第七十七話 綻び
(…マズイな。)
カメス達がユーランを出て一時間が経った。
カメスの乗っていた馬はスピードを落とす事なく走り続けていたが、【獣爪団】の団員を乗せている馬車は目に見えて速度が落ちていた。
「根性みせろやあああ!」
馬車を操る男が、引っ張っていく馬にそう叫ぶが、
ヒヒーン…!
嘶く声にも疲れが視える。
馬の目は一時間前と同じ血走ってこそいたが、身体は違う。
足は動いてこそいるが、走りのキレはなくなり、時折まっすぐではなく左右に揺れ始めている。
馬に乗っている者でなくても、このまま無理をすればどうなるかは分かるはずだ。
これ以上の走りは「命に関わる」と…
(…さすがにもうごまかしは効かないか。)
自分の乗っている馬の息も明らかに上がり始めている。
カメスの乗っている馬も無限に走れる訳ではない。
今は疲れが目立っていないだけで、そう遠くない時間に馬車を引っ張る馬のように歩みが遅くなるのは明白だ。
(…いくら【音駆け】でも、一日中走る事は不可能だ。乗っている者が乗り慣れていないのなら尚更…今日、無理をしても追いつける保障はない。ならば…)
カメスはそう考え、方針を変える事にした。
「いいか!この先の橋を渡れば、村に着く。今日はそこで休息をとり、馬を休ませる!速度は落としてもかまわん!」
カメスは振り返り、そう叫ぶが、
「限界超えろやあああ!」
「ぶっ殺すぞ!」
「おら、走れ走れ!」
男達には何も聞こえていなかった。
血走った目と口から流れ続ける涎…
速度を落とさない…と言うよりは八つ当たりとも言えるほど鞭をたたき込んでいた。
「っ!やりすぎたか!」
カメスは舌打ちをしながら、手綱を使い、自らの馬を男達の馬車から遠ざけていく。
すぐに全ての馬車が視界に入る距離にくると、カメスは片方の手から手綱を離し、空いた手を馬車に向ける。
「ーーーー。」
地面を駆ける足音と風でかき消されるような声量で、ある言葉を口にする。
…その一瞬後だった。
「お、おおお!?」
「マズイマズイって…スピードを落とせ!」
「なんでこんな状態で俺は鞭を…」
男達は突如、正気に戻ると、馬への煽りと鞭を止めた。
馬を操る者、荷台に乗っている者、それを動かす馬…
それぞれが何かから解放されたように落ち着きのある顔になり、それに合わせて全体の速度が急速に落ちていく。
「もう一度言うぞ!馬の速度は落としてかまわん!村まで保たせろ!」
カメスは何事もなかったようにまた先頭に戻ると、全員に呼びかけた。
今度は大人しく頷く男達を確認すると、カメスは安堵した表情で息をつく。
(危なかったが…これで一安心だ。)
村にはもうすぐ視える大きな橋を渡るだけだ。
この先には十メートル以上もある大きな川が流れている。
川の流れはそこまで早くないが、深さがある為、馬車が通るには橋を渡るしかない。馬だけなら強引に川を渡れなくもないが、疲労が蓄積された今の状態での川渡りは危険だ。また、橋を渡るには面倒な事もあるが、川を越えれば村まで十分もかからない。
「………」
「………」
「………」
先ほどと打って変わって全員が静かなまま、馬は進み続ける。
やがて、ザーザーと、水の流れる音がかすかに聞こえ始めた。
音はどんどん大きくなり、数分もしない内に大きな川が現われた。
水の色は透き通っていて、泳ぐ魚の姿も見受けられる。流れは急ではないものの、時折大きな流木も目の前を通っていく。予想していた通り、川を直接渡るのは止めた方が良さそうだとカメスは判断した。
そして、目線は川から、今いる場所から数メートル先に悠然と構える大きな橋に移る。
遠目で視ても分かるほど、しっかりとした造りの橋には幸いな事にも渡っている人も渡ろうとしている人の姿もない。
対岸には人影こそ見えるが、橋から数メートルは離れていて、川辺でたき火をして暖をとっている。
人数は二人。
たき火を挟んで座り込んでいる二人は談笑しているようだ。
乗ってきたであろう馬も足を折りたたんで眠りに着いている。
なんにせよ、あちらはすぐに橋を渡る様子もなさそうだ。
「よし。」
カメスはついそう言ってしまうが、理由はある。
それはカメスが気にしていた問題…橋の混雑だった。
この橋は十メートル以上もある長さに対し、通行できる幅はそこまでない。
強度に重点を置きすぎたせいか、馬車が一台と人が一人並べば隙間がほとんどなくなるほどの幅しかないのだ。
その為、もし馬車が両岸にいた際は一台ずつ交互に通っていく決まりとなっている。
馬車が多ければ当然のように時間はかかるし、村に入るのが遅くなれば寝泊まり出来る場所を確保するのも難しくなる。ましてやこの大人数なら必ず野宿をする者達も現われる。日が暮れた後で安全な場所を探すのは中々に大変だ。
川の上流にある橋なら、馬車二台が横に並んでも問題ないほどの広さがあるが、ここからだと片道三十分以上はかかってしまい、村まで大きく迂回する形になってしまう。
その為、自分達以外に橋を渡る者がいない幸運をカメスは噛みしめた。
十分が過ぎた頃…遅れていた後続の馬車全てが揃うのを確認したカメスが橋を指さした。
「あの橋を渡り、この先の村で今日は休む!充分注意を--。」
そう言いかけた時だった。
「………?」
カメスは今更ながら、対岸でたき火に当たっている一人の体型に妙な既視感を覚えた。
一人は背を向けているので顔が見えないが、もう一人はこちら側を向いているので、顔を確認出来そうだ。
「………」
なんとなく気になっただけだった。
深い意味はなにもなかった。
ただ、少し本気で目を凝らし、しっかりとその顔を見定めた。
「………!」
驚きが全身に走った。
同時にそれまで抑えていた怒りも瞬時に身体を駆け巡る。
「見つけたぞ…!」
のんきに今も連れと談笑しているのは血眼で探していた男。
「ハイキいいいいいいいいいいいい!」
ハイキ商店店主であり、抹殺対象…ハイキがそこにいた。
*********
カメスがハイキを見つける少し前…
ユーラン【旧市街】のどこかにて…
「…本当にいいんですか?」
小柄な少年が心配そうに尋ねた。
周囲には少年と同じように不安そうな者もいれば、笑みを浮かべる者、緊張で震えている者、武器の手入れをする者…
十人の男達が自分達のボスの言葉を待っていた。
「…ああ。変更はない。」
彼らのボス…モルスは無表情のまま、頷くと全員を見回した。
「手を引きたい奴は手を引いていい。この仕事をする事で、面倒が起きるのは確かだ。」
モルスは淡々と事実だけを告げる。
「それに半分は俺の問題でもある。だから、俺と付き合ってもいいと考えている馬鹿だけ一緒に来い。」
モルスの言葉に対する全員の返答は早かった。
それぞれが自分の剣を、弓を、斧を、拳を、自分達の武器を天高く掲げ、
「「「「お供します、兄貴!!!」」」」
力強く声を揃えた。
先ほどまで曇っていた顔をしていた少年も、覚悟を決めた顔で自前のナイフを空に向けていた。
モルスはその光景を一瞥すると
「よし、行くぞお前ら!」
彼らを引き連れ、足を踏み出す。
…引く事はない。
幕は上がってしまった以上、進むだけだ。
例え、それが誰の思惑であろうと。
どんな結果になったとしても…
お久しぶりです。
三月になって初めての更新です。
ところで皆様は、一日にまとめての更新と数日、間を空けての更新はどちらがよろしいでしょうか?
参考にさせてください!
次回更新は…未定です。