者はまだいない。




三月更新と言っていて、四月になってすみませんでした!!

次回更新は四月中を予定しています。

どうかよろしくお願いします!

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