第七十六話 追う者達
ユーランの街を出て、南へ進んだ先には小さな村々といくつかの川を挟んで、一つの街が存在する。
街の名前は「オウレン」。
ユーランと同じ規模であり、観光地として有名な街だ。
人の行き来もユーランよりも多い為、その分、情報も集まりやすい。
「急げ!急ぐのだ!」
カメスはそう叫びながら自らが乗る馬の手綱を操る。
『情報が集まりやすい』という事は言い換えれば『情報が流れやすい』と言う事でもある。
オウレンまでの小さな村で話が広まっても『ただの噂』で済むが、オウレンで一度でも流れてしまった話は『情報』となってしまう。
それが正しい正しくないは関係なく、一度放たれた『情報』はもう抑えつける事は出来ない。
「まだだ!まだ間に合う!」
カメスの言葉は間違っていない。
ユーランからオウレンまでの距離は早馬で一昼夜走っても、三日はかかる。
だが、いくら商業ギルド最速の【音駆け】でも、三日間休み無く走る事は出来ない。無理に走らせれば馬が先に潰れてしまう。
それにカメスには勝算があった。
商業ギルドが【音駆け】を渡したと聞いた時は焦ってしまっていたが、いつも通りに自分を落ち着かせた後、改めて考え直すとむしろ都合が良いさえと思えた。
ハイキに書状を渡した時、カメスはハイキの手元や体つきを視て、馬に乗り慣れた人間ではないと分かっていた。
そんな人間が最速の馬を全力で走らせる事は不可能であり、乗り手が拙いならいかに【音駆け】といえど、負担と消耗も大きくなる。
必然的に休息も一般的な早馬よりも多くなる。
カメスは今こそ、巻き返せる最後にして、最大のチャンスだと確信していた。
「飛ばすぞ!着いてこい!」
「「「うおおおおおおお!」」」
カメスの背後から野太い声が幾重も響き渡る。
カメスの後ろには、馬に乗った集団が走っている。
一人で馬に乗っている者が五人、残りは五人ずつ二頭の馬が引っ張る馬車七台で移動している。
総勢四十人、そのほとんどが獣爪団の団員だ。
「もっとだ!もっと!」
通常、一人が乗る馬と五人が乗る馬車が同じ速さで動く事はない。
馬車には人数分の重量と荷馬車の重さも加わるだけでなく、重量のバランスや馬車を引く馬同士の速度の調整など、総合的な負荷は圧倒的に馬車の方が大きいのだ。
誰が聞いても分かる理屈だが、今この集団にだけはその理屈は通用しない。
バシッ!
ヒヒーン!
馬車を操縦する男の一人が馬にさらに鞭を入れた。
「根性だせや!ああ!?」
バシッ!
バシッ!
それは明らかに度を超えていた。
現代日本の車ならアクセルを踏めば踏むほど速度は上がっていくが、馬は車と違って生き物だ。
鞭を叩けば叩くほど、速さが増す訳ではない。
それは馬車を、いや、馬に乗る者なら誰でも分かっている事だが、
バシッ!
バシッ!
バシッ!
バシッ!
どの馬車もひたすらに馬に鞭をたたき込んでいた。
一切の遅れを許さないとばかりに…
その影響か、馬車は一人乗りの馬にわずかに遅れてはいるが、有り得ないほどの速度を出しながら後続に着いている。
これだけでも異常な状況だが、もっとおかしいのは全員の目だった。
馬を操る者、馬車に乗る者、いたぶられているように鞭を受けている馬でさえも…
目が血走っていた。
『ハイキを追う』
何かに取り憑かれたように、その一点だけしか視えていないような、恐怖すら感じる目を誰もがしていた。
「…そうだ。それでいい。」
一人…笑みを浮かべるカメスを除いて…
******
…事態はまさに混乱の極みとなっています。
ですが、運が良かったと言っていいでしょう。
予想外の事もありましたが、計画は概ね順調と言えます。
ここで一度、状況を整理しておきましょう。
少しばかりお時間を頂戴します。
この一連の騒動で注目度の高い方は三人。
まず、チャミル・シュラート様。
貴族であり、今回の騒動を引き起こしてしまった方です。
シュラート家は貴族としての歴史は長いのですが、現在のチャミル様に代替わりしてからは徐々に影響力に陰りが視えます。
今回の【再開発計画】はそんな状況を打破する為の一手だったのでしょうが、功を求めすぎる余り、暴走してしまったようです。
ハイキ様を利用し逆転を狙った結果、ハイキ様の『逃亡』と言う最悪の行動を招いてしまい、築き上げた全てを失おうとしています。
さらに保身の為にハイキ様を亡き者にしようと、強硬手段に出たそうです。
次に、ジキル様。
出自は不明ですが、一年ほど前に【旧市街】で【獣爪団】というチームを設立し、名目上団長となっています。団員からは恐れられている反面、ご本人が気に入らない事は頑として受け付けない考えをしています。あくまでもジキル様ご本人が気に入らない事ですので、『悪事をしない』と言う訳ではありません。
面倒事が嫌いで、普段は飄々としていますが…『一度敵と見なした者には一切の容赦なく叩きつぶす冷酷非情な男』…それが共通の意見だそうです。
ご存じかもしれませんが、【獣爪団】についてもご説明をさせていただきます。
団員は十代、二十代の若者で構成されていて、設立こそ浅いものの【旧市街】で多少幅を利かせています。
『大組織の傘下に入る事も出来ない弱小組織のシノギを奪って自分達の物にする』。
【旧市街】ではよくある事ですが、彼らはそれを繰り返し、勢力をじわじわと広げています。
これらはジキル様ではなく【獣爪団】副団長の采配によるものです。
その副団長に関しては名前も分かっていません。
とは言え…キレモノであるのは確かです。
設立一年の組織が無闇に勢力を広げれば、より大きな組織に目を着けられ、傘下に入り服従か、徹底的に潰されるかのどちらかになります。
ですが、落ち目とは言え歴史ある貴族と深い繋がりになる事で、他組織を牽制するなど、設立一年で貴族と関係を構築した副団長の手腕は見事としか言えませんね。
…ただ、少し不穏な話も出ているそうです。
よくある内部争いですね。
『気に入らないならいくら金を積まれても引き受けない』団長派と『金さえもらえれば悪逆非道をいくらでもこなす』副団長派に別れているそうです。
団長派は獣爪団設立前からの古参団員やジキル様を慕う方々。
副団長派は獣爪団設立後の団員や副団長が自らスカウトした方々です。
正直、私としてはこのタイミングで面倒は起きてほしくありませんが…
その時はその時です。
ひとまず、ジキル様と獣爪団はここまでに。
最後ですが、ハイキ商店のハイキ様になります。
【窓盾の商人】と一躍有名になったものの、ご本人は儲けよりも静かな生活を望むなど、ずいぶんと変わられています。
欲も無く、一見無害に思われますが、こちらの予想を上回る選択をしたり、上位冒険者のような身体能力の持ち主であったり、ある意味で最後まで注意を払う方ですね。
…失礼、それはあなたの方がご存じでしたね。
現在、ハイキ様はユーランを出ています。これは間違いのない情報です。
南門の門番にも確認を取りました。
…以上が、私のまとめた情報です。
え、私ですか?
ご冗談を。
私が何者で何が目的かなんて貴方はとっくにご存じでしょう?
…そんな顔しないでください。
まあ、なんにせよ…終わりの時はもうすぐです。
私が表立って動けるのもそろそろ限界でしょう。
幸いにもほとんどの仕込みは終わっています。
…後は、よろしくお願いします。
モルス様。