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第七十八話 咆哮(表)



「ハイキいいいいいいいいいいい!」


 カメスの怒りの叫びが周囲に響き渡る。


 連れてきた者達も飛び退くほどの大声は当然のように対岸にも届いたようで、

 

「っ!」


 ハイキは立ち上がるとカメスのいる対岸に視線を向けた。


(しまった!)


 激情に囚われ、間抜けな行動をした事に焦るカメスだがもう遅い。


 カメスとハイキの視線がバッチリと合ってしまった。


「!!」


 ドクンッ!


 カメスの心臓の鼓動が大きく跳ね上がる。


 数秒、二人の視線が重なり続けるが…


「………」


 ハイキはカメス達を視たものの、なんでもないようにまた元の場所に座り直した。


 カメスに気づいている様子はまるでない。


「…はあはあ。」


 命拾いをしたカメスは大きく安堵の息をつく。


 川を挟んだ十メートル以上の距離ではカメス達の姿は見えても、その顔までははっきり分からなかったようだ。


 カメスの叫びも川の音がうまい具合に内容を遮ったみたいで、ハイキも自身の名前を呼ばれたとは思わなかったらしい。


(…当然か。あっちは何もしていない。私とは違うのだ(・・・・・・・)。)


 後続の馬車もいたので商人とその護衛と思ったのか、ハイキ達は今ものんきにたき火に当たりながら談笑をしている。


「…チャンスだ。」


 カメスはそうつぶやき、ハイキを観察する。


 野営の準備をしている様子はない。


 あくまでも一時的な休憩だろう。


 たき火から少し離れた場所には【音駆け】が眠りに着いている。馬は【音駆け】の一頭しかおらず、近くにもう一頭が隠れている気配もない。


(…なるほど。あいつか。)


 カメスはハイキと談笑しているもう一人…後ろ姿しか見えず、フードを被っているせいもあって誰かは全く分からないが、その人物こそがここまで【音駆け】を走らせた者だと判断した。


 【音駆け】は商業ギルド最速の馬であるが、その力を引き出すには乗り手も相当の技術が必要になる。ハイキにその技量があるとは思えない。

 

 恐らくハイキは、ユーランを出る前に信頼出来る乗り手を雇ったのだろう。【音駆け】は二人分の重量を載せる事になり、消耗も大きくはなるが、拙い腕で一人で走らせるより【音駆け】を乗りこなせる者がいる分、総合的にはプラスになっている。


 問題はその乗り手が誰かだが…


 顔を隠す為とは言え、休憩中もフードをかけているのが気になる。


 それにそんな乗り手が、さっきのカメスの叫び…明らかな異常事態に何の行動もしないままでいたことも…


(…罠か?)


 そう考え、カメスはこの数分の状況を振り返る。


(…罠を仕掛けるなら、あの場所での休息はわざとらしすぎる。あんな場所では、罠を仕掛けられる場所など…)


 数メートル先に佇むあの橋でしかない。


 だが、絶対に不可能だ(・・・・・・・)


 橋に罠を仕掛けるのは効果的だが、大きな問題がある。


 狙った相手に正確に罠を仕掛けられる保障がない事だ。


 橋は多くの人が使うものであり、どのタイミングで誰が渡るかも分からない。


 『自分達に敵意を持つ者だけに発動する罠』があれば別だろうが、そんな都合の良い罠は存在しない。出来るのは渡る者を無差別に攻撃する罠だが、そんなものを使えば関係のない者まで巻き込んでしまう。


 カメスはそう判断した。

 

(…ならば、やはりただの休息が目的か。)


 馬での移動は徒歩とは違う負担もある。


 【音駆け】や馬を操る乗り手が平気でも乗り慣れていないハイキなら、同乗するだけでも疲労は色濃いはずだ。


(…【音駆け】を乗りこなすのなら技術だけでなく、オウレンまでの地形も把握しているに違いない。それなのにわざわざこんな場所で休憩しているのは…)


「…そうか。」


 カメスはニヤリと口元を引き上げた。


(アイツらは村に泊まる気がない。オウレンまで最低限の休息で済ますつもりか。)


 追手が来れば戦闘にもなる。


 もし村に泊まっている間に追手が追いつけば、村を巻き込んだ騒動になり、村民にも被害が出る可能性がある。


 それを良しとしなかったのだ。


 これまでのハイキの行いを考えると、それで間違いないだろう。


 破れかぶれで橋に罠を仕掛けていた可能性もあったが、それも消えた。


(私達がここまで早く追いついてくるとは思っていなかった。だからあんなに悠長にしていられるのだ。)


 事実、【獣爪団】からの報告がなければどの方角へ向かうかすらも分からなかった。


 最悪、少人数の部隊でユーランから全方向へ散って探す事になっていた。


 『南へ向かった』…その情報一つでカメス達に一気に運が傾いた。


「……」


 カメスははやる心を抑えつつ、こちらの状況を分析する。


 馬車を動かしていた馬は相当疲れが出ているが、人員に問題はない。


 全員、今は通常状態(・・・・・・)に戻っている(・・・・・・)


(…これ以上の重ねがけ(・・・・・・・・・)は危険か(・・・・)。今後も【獣爪団】との関係を考えると下手な事は出来ない。)


 カメスはそのまま全員に指示を出す。


 指示を受け、すぐに彼らは動き出した。


 日も落ちようとしている時間。


 傍目には野営の準備をしているようだが、実際は馬を馬車から外し、合図一つで橋の入り口まで突っ込めるように用意をしている。


 団員達の武器も馬車に揃えている。


 近接戦闘として剣や槍、遠距離も考えて飛び道具の弓矢と五丁だけだが銃も(・・・・・・・・)荷馬車には積んでいた。


(銃は威力こそあるが、弓より近い距離でしか使えん。弾も一丁につき、六発。使う機会はないと視ていいだろう。)


 カメスの言う銃とは、現代日本でも誰もが一度は目にした事はあるであろう回転式拳銃(リボルバー)だ。


 弾薬を一発だけ込めて弾倉(マガジン)を回転させて順番に引き金を引くロシアンルーレットに使われたり、警察官が使用する拳銃と言えばイメージしやすいだろうか。


 この世界の銃も狙いを定めて引き金を引けば弾が撃たれる仕組みは同じだが、遠距離には魔法と弓を使う習慣が根強い為、現代日本と比べると銃の技術自体は低く、射程距離も相応に落ちてしまうのだ。


(…いや、念のためだ。何人かには持たせよう。)


 カメスも入れれば、現在馬に騎乗している者は二十人。

 

 二十一人は徒歩になる。


 作戦はこうだ。


 まずカメス達、騎乗者全員が橋を高速で駆け抜け、油断しきっているハイキ達を襲撃する。


 一方、徒歩の者達は橋をふさぐように七人ずつ、横に広がりながら三部隊に別れてゆっくりと渡る。


 例え、橋の入り口で気づかれたとしても、問題はない。


 ハイキ達が逃げるには【音駆け】に乗らなければならない。


 しかし、その【音駆け】は今も眠ったままだ。


 最速と呼ばれる【音駆け】も起きがけの状態からいきなりトップスピードは出せないし、そもそも寝起きですぐに走る事は難しいだろう。


 カメス達の馬も疲労がたまってはいるが、ハイキ達が【音駆け】に乗り込む前に橋を渡りきる方が早い。


 ハイキの襲撃もだが、最優先で狙うのは【音駆け】だ。


 足を無力化出来ればハイキ達は逃げる事も出来ず、カメス達の勝ちは決まったも同然だ。


 さらに万が一…【音駆け】が瞬時に覚醒し、ハイキ達が手薄になった対岸へ逃げようと橋の強行突破を行おうとした際も抜かりはない。


 橋には槍で武装した歩兵部隊の壁が待機している。


 三部隊は近すぎず、遠すぎずの間隔で橋を進んでいる。


 蹴散らすには壁は多く、飛び越えるには壁は長い。


 どのみち、無傷の突破は不可能だ。


 完璧な作戦だった。


 それでもカメスは何度も繰り返しハイキ達がとるであろう行動の予想をした。


「…大丈夫だ。」


 五分ほどして、完全に問題がない事を確認した後、カメスは全員に声をかける。


「…いくぞ!」


 馬を嘶かせ、作戦通り橋へ向かう。


「これで終わらせる!」


 腰に差した凶刃を血で濡らす瞬間を求めて…



次回更新…近日予定。

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