第七十三話 金と縁
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「なんなのだああああ!?」
屋敷に戻ったカメスの報告を聞いたチャミル・シュラートは大狂乱となった。
ハイキがユーランを出た事、契約破棄による違約金を全て支払った事、ギルドカードを返却し商業ギルドを脱退した事、それらをギルゼ本人から伝えられた事。
主に伝えるカメスも自分で言葉にしながらも現実感のない状態だった。
「何故だ!?金も地位も放り投げて、なんの意味がある!?」
狼狽するチャミルだが、彼の頭の中にはすぐに最悪の結末が浮かぶ。
「急いで足取りを追え!探せ!探し出せ!」
カメスに泡を食って命令するほどチャミルは追い込まれていた。
すでに事態は【再開発計画】どころではなくなっている。
Bランクの商人に脅迫まがいの事をして取り込もうとした結果、その商人は高い地位すらも捨ててまでユーランを出た。
そんな話が広まれば原因となったシュラート家は没落決定だ。
適当な脅しをかければ簡単になびくと思っていたからこそ、ハイキの行動は予想もしていなかったものだった。
『身を隠す』、『楯突く』、『ギルドに泣きつく』…そのぐらいの障害なら簡単に乗り越えられると思っていた。
だが、ハイキは『ユーランから逃げる』と言うチャミル達が考えにすらいれてなかった選択をした。
…そして、その選択こそがチャミルへの最も効果的な攻撃だった。
「使える者は全て使え!あの連中もだ!多少の金を出してもかまわん!」
カメスはシュラート家の私兵や関わりのあるチンピラ、裏家業の人間を使い、ユーラン中で情報を集めようとするが、成果は簡単にはあがらない。
理由は単純だった。
まず、情報集めに向かった者達は暴力を生業とする者が大半であり、人相も態度も悪かった。そのせいで質問をされた街の人間は萎縮して話す事が出来なかった。
さらに、これまで散々商店街に悪さをしてきた事がいつの間にか周囲に広まってしまい、金を出しても積極的に協力しようとする者がいなかったのだ。
「なら、借金をしている者から情報を集めろ!カメス、従わなければ借金を倍にすると馬鹿共に伝えろ!」
チャミルが行っている金貸し業の客にはハイキと縁のある商店街の人間もいる。
彼らがシュラート家と金貸しに悪印象しかない事は分かっているが、借金がある以上、こちら側を無下に扱う事は出来ない。
(従わなければ利子は倍になるが、従うのなら利子を半減すると言ってやろうか)
当然、カメスにそんな権限はない。
『言う』だけなので『契約』でも『約束』でもない。
なんの意味もないただの言葉だ。
(しかし、借金という負い目があるだけで怯えた子犬のように縮こまるのだから、あれはあれで楽しいがな…)
時間と共に増え続けるストレスの発散と言わんばかりに、カメスは意気揚々と金貸しは引き連れ、商店街にむかったのだが…
「今、なんと?」
待っていたのは予想外の光景だった。
「何度でも言ってやる。今、ここで借金を返す!」
商店街の入り口には借金をしていた商店街の店主達が陣取っていた。
誰もがカメスの想像していた怯える諦めきった表情ではなく、焼け付くような熱く鋭い目、戦う目をしていた。
それがカメスにとっては目障りだった。
「冗談を聞いてる暇はない。そもそも毎月の利子を払うのがやっとのお前達に何が---。」
ドスン!
重い音と一緒にカメス達の前に置かれたのは大きな一個の革袋だった。
革袋を置いたのは商店街の中で一番借金の多い店主だ。
借金は高い利子を合わせても中金貨二十枚以上はある。
「……」
そんな店主が無言で出してきた革袋に不安を感じたのか、カメスが横にいた金貸しの一人に目で「開けろ」と指示をする。
命令された金貸しが革袋を乱暴に開き、中を覗き込むと、
「うわ!?」
情けない声を出して、飛び退く。
「どうした!?」
カメスのその疑問はすぐに解ける。
金貸しが驚いた拍子に革袋を倒してしまった事で…
カメスもその中身を知った。
「!」
ジャラジャラと、革袋から出てきたのは何十枚もの中金貨だった。
どう少なくみても二十枚以上はある。
しかし、それだけでは終わらない。
ドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスンドスン!
同じような音が続き、大小違いはあれどずっしりとした革袋を店主達がどんどん置いていき…
気づけば大量の袋の山が出来上がっていた。
「これで全員が利子を含めた借金を返済した!もうお前らに従う事も関わる理由もねえ!」
「そうだそうだ!」と叫ぶ店主達に金貸し達が唖然とする。
有り得ない事だった。
商店街の店主達が抱える借金はすでに店を売り払ったとしても、返済出来ない額にふくれあがっている。
金目になりそうな物は利子代わりに取り押さえていたから換金出来る物はないはずだ。
代々伝わる一族の秘宝とか隠し持っていた宝でもあれば別だが、全員が全員そんな物を持っているはずがない。
そうであればとっくに借金を返しているはずだ。
「な、な…」
金貸し達はこの異様な状況と商店街の人間の気迫に圧倒されるが、カメスだけは違った。
カメスは金貨の入った袋の山に驚いたものの、笑みを取り戻す。
「おやおや、何か勘違いをしていないか?」
商店街の人間に近づくと、にこやかなままその言葉を紡ぎ出す。
「…契約書には『借金の利子は状況に応じて変化する』と書かれている。せっかく準備したようだが、コレでは全然足りないな。」
部下である金貸し達も目を丸くしてカメスを視るが、当のカメスは仮面でも張り付いたように笑みを崩さない。
実際は借金の契約書にはそんな一文は書かれていない。
だが、金貸し達は商店街の誰にも契約書も控えも渡していない。
無茶苦茶な言葉でも契約書がこの場にない以上、店主達は『間違っている』と言いきる事は出来ないし、それが正しい正しくないは関係ない。
例え借金を返済出来る金を用意しても、たった一言でカメス達にとって都合の良い展開に持って行けるのだ。
「まあ、せっかくだ。」
カメスは袋の山から適当な一つを手に取った。
ずっしりとした重みを感じ、笑みがより邪悪になる。
「ここに置かれた返済分は全て受け取っておこう。今後も利子はしっかりと払って----」
そう言った瞬間、致命的な何かをしてしまったと感じた。
何故そう思ったのか分からない。
ただ、その理由に気づく前に…
店主達の勝ち誇った顔が目に入った。
「みんな聞いたな!?こいつは今確かに『返済分を受け取った』と言った!これで、これで俺達の借金はなくなったんだ!」
わあああ!と盛り上がる集団を前に、カメスは彼らがいつの間にか手にしている物…自分達が見慣れた物に気づいた。
「あっ!?」
「あ、あああああ!?」
背後の金貸し達も気づいたが、今更遅い。
店主達がぞれぞれに持っていたのは一枚の紙…
この場にあるはずのない店主と金貸しとの借金の契約書だった。
「ば、馬鹿な!そんなはずは!?」
愕然とするカメスだが、
「確かに俺も聞いたぜ。」
盛り上がる店主達の間から、一人の男が現われた。
「それに『利子はどんな状況でも最初に決めた割合から変化しない』って、『契約書』にはしっかり書かれている。だから、これを返してもらっても何の問題もねえな。」
商店街の代表でもあるイール。
借金がない彼の手には契約書ではなく、別の紙束が握られている。
「貴様、それは!?」
イールが持っている物は借金の契約書ではない。
借金のカタに商店街の店主達から取り立てた何十枚もの『土地の権利書』だった。
「言ってたもんな。『借金の代わりとしてもらっておく』って。借金を返し終わったなら、土地の権利書も返してもらってもいいよな。」
プツン…
カメスの中で何かがキレた。
「うあああああああああああああああああああああああ!」
冷静を失ったカメスがイールの持つ土地の権利書を奪い取ろうと飛びかかるが、それを許すイールではない。
飛んできたカメスを軽く捌いて地面に転がすと、状況に着いていけない金貸し達を一睨みした。
「いいか、次くだらねえ真似したら…果てまでぶっ飛ばす!」
「ひいい!」
怯えきった金貸し達はカメスを置き去りにして、あっという間に商店街から消えていった。
「何故だ、何故お前達が契約書を…!」
地面に倒れ、怨嗟の声を出すカメスの言葉に答える者はいない。
誰にも答える理由がない。
彼らとカメスにはもう『金』と言う名の『縁』がない。
代わりに侮蔑の視線だけがカメスに送られる。
「……っ!」
唇を噛みしめながら、立ち上がったカメスは逃げるしかなかった。
「どういうことだ、何が!?」
走り続けるカメスの頭の中は今、起きた事でいっぱいだった。
(何がどうなっている!?)
借金の返済もだが、契約書と土地の権利書を商店街の人間が持っていた事の方が問題だった。
契約書と土地の権利書は金貸し業の事務所にまとめて保管しているが、カメス以外は近づく事も許されない隠し部屋の特殊な金庫に入れているのだ。
(忍び込んだのか?あの厳重な金庫をこじ開けて!?)
久しぶりの全力疾走に息があがる。
今朝とはまるで違う。
動けば動く程、何もかもが悪化していく。
それもこれも…
「…あいつの…せいか!」
逆恨みと思いつつも、カメスは一人の顔を思い浮かべた。
自分をこんな状況に追い込んだであろう愚民の男を。
「…ハイキいいい!」
*************
一方、その頃。
ハイキ商店の扉にかかっていた鍵を一人の男が外した。
「…失礼します。」
男は店内に誰もいない事を知っていて、それでも言葉を続ける。
「管理を任されました【アームズ工房】のランドです。よろしくお願いします。」
ランドは無人の店内で頭を深く下げた後、丁寧にドアを閉めた。
そのまま、商業ギルドのギルゼ支部長から聞いていた通りの場所、応接室に向かう。
「……」
応接室の扉の前に置かれていたのは、新しい箒とちりとり、大量の雑巾…
それと、
「『引き受けていただきありがとうございます』…か。」
そう書かれていた一枚の紙だった。
「違いますよ。そうじゃない。」
ランドはそのまま床に正座をすると、両の手と頭をそのまま床に倒し、
「ハイキの兄さん…こちらこそ、ありがとうございます。」
心からの感謝を込めて、ここにはもういないその人へ向けて、土下座をした。
「お帰りをお待ちしています。どうかご無事で。」
言い終わり、ランドは掃除道具を手に立ち上がる。
この店の主がいつでも戻って来られるように…